第16話ネットの誹謗中傷に物理で反抗してみた2
野竹ナナカは焼き菓子専門店『マカ』の店主である。現在は店の裏手の住居スペースに住み込んでいるが、実家はここから三十分ほどの場所にあるらしい。わかばの家とナナカの実家が近所なのだろう。
奏介達はリビングらしき部屋へ通された。テレビがあり、フローリングの床にカーペットが敷かれ、ローテーブルが真ん中に置かれている。
隣のキッチンでお茶をいれたナナカが戻ってきたところで先ほどの話の続きだ。
「ナナカ、最初から話して」
彼女はこくりと頷いて奏介、詩音、真崎の顔を見る。
「一ヶ月くらい前、このお店のブログにちょっとした変なコメントがついたの」
開店直後から運営しているそうで、季節のものを使ったお菓子の宣伝などを行っているらしい。
「その内容は『賞味期限が切れた小麦粉使うのやめたほうが良いですよ』っていう一言だけ。何言ってるのかわからなかったんだけど、本気にした人達が結構いて、あっという間にコメント欄がぐちゃぐちゃになって」
「炎上ってやつですね」
奏介が言うと、ナナカは頷いた。
「初めてのことだから戸惑ったんだけど、そんな事実はないですってちゃんと伝えるために新しくブログの記事を作って」
ナナカは力なくスマホを操作し、奏介へ渡した。三人が横から覗いてくる。
画面に映っているのはブログ、『先日のコメントの件ですが』という記事のコメント欄だ。
そこに並んでいたのは罵詈雑言だった。
『嘘を吐くな。賞味期限を守れないくせに飲食店をやるな』
『最低女。金が稼げればなんでもいいのかよ』
『この前、子供に食べさせたんだけど? 病気になったらどうしてくれるの』
『警察に自首しろよ』
などなど、酷いものだった。恐らく、一人ではないだろう。
奏介は視線を上げた。
「確認ですけど、こういう事実は本当にないんですね?」
「あ、あんたなんてこと言うのよ」
わかばの焦りとは裏腹にナナカは冷静に頷いた。
「神様に誓って、絶対にない。ここの経営に手を抜いたことなんて一度もないもの」
彼女の瞳に意思の強さが光った気がした。
「じゃあ、原因のコメントを打った人は軽い気持ちで嫌がらせをしてやろう……って思ったってことですかね」
詩音が首を傾げる。
「野竹さんに恨みがあったのかな?」
「それは、どうだろうね」
「つーか、野竹サンに恨みがあったら直接批判書くだろ。無差別系のコメ欄荒らしじゃね?」
真崎の意見は的を射ている。
ペンネームは表示されるが結局は匿名で書けるのが良いところでもあり悪いところでもある。
「運悪く、読者達が釣られて野竹さんが悪者にされたってことですね」
先ほどの男はその上で物騒な言葉を投げ掛けてきたらしい。どっちにしろ非常識だが。
「絶対に賞味期限は確認するし、もし切れていたらその場で処分してるもの。……あり得ない」
それなのに、ただ一つのコメントのせいでここまで追い詰められてしまうとは。ネットの怖さというやつだ。
本人が弁明しているのにも関わらず、だ。匿名なら何をやっても良いという考えの人間が多過ぎる。
「ああいう電話、多いんですか?」
「最近は頻繁で、一日に十回以上なった時もあったかな」
どうやら憔悴しきっているのは電話が原因のようだ。出る度にあんな言葉を浴びせられたら堪ったものではないだろう。
「実は、ナナカの名前と顔、ネットにさらされてるのよ。誰かがわざわざチャットルームを作ってそこでナナカを叩いてる」
わかばが唇を噛み締めながら言う。いわゆるアンチスレというやつだ。
それも見せてもらったが、酷いものだった。批判電話をしてやったと得意気に語っているやつもいる。
「ねぇ、なんかこれさ、野竹さんを悪者にして楽しそうにしてるよね」
「皆で思いっ切りぶっ叩いてやろうぜ! みたいなノリだな」
「そうよ。ナナカのこと何も知らないのにこうやって盛り上がってんのよ。ほんと、どうにかしてやりたい」
見ると店の電話番号までさらされていた。
奏介は少し考え、
「弁護士さんに相談するのが一番じゃないですかね? さっきの電話に関しては訴えたり、逮捕できるレベルですよ」
ナナカは首を横に振る。
「大事にしたくないの。どっちにしろ、お店の評判が落ちちゃいそうだし」
評判が落ちるかどうかはわからないが、解決のために行動はすべきだ。しかし今の彼女にはその気力はない。
「……なら、とりあえず批判電話をどうにかしますか」
「あ、奏ちゃんお得意の録音は? 証拠として声を取っておいてさ」
「まぁ、それもするけど」
基本中の基本だ。
「かかってこないようにするなら番号登録して拒否ればどうだ? 非通知もブロックすれば行ける
だろ」
「しおと針ケ谷の意見は最もだけど、拒否るとあの手この手でやってくるから元から絶たないとね」
と、再び電話が鳴り始めた。
「!」
脅えた表情になるナナカ。一ヶ月も耐えてきたかと思うと同情したくなる。
「とりあえず、俺が出ますね」
「菅谷、とにかくもうなんでも良いからかけてこないように言いなさいよ!」
「わかったって。嘗められないようにするよ」
奏介はリビングから出て、電話の受話器を取る。
『あなたが『マカ』の野竹ナナカさん?』
年配の女性らしき声だ。今回は第一声が死ねではない。奏介は皆にも聞こえるようにスピーカーのボタンを押す。
『あなたね、賞味期限というものがどういう意味を持っているのかわかっていますの? その期限を過ぎたものをお菓子に入れて売るなんて、頭がどうかしていますわ』
ちらりと見ると廊下を覗くナナカの瞳が揺れていた。ブログで、きちんと否定しているのを知っていてこの電話をかけてきたなら、絶対に許せない。野竹ナナカがどういう人間かまったく知らない癖に。
『聞いてますの? もしかして、頭に障害を持っているんじゃありません?』
「名前を名乗れ」
『……は?』
「名前を名乗れって言ってんだよ、どこの誰だてめぇは。匿名で何説教始めてんだっ、頭おかしいのはそっちだろうがっ、モカだか野竹ナナカだか知らんがどこの番号と間違えてやがる!? 喧嘩売ってんのか!? 買ってやるから名前を言えっ」
切れた。
奏介は受話器を置いて一息。
「言い返して来ないとか、なんなんだ」
見ると四人の顔が引きつっていた。
「どうしたの?」
奏介は首を傾げる。少なくとも言ってやれと言ったのはわかばである。
するとわかばが肩を抱く。
「あ、あたしなんでこんな奴に喧嘩売ったの? バカなんじゃないの、先週のあたし」
「は、橋間さん、落ち着こう、ね?」
「まぁなんだ。ぐっじょぶ、菅谷」
真崎は頷きながら親指を立てた。
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