第100話 黒石康之助2


きっと侵入者の退路を断つためのトラップだろう。使われたのは地震を引き起こす魔道具、その地震では遺跡になんの影響もない事から、この遺跡の頑丈さが伺える。


そして待っていましたとばかりに矢継ぎ早に襲いかかってくる土蜘蛛。逃げ道を塞ぎ後は狩り殺すのみといったところか。


「女王閣下の手厚い歓迎か、喜ばしいこった……」


土蜘蛛は体長5m程の大きなものから、1m位のちいさいものまで様々な種類がいる様で、それぞれに共通しているのが糸を吐くと言うことくらいか。


この土蜘蛛の糸は粘着性と強度が強く、優畄の吐く糸のおよそ3倍の強度を誇る。それも康之助の火炎に対応して、粘着性の水分が大量に含まれた厄介な品物だ、一度絡め取られたら脱出は難しい。


何万匹の土蜘蛛から放たれた蜘蛛の糸が光太郎の前身を覆っていく。土蜘蛛達も康之助が火炎を扱えるのを知ってか距離をとっての蜘蛛の糸による攻撃以外して来ない。


どうやら彼を生捕りにしようとしている様だ。


康之助も抵抗だしい抵抗をしないまま糸が積み重なり、そして瞬く間に直径5m程の球体状に閉じ込められてしまったのだ。


康之助が入った蜘蛛の糸のボールを大土蜘蛛達が玉転がしの要領で何処かに運んでいく。


康之助が運び込まれたのは食料庫、土蜘蛛達は康之助が糸玉の中から出られないと確信している様で、彼の入った糸玉を中に置くとそのまま去って行ってしまった。


粘度の高い鋼並みの糸でグルグル巻きにしてあるのだ、彼等がそう思うのも無理はない。


糸玉が動かなくなった事で目的の場所にたどり着いたと判断した康之助は、あっさりと糸玉を両断して玉の中から外にでる。


「ふう……」


両断された糸玉は信じられない程綺麗な切り口で、その中は円形に炎でくり抜かれている。


康之助は土蜘蛛達が糸による拘束にこだわっているのに気付き、敢えて土蜘蛛に捕まったのだ。そしてそのまま女王の元に直行するか、食料庫的な所に運ばれると予想していた。


「予想は後者、ここが食料庫か……」


直ぐにクイーンの元に連れていってくれれば楽だったと思うが致し方なし。


一応この遺跡内に生き残りが居ないか確かめておきたかったのだが、食料庫にあったのはバラバラにされて吊るされた人々の無残な亡骸だけだったのだ。


ただの食料ならバラバラにする必要はない。土蜘蛛の兵に自我はなく、彼等はクイーンに沿った思想と命令だけで動くのだ。


それはいわばクイーンの残虐性を表しており、その手足の土蜘蛛の一族の残虐性が色濃く伺える。


その中に12〜13歳位の女の子の物と思われる頭部が吊るされているのが見えた。ヒンヤリとした地下世界で腐る事なくその絶望に染まった顔を晒している……


「すまなかったな、俺がもう少し早く来ていれば助けてやれたんだが……」


康之助は彼女達の遺体を焼却すると"追跡者"によって得た情報通りにクイーンの根城に向かう。


何キロ程歩いただろう、途中何匹かの土蜘蛛に会ったが瞬殺していたので仲間を呼ばれる事はなく、距離こそは有ったがあっさりとクイーンの根城にたどり着くことが出来た。


そこはただでさえ広い遺跡にあって最も広く明かりまで灯されている正に王の間。そしてその中央にはこの遺跡の主人の姿があった。

 


「……あれが''大喰ノ巫女''か、まるで豚だな」


クイーンこと''大喰ノ巫女''は体長30mの巨漢デブで、糸で作ったのか白く巨大な玉座に踏ん反り返っている。


そのクイーンは康之助の存在に気付いている様だ。だが蜘蛛の頭ではあるが、余裕の表情の様に康之助には感じられた。


そう彼の予想はあながち間違ってはおらず、康之助を囲む様に体長7〜8mの屈強な戦士型の土蜘蛛が天井の暗闇から降ってきたからだ。


この土蜘蛛の戦士はクイーンが戦闘特化させて生み出した個体で、その強さは一体一体が優畄が黒雨島で戦った幽鬼の海斗アレハンドロに匹敵する。


それが10体も現れる。それと共に闇に隠れていた何万匹かの雑魚がキチキチと口元を鳴らしながら集まって来た。


そう、''大喰ノ巫女''は康之助が食料庫から抜け出した事に気付いていたが、あえて泳がせてここまで誘き寄せたのだ。


それはクイーンの趣味の一つで、あえて捉えた人間を逃して誘導し、自分が作り出した最強の戦士と戦わせる。そして散々に痛ぶり絶望に染まったその者を生きたままに喰らう。クイーンはその瞬間がとにかく好きなのだ。



「特設アリーナで俺の虐殺を観覧か? いいご身分だな、ならばお望み通り虐殺ショーをみせてやろう」


そう言うと音楽のボリュームを上げた康之助。その手先が鋭い日本刀の様な刃物に変わる。そしてその刀身の色が赤から黄色、白色へと変わっていく。


「【武体琰滅陣】!」


康之助が戦闘態勢に入る。これは彼が本気で戦う時にのみ発動させる能力なのだ。


それと共に康之助の手刀の放射熱の温度が一気に跳ね上がる。その輻射熱だけで雑魚の土蜘蛛は燃え上がり断末魔の叫びをあげながら死んで逝ってしまう程だ。


康之助としてはまだほんの準備段階なのだが、土蜘蛛達にとってはたまったものではない。


予想外の康之助の強さに焦った''大喰ノ巫女''が土蜘蛛戦士に攻撃命令を出す。


クイーンの命を受け一斉に襲いかかる土蜘蛛戦士だったが、それより早く康之助が動いていた。


「確か太陽が苦手だったよな? なら拝まさせてやる。一閃!【天照晶廻斬】」


康之助が手刀を一閃するとまるで太陽の日の出を思わせる閃光が遺跡内を走り、その一瞬の閃光で、クイーンはおろかこの場にいた全ての土蜘蛛の一族を殲滅させたのだ。


瞬間最高温度5000度、太陽の表面温度にも迫る超超高温の斬撃は土蜘蛛の一族はおろか、周囲の遺跡までも溶解させてしまう。


「遺跡が地下でよかった」


もし地上でこの技を使っていたら半径10km四方は人が住めない灼熱地獄と化していただろう……


ズズズズと地下遺跡が崩壊を始め、天井から土砂が落ちてくる。


「ヤベっ、久しぶりの大技に手加減を忘れちまった……」


正直あの首だけの少女を見てブチ切れていた康之助。クイーン達と遊んでもよかったがそんな気は更々なかったのだ。



康之助は慌てて“追跡者''で探しておいた出口に急ぐ。この地下遺跡には土蜘蛛達が地上への進行の足がかりに至る所に横穴が掘られており、その一つが地上へ続いている様なのだ。


人類を超越した康之助の脚力で崩落する遺跡内を疾走していく。


康之助の手加減なしの一撃で遺跡ごと焼き払いほぼ全ての土蜘蛛が死んだと思われるが、もし生き残った土蜘蛛の一族が居たとしても、彼等の脳ともいえるクイーンである''大喰ノ巫女''が死んだとあっては、2日と保たず生き残りも死に絶えるだろう。


この一族はクイーン有っての物種なのだ。


そしてなんとか遺跡が崩壊する前に脱出する事が出来た康之助。外に出てみて分かったが、この場所は隣町までほんの数kmしか無い場所だった。


もし土蜘蛛の一族の討伐がもう少し遅れていたならば、更なる被害が出ていた事だろう。


「あっ、村までバイク取りに戻らなきゃならねえのか……」


ここから村までは5〜6km程、討伐も済んだ事だし村まではまではゆっくりと歩いて行く事にした。


技を使った影響で遺跡の真上、地上の温度が60度近くあり観測史上最高温度を叩き出したりもしたが、まあ気にしないでおく。


1時間かけて村が有った場所まで戻ってみたが、そこに村は存在しなかった。


村が有った場所は地面が100m程陥没しており、村自体が地下の遺跡と共に崩落してしまった様なのだ。


「……なんてこった、これではバイクは諦めるしかないか……」


いろいろとお金をかけて改造した愛車の末路にガックリと肩を落とす康之助。仕方なく近く近くの町まで歩いて行く事にする……。


「……すまんな加奈、もうしばらく帰るのが遅れそうだ」


そんな彼の心情を表したかの様に空から雨が降り始めた。ちょうど彼の携帯の音楽もB. J. ThomasのRaindrops Keep Fallin' on My Headだ。


「たまには雨に濡れながら歩くのもいいものさ……」


ため息混じりに雨の中、町を目指して歩き出す康之助。その背中にはなんとも言えない哀愁が漂っていた。







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