第47話 弓夜


僕と雪乃の鬼ごっこから遡る事1時間前、弓夜は"千里眼"の能力を苦使して、代官屋敷屋敷まであと500mの地点まで到達していた。


ここまで極限に集中していた事もあり、彼の体力も限界間近だ……。


代官屋敷は島の宿場町の最奥に建っており、屋敷自体は反物理などの結界で守られているため、中に入ってしまえば安全は約束された様なもの。


だが、ほぼ全ての幽鬼が代官屋敷の周辺に集まっている現状に、先に進めずにいた。


(…… クッ、まるで隙間がない)


弓夜の千里眼と弓の腕前が有れば何体かは倒せるだろう。だがそれは失敗の許されない綱渡り的な行動だ。


そんな彼の脳裏に浮かぶのは婚約者の早苗の顔。

彼女の為にここで止まっている訳にはいかないのだ。


覚悟を決めた弓夜が前進しようとしたその時、幽鬼等の陣地が騒がしくなる。


認めたくはないが、どうやら仲間の誰かが幽鬼等に捕まったらしい。


(クッ…… 誰かが捕まったのか?! )


幽鬼等がその騒ぎに引き付けられ、その隙に

前進を試みる弓夜。


そして代官屋敷まで200mと迫ったところで、弓夜の千里眼が幽鬼に捕まり板に磔にされた早苗の姿をとらえる。


「早苗!」


思わず口に出てしまった愛しき人の名前、運良く周りに幽鬼は居なかったが、弓夜から冷静さが失われた。


(…… なぜ美優子と共に後方に居た早苗が?! 他には誰も捕まっていない様だが……)


磔にされている早苗に意識はあるようで、両肩と両足に釘を打ち込まれ苦しそうにもがいている。


200mともなれば弓夜の'【千里眼】で顔の皺まで分かる距離、愛する人の苦しむ姿に胸が張り裂けそうだ。


彼女との思い出が走馬灯の様によみがえる。



(クッ、早苗……)


だがここで自分が動いても、彼女を救う事は出来ないだろう。それどころか自分も捕まってしまう。


それでも、彼は早苗を見捨てる事など出来なかった。


弓夜が今いるのは宿場町の廃屋の一つ、屋根伝いに早苗が磔にされている代官屋敷前の通りに急ぐ。


(早苗の周りには昨日船着場で見たあの海斗アレハンドロがいる。奴さえ倒せば幽鬼等が騒ぎ立つだろう。それに乗じて早苗を救い出し代官屋敷内へ逃げ込めれば……)


限りなく低い可能性だが不可能ではない。弓夜は弓に矢を番えると、海斗アレハンドロの頭に狙いを付ける。


弓夜の矢は200m以内ならまず外れる事は無い。


距離は150m、''千里眼''に裏打ちされた必中の矢が海斗アレハンドロの眉間目掛けて飛んでいく。


確かな手応え。確実に仕留めたと思われた弓夜の矢は、海斗アレハンドロにあっさりと掴み取られてしまったのだ。


「!」


事前に予測しての行動ではない、飛んできた矢を掴み取る海斗アレハンドロの膂力に言葉を失う弓夜。


作戦は失敗した。ここから早苗を救出するのは無理だろう。彼女を助けられないのならばせめて、楽に死ねる様にと、弓夜は矢の狙いを早苗の心臓に合わせる。


「 早苗…… ならば、せめて苦しまずに!」


だが弓夜の早苗への思いがこもったその矢も、海斗アレハンドロに掴み取られてしまったのだ。


「グッ……」


『鼠が潜んでいるのは分かっていたが…… 鼠が罠に掛かった、その鼠は生捕にするのだ!』


そう、黒石の者が近くにいるのは分かっていたのだが、その居場所までは分からなかった。そのために捕らえた早苗を使って誘き寄せたのだ。



弓夜目掛けて次々と幽鬼が襲いかかってくるが、それを弓矢で迎撃して行く弓夜。


だがそんな弓夜の前に三芳リカルドが立ち塞がった。


(…… この幽鬼は……)


弓夜は三芳リカルドを見て悟る。この幽鬼とは戦う事も、逃げる事さえ自分には不可能だという事を。


それでも諦めてなるものかと連続で矢を放っていく弓夜。


だが三芳リカルドは、放たれる矢を撃ち落とす事に、ゆっくりと一歩ずつ弓夜に近づく様に前進して来るのだ。


「うあああああ〜!」


雄叫びと共に弓夜が10本目の矢を放つと、三芳リカルドは飛来するその矢を縦に真っ二つにし、返す左手のシックルで弓夜の目を切り裂いたのだ。




ーーー




時間は遡り今、なんとか蜘蛛の糸から抜け出せたヒナは優畄を探して島を彷徨っていた。


優畄がマリモールの時に通った跡がはっきり残っているため、追跡は簡単だと思われた。だが少し傾斜の有る小さな丘でその形跡が消えている。


「……ここで形跡が消えているという事は、きっとこの傾斜で大きく跳ね上がったんだわ」


ヒナはそれを考慮して優畄を探すが、前方には崖しか無い。


「…… 大丈夫、優畄とのリンクは切れてない。絶対に優畄は生きてる!」


優畄とヒナは魂で繋がっている。そのリンクが生きてるという事は優畄も生きているという事。


そう信じて優畄を探すヒナ。そんな彼女の視界に木から崖下に垂れ下がる蜘蛛の糸が入る。


「あの糸は! あの崖の下に優畄がいる!!」


彼女は駆け出していた、そして崖の際にたどり着くと下を覗き見る。


そこには岸壁にぶら下がる干からびたミミズの様な、不気味な生き物がいたのだ。


「…… 」


その一見して、不気味で悍ましい干しミミズの様な生き物に驚愕すると共に、その生物が優畄だとヒナは直感で確信した。


「優畄…… 貴方でしょ? 姿が変わったって直ぐに分かったよ。 優畄が無事で本当に良かった……」


(ヒナ……ありがとう)


優畄は今喋ることが出来ない。だが彼の心の声はヒナに伝わったようだ。


だが運が悪いことに、幽鬼達の偵察隊にヒナが見つかってしまったのだ。


「優畄がその姿でそうしてるって事は何か事情があるのよね、よし! 私がここで優畄を守る!!」


ヒナは刀を抜くと正眼の構えに刀を構える。攻撃にも防御にもスムーズに移行することが出来る構えなのだ。


そしてこの構えを基点とすることで、戦闘中に発生する様々な状況の変化に対して咄嗟に対応できるのだ。


「さあかかってらっしゃい!」





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