第15話 双頭の死神
「祈部六道は馬雲千香を脅迫していた。その内容はおそらく、八乃野いずるに関する事だっただろう。そこで千香といずるは、話に乗ると見せかけ、マンションに誘い込んで六道を殺す、という計画を立てた」
馬雲千香はいまにも噛み付きそうな顔で探偵をにらみつけている。鍵蔵人の顔をした謎の男は、苦々しい顔で話を続けた。
「そうだ、こうなれば一人殺すも二人殺すも変わらない。千香の部屋に盗聴器を仕掛けているストーカーも、ついでにまとめて殺してしまおう。どうやって気付いたのか、どちらが言いだしたのかは知らないが、そういう話になった訳だ。何せ自分たちの計画を知っている可能性がある。放ってはおけない」
探偵のかいた胡座が小さく揺れている。それが考えるときの癖であるかのように。
「計画の決行当日、六道は疑いもせずに、のこのこ千香のマンションにやって来た。女の一人暮らしだと油断でもしたのか、それとも元来無頓着だったのか。とにかくそこに隠れていたいずるが飛び出し襲いかかると、あっけなく殺された。おそらくは首の後ろに何らかの凶器を突き刺されて」
探偵は自らの首の後ろに拳を当てた。
「何故この殺し方を選んだのかと言えば、返り血を浴びる可能性がないからだろうな」
何かを思い出すかのように遠い眼をしたかと思うと、不意に築根を横目で見つめる。
「そのとき、馬雲千香は盗聴器の向こう側のストーカーに聞こえるように、こう言ったんだ。『ねえ、聞こえてるんでしょう。助けてよ』と。それを聞いたストーカー、国田満夫も、まんまと千香のマンションにやって来た。後はそれを追い返し、いずるが尾行すれば、国田の家の場所はすぐに割れる」
次いで、いずるに目を向けた。
「六道の死体は、その日の夜にでも始末したんだろう。後は国田を殺すだけだが、そう思って監視していたら、想定外の事が起きた。国田が探偵事務所を訪れたんだ。国田一人なら計画通りに殺せばいいが、探偵まで絡んで来るとなると話が面倒になる。そこで二人は相談を持ちかけた。以前から密かにつながっていた、霜松市松にな」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
築根麻耶が口を挟んできた。
「六道の死体を始末したって、どこにどうやって始末したんだ。死体の始末なんて簡単にはできないぞ」
数坂とキラリもうなずく。すると鍵は正面を見据えた。そこには八乃野いずると馬雲千香がいる。
「死体は大きなスーツケースにでも入れて、車で運んだんだろう。それをどこへ運んだか。おそらくは」
鍵の視線は、正面の二人の向こう側に届いていた。
「豊楽さん。六道の死体は、あんたの部屋にあるんじゃないのか」
一斉に集まる視線。しかし豊楽に動揺はなく、鼻先で笑った。
「おそらくで人を犯罪者扱いするのかね」
「おそらく、あんたは二つ大きな失敗をしている。一つは六道の死体を隠した事。もう一つは八乃野いずるの目的を勘違いした事だ」
豊楽の顔から、余裕の笑みが消えた。探偵は続ける。
「さっきいずるが言った通りでね、証拠はこれから警察に見つけてもらわなきゃならない。ただ六道の死体は、あんた方へのメッセージだ。これが公になれば、そしてなるべくなら自殺として処理されれば、国田満夫を殺すのも簡単になる。だから、いずると千香の二人は、いや、霜松も合わせて三人かな、夜中にこっそり豊楽さんの部屋に運び込んだんだ。それが目撃されているのも知らずに」
「目撃者」
いずるが意外そうにつぶやく。
「誰ですか、それは」
探偵が部屋の隅に視線を向けると、十瑠が笑顔で手を挙げていた。
「意外に思うかも知れないが、あいつは死神様が見えるだけじゃない。夜目が利くんだ。真っ暗な部屋の中から、真っ暗な外を眺めるのが趣味ときてる。あの日もそうしていたら、見えたんだよ、六道の死体を運ぶおまえら三人が。もちろん暗い中だ、顔までは見えない。それが誰かまではわからない。だが、その運ばれるグッタリしたものを見て、死体だと直感した。だからこう言いだしたんだ。『死神様が増えている』ってな」
「そんな馬鹿な」
そう声を上げたのは九南。探偵は横目で見つめ、小さく笑う。
「鍵蔵人が最初に十瑠に会ったとき、十瑠は死神様が増えていると言った。その後に三太郎が死んだ。これで鍵は、死神様が増えるのは死人の出る予兆だと、すなわち予言の類いだと解釈した。だから当初は無視した訳なんだが、事実は逆だ。死人の出る前に死神様が増える訳じゃない。死人が出た後に死神様が増えるんだよ」
「十瑠……そうなのか」
九南の恐る恐るの問いに、十瑠は満面の笑顔でうなずいた。
「うん。一番信じていない人に、一番理解されるのも複雑なんだけど」
探偵はうなずくと、静かに息を吐き出す。
「さて、閑話休題。話を戻そう。八乃野いずると馬雲千香から相談を受けた霜松は、鍵探偵事務所にやって来た。そして前金の入った封筒を差し出して、この祈部邸に来てくれないかと持ちかけた。本当の目的は、タイミングを見計らって幾谷いつみに殺させるため。国田満夫と馬雲千香の関係を知ってるヤツは他に二人いるんだが、それはまた別の機会に考えよう、と思っていたら、そのうちの一人が、のこのこ探偵についてきた。ラッキーと思ったろうな」
そう言って笹桑に目をやった。
「え……あれ?」
さしもの笹桑も笑顔が引きつっている。探偵はさらに続けた。
「祈部の家のためだと吹き込めば、幾谷いつみは逮捕されても決して口は割らないはず。娘のためにな。千香といずるの起こした事件を闇から闇に葬り去るには、これこそ最良の選択だったんだろう。間抜けな探偵は、まんまと話に乗っちまった訳だ」
だが本当に間抜けだったのは誰なのだろう。広間にはそんな空気が流れている。
「一方その頃、千香は盗聴器を通じて国田に指示を出していた。『あなたの家で会いたい、タコ焼きパーティなんてどうかな、買い物を済ませておいて』とか何とか。国田はそれをメモに書き、言われた通りの買い物を済ませて千香を待っていた。そこに現れたのは千香一人。そうして国田を油断させ、首をタコ焼きピックで刺して殺した。最後は国田の手でピックの柄を握らせて指紋をつければ、仕上げは上々。まあ、メモを持ち去ればなお完璧だったかも知れないが」
次々に明らかになる事件の内容に、その場にいた誰もが息を呑んでいる。
「国田を殺したら、後は盗聴していた受信機を奪う必要がある。どうせ千香の部屋では、音楽でも流しっぱなしにしてたんだろう。その音楽が聞こえる受信機を取り外して、痕跡を消した。他にも受信機があったのは、もっけの幸いだったな。国田の部屋から出るところを誰かに見られてたらマズいが、結果として問題は起きなかった。後は自分のマンションに戻って、盗聴器の仕掛けられていたコンセントを取替えるだけ」
築根は熱心にメモを取っていた。彼女たちがここに来たのは本来、国田満夫の死について調べるためなのだ。その謎がいま明かされている。
「現場に証拠らしい証拠は残していない。国田は自殺として扱われるに違いない。そういう意味で二人は安心していた。だが一つ不安要素が残っている。いつまで待っても、祈部六道の死体が見つかったという話が聞こえてこない。霜松もわからないと言う。ならばどうするか。そこでもう一度、今度は昼間に堂々と、真正面からこの祈部邸を訪れる事にした」
そして探偵は一つ息をついた。
「もちろんそんな事をすれば、自分たちが六道を殺したと豊楽にはバレる。しかし豊楽はそれを追求しないに違いない。その自信があったんだろう。ところがここでも想定外の事件が起きていた。三太郎が、それも自分たちが六道と国田を殺した方法で死んでいたんだ。これには二人も、さぞ困惑したろうな」
「それはつまり、三太郎殺しはこの二人の犯行じゃないって事なんだな」
数坂が念を押し、探偵はうなずいた。
「じゃあ、ここからは二つ目の頭の視点で話そう。さっきいずるが話した動機、それは幾分か当たってると考えていい。祈部豊楽は困っていた。長兄の三太郎が、祈部の家の信用を落とす事ばかりする。いや、実際には四界も六道も同様だったんだが、豊楽はそれについては問題にしなかった。とにかく三太郎を何とかしたかったんだ」
探偵の視線は九南に向く。
「そんなとき、豊楽の部屋に六道の死体が放り込まれた。だが豊楽はこれを秘密にした。おそらく話した相手は九南だけだったろう。そして一つの計画を立てた。まず六道を捜すという建前で誰か外部から人を入れ、次に三太郎を殺し、その外部の人間を犯人に仕立て上げようと。いや」
そこで一つ、ニヤリと口元だけで笑った。
「何なら、そいつを自殺に見せかけて殺しちまおう、とか考えてたかもな」
さらに視線は霜松市松へと。
「豊楽は、おそらく詳細を隠したまま霜松にたずねた。『誰か六道を捜せる者はいないか』と。するとこちらも本心を隠したまま、霜松はこう答えたんだろう。『探偵に心当たりがある』と。渡りに船と思ったのかも知れない」
完全に憔悴しきった霜松市松に一瞬同情の視線を送ると、探偵は言った。
「探偵が到着した日の夜、豊楽は計画を決行した。もちろん実行したのは九南だ。三太郎が深夜まで起きている事は知っていた。そこで相談があるとか何とか言って部屋の中に入り、背を向けた瞬間に首筋を千枚通しで刺して殺した」
探偵は再び首の後ろに拳を当てた。
「何故この殺し方を選んだのかと言えば、六道がそうであったからと言うより、国田満夫の事件があったからだろう。祈部の家と国田はまったく関係がない。ならば、もし警察が三太郎の死を自殺ではなく殺人だと考えたとしても、国田と同じ手口で殺した犯人は、家の外からやって来た事になる。つまり探偵に目を付けるはずだ、とな」
探偵は、再び九南に顔を向けてこうたずねた。
「ちなみにこの千枚通しはどうしたんだ。元々三太郎が持ってた物じゃないよな。わざわざ買ったのか」
「そんな事、私が知っている訳ないだろう」
満面に怒りを浮かべてにらみつける九南に、探偵は小さく笑った。
「その後、九南は三太郎の死体を仰け反らせて」
一瞬、多登キラリに目をやる。
「起動していたパソコンのメモ帳を開き、事前に考えていた文面を書いて、最後に『探偵に殺される』と付け足した。このとき、鍵蔵人の名前を書くかどうかで迷ったんじゃないか。うっかり名前を忘れたのかも知れないが、そもそも、『探偵に殺される』は豊楽が書けと言ったんだろう。それに自分の殺した死体が転がってる部屋で、そう何時間も頭を悩ますなんぞ、普通の神経でできるはずがない。だからそのままアレンジを加えずに馬鹿正直に書いた訳だ」
まるで見てきたかのように話す探偵に、築根は恐る恐るたずねる。
「つまり祈部の家名のために三太郎を殺した、という事でいいのか」
「ああ、それが動機の半分だ」
築根の顔が告げている。半分だと?
「じゃ、動機の残り半分は何なんだ」
「死人が出たら葬式をするよな」
「まあ、そりゃ」
「死に方が普通じゃないとなれば、密葬や家族葬でも周囲は不思議に思わない。そして葬式が終われば遺体は火葬場に送られる。もしそのとき棺桶の中に死体が二つあったとしても、近所の住民は火葬場まで追いかけて確認したりはしない。黙らせる必要があるのは、せいぜい火葬場の職員だけだ。祈部の名前をもってすれば
刑事たちの目が見開かれた。築根が問う。
「要するに六道の死体を消し去るために三太郎を殺したと」
「主目的ではなくても、そういう側面があるという事だな」
「……なら、四界もか」
けれど探偵は首を振る。
「いいや。四界を殺したのは豊楽でも九南でもない。これを実行したのは、また一つ目の頭。つまり八乃野いずると馬雲千香、そして霜松市松だ」
「私は……違う」
霜松市松は、かすれるような弱々しい声で否定する。しかし。
「人殺しに使うと知ってて睡眠導入剤を渡したのは、あんただろうがよ」
その言葉に、霜松市松は何も言い返せない。探偵は続ける。
「あの日、四界は上機嫌だった。三太郎が死んでくれて喜びこそすれ、悲しんでなどいなかったはずだ。四界の部屋には洋酒が並んでいる。おそらく酒を集めるのが趣味だったんだろう。当然、飲むのも好きだったに違いない。ならば氷とアイスピックは部屋に常備してあったろうな」
馬雲千香は噛み付かんばかりににらみつけ、一方八乃野いずるは表情が変わらない。
「その四界に、『いい酒があるんだが一緒に飲まないか』と言ったのは誰だ。まさか、いずるじゃあるまい。霜松が言っても四界は取り合わなかったろう。どちらにせよ酒が美味くなる相手じゃないし。なら普通に考えて馬雲千香だ」
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