第9話-2 探偵 依頼を受ける
昨日、万華が事務所で話してくれたときの、固い笑いが気になり、結局事務所で一晩を明かしてしまった。あれを告げるためだけに、万華の記憶が消えていないのだろうか。
「おはようございます。ボス早いすね。ひょっとして、徹夜ですか?」
「ああ、そんなところだ」
「ところで、蓬莱組は何処かの組織なんですか? 万華ちゃんって、大阪じゃ、そっち系の関係者だったりして」
何か、勘違いしているぞ。しかし、こいつの勘違い、好都合かもしれん。
「久保田、大きい声じゃ言えねぇが、万華は、以前、俺が世話した大阪蓬莱組の大組長のご息女だ。蓬莱組は世間じゃ、あまり知られてないが、その筋では武闘派で名の通っている組なんだ。いいか、この件にお前は首を突っ込むな。これは俺が処理をする。間違えたら指の一本、二本じゃ済まねぇかもしれん」
と俺は声を低くして、自分でも身震いしている風に答えた。
すると久保田は、
「以前、ボスがお世話したって、刑事時代にって事ですか?」
「そうだ、蓬莱組の若いもんが、人を刺した時の事件だ。別の組の若い奴が、万華にため口を叩いたとか言って、蓬莱の鉄砲玉が、その組員をブスっとな」
と脅した。久保田の顔が青ざめている。
「だから、今日、蓬莱組の組員がやってくる間、別件の調査に行ってくれ。安全になったら電話で知らせる」
「わ、分かりました。でも、万華ちゃんになにかあった時、僕も協力します」
と以外と男気のある事を言った。
久保田、少し見直したぜ。
こうして久保田を送り出し、コンビニ弁当を食べ終わったころ、ドアの外で何か音がした。
シャカ、シャカ、シャカ、シャカ、
「ん? なんだ?」
と衝立の向こうのドアの方を注視した。
シャカ、シャカ
何かがドアを引っ掻いている様な音がする。
俺はドアの方に歩いて行き、外を伺った。
シャカ、シャカ、シャカ
まさかと思ったが、恐る恐るドアを開けると、そこには、真っ白の猫が座っている。
そして猫は俺の顔を見上げると、当然の様に部屋の中に入ってきた。
誰か居るんじゃ無いかとドアを大きく開き、廊下を見て、階段の近くまで行って、階下を見たが、誰も居ない。
『権さんをラッキーキャットが尋ねてくるけん、話を聞いてやってな』
と言う万華の声が耳に蘇った。
事務所に戻ると、ソファーの上にちょこんと猫が座っている。顔を撫でて、俺がソファーに着くのを待っているかのようだ。仕方が無いので猫が座っている席の反対側に着いた。
「落ち着きよったか?」
と猫が喋った。いや、この間は狐の化け物に襲われたのだ。猫が喋るのも不思議では無いはずだと、俺は自分に言い聞かせた。
「うん、ああ、貴方がラッキーキャットさんですか?」
「そうや。このたびはエライご迷惑をおかけし、蓬莱を代表してお詫びするで。また、万華を救っていただき、むっちゃおーきにおます」
いや、どちらかと言うと助けられたのは俺と久保田の方だ。
「それで、どういったご依頼でしょうか?」
「千野はんには、少し経緯から、お話しせんとあきまへんな」
とその猫は、時々顔を撫でながら話し始めた。
ラッキーキャットによると、万華と衝突したその時、全ての平行世界を繋ぐルートが混信、そして崩壊したと言う事だ。さらに調査を進めていくと、随分前から何者かが時々ルートを変更していたらしい。
これで、三つの問題が生じた。
一つは天女・仙人・転生者の平行世界間の移動ができない問題。これは蓬莱を上げて突貫工事を行い、何とか五割方復旧した。
二つ目は、万華のように天女・仙人・転生者、そして別世界の宝物が意図しない世界へ飛ばされた問題。これらを探し出し、本来の場所に戻さなければならない。
そして三つ目。以前からあったルート改ざんによる不法転入者の問題。その一つがこの間の妲己だ。侵入先の平行世界を守るため、これも探し出して元の世界に返すか、場合によっては駆除しなければならない。
どれも本来なら蓬莱が対応すべきだが、とても手が回らないそうだ。
「千野はんには、二番目ぇのこの世界の転生者の捜査と保護、三番目ぇの不法侵入者の捜査をお願いしたいんですわ。もちろん危険はあるんやけど、万華が千野はんをサポートします。これは万華の強い希望なんやけどな。ほんで発見した転生者の送致と、不法侵入者への対処は万華が行いますわ」
「万華の強い希望ですか」
「ええ、そうなんや。もちろん報酬ははずみまっせ。ワテが、ここに居つきます。これはどえらい報酬だっせ」
「ん? 猫さんがここに …… 居つくのが報酬ですか」
猫が居つくのが報酬。仙人たちの考えはよく分からないが、万華の記憶が消えてないのは、多分、万華が俺をサポートすると申し出たからだろう。断ると、俺から万華の記憶は消えるかもしれない。貧乏探偵事務所への万華からの計らいか ……
「分かった。依頼を受けましょう」
「それは、ええ、ご判断だす。それから、あんさんが行く先々で、ワテがちょいちょい、現れるんやけど、気にせえへんでな。それも、契約のうちやさかい」
と言った。
もうあまり驚かないようにしよう。
◇ ◇ ◇
「権さん、おるか? 万華やで」
といつものボロいドアを開けると、ニャーと声がした。
ラッキーがここにおると言うことは、依頼うけたんやな。ラッキーが足下にやって来て抱っこをせがんできたさかい、抱き上げとると、久保田が駆け寄って来よった。
「やあ、万華ちゃん。ボスは買い物。直ぐに戻るよ。その猫ね、預かり物だって。名前は万華ちゃんに聞けって言っていたけど」
「おおきにな、この猫の名前はラッキーやで」
と久保田と喋っていると、階段を上がってくる足音が聞こえて来た。
トントントン、ガチャ
「万華、来てたのか? キャットフードを買ってきた。この猫の名前は決まったのか?」
「以前から、ラッキーやで」
「そうか。ラッキーが名前だったのか」
「それから権さん、ラッキーはキャットフード、食べへんで」
「ああ、やっぱり、そうなのか。まあ良いか。ご近所にあげよう」
そんな話を横で聞いてる久保田は、腕を組み怪訝な顔をしとる。
久保田の顔をみて、権さんの顔を見ていると、御園婆さんやラノベ研の三人の顔が浮かんだ。
ウチは何処とのう、うれしいなった。
「久保田、これから、面もろうなるな、にひひひ」
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