積極的な女の子はお好きですか?
羽賀リリィ
第1話 カフェでの出会いは女のロマン
たまの休みに私は一人で映画を観に行った。
気になっていた映画だったけど、終わり方が突然で不思議な映画だった。
いかにもインディー映画って感じだ。
中々気に入ったのでパンフレットも買ってしまった。
知り合いにこういう映画が好きそうな人も居なかったし、一人で観て正解だったかな。
このまま家に帰るのもなと思ったので、私はいつも通っているカフェに寄った。
そのカフェはチェーン店だけど、私にとっては特別なカフェ。
なぜなら、
スタッフの全員につけられている名札には苗字しか書かれていなかったので、私は
私は心の中で彼女のことを「
日野さんは、すごく可愛らしい人だ。
いつもポニーテールをしていて、身長はおそらく私と同じくらいで160センチ前後。
年は幾つくらいなのか分からないけど、まだ若そうだ。
大学生くらいだろうと推測している。
一方、私は社会人。
今日は久々に有給休暇を使いました。
あまりじっとは見ないようにしているけれど、日野さんを見ると毎日の疲れが癒されます。
「お仕事帰りですか?」
日野さんは私の顔を覚えていてくれていて、他に利用客が少ない時はこうやって話しかけてくれる。
今は平日の夕方だったので、人が少なかった。
今日はついてるな。ラッキーだ。
「いえ、今日は休みで映画を観た帰りです」
「映画、いいですね! 面白かったですか?」
「ええ、まあ。気にはなっていたんで、観てよかったです」
「それなら良かったです! 今日はご注文はいかがなさいますか?」
日野さんの笑顔はいつ見ても眩しい。
赤の他人にここまで眩しい笑顔を届けられるのはプロのなせる業だ。
「ソイラテとホットサンドで」
「ソイラテはアイスとホットどちらがよろしいですか?」
「アイスでお願いします」
「かしこまりました。アイスのソイラテとホットサンドですね。ソイラテはレジ横のカウンターからお受け取り下さい。ホットサンドは出来立てをお持ちしますので、こちらの番号札をお持ちになり、お席でお待ちください」
私はかなりの頻度でこのカフェを訪れてるけど、飲み物はその時の気分によって変えている。
ただ、ホットサンドは欠かせない。
理由はテーブルまで持って来てくれるから。
混雑していると、レジで注文を受けたスタッフさんとは別の人が持ってくるときもあるんだけど。
今は空いているので、日野さんが持ってきてくれるはずだ。
お会計を済ませて、カウンターでソイラテを受け取り、レジの向かいにあるテーブルに座る。
そこは私のお気に入りの場所だ。
空いていれば必ずここに座る。
映画のプログラムを読みながら待っていると、頭上から日野さんの少し高めの声が聞こえてきた。
「お待たせしました。ホットサンドです」
日野さんはそう言うと、ホットサンドの乗ったプレートをテーブルに置き、番号札を回収する。
今日も素敵だな。日野さん。
「ありがとうございます」
私は日野さんにお礼を言う。
「ごゆっくりどうぞ」
日野さんはニコッと笑ってから、カウンターの方へ戻っていく。
ふとテーブルに目を向けると、四つ折りにしてある小さなメモが置かれていることに気が付いた。
私はおそるおそるメモを手に取る。
あまりにも自然な流れでポンとメモがテーブルに置かれていたので、最初は日野さんの忘れ物か、あるいは落としたのかと思った。
私は既にカウンターへ戻った日野さんの方を見た。
日野さんと目が合う。
えっと……どうしよう。メモ、返すべき?
私がただ日野さんの方をじっと見ているだけで何もしないので、日野さんは両手を使って「開けてみて」というジェスチャーをした。
え、開けるの?
ドキドキしながら彼女の指示通りにメモを広げると、書かれていたのは11桁の数字。
これはまさか、携帯の、電話番号?
もう一度、日野さんの方を見ると「電話して」と彼女は言っていた。
声には出していなかったが、確実にそう言っていた。
嘘でしょ、マジで電話番号? しかも日野さんの? 夢なの?
頭の中では10年くらい前に流行った洋楽が流れていた。
曲とは違って私は破れたジーンズも履いていないし、今は風の吹く夜でもないけど。
とにかく日野さんから電話番号を渡された。
しかも日野さんに「電話して」って言われた(口パクで)
映画のワンシーンか何かのようだった。
こんなことが自分の身に起きるなんて。
日野さんのことは気になっていたけど、まさか向こうも同じ気持ちだったなんて。
私は臆病なので、ただのお客以上の関係になるつもりは全くなかったけど。
ま、待てよ。
確かに電話番号を渡されたけど、ただ友達になりたいだけかも。
私はメモを胸に当て、また日野さんの方を見た。
しかし、その時は日野さんは別のお客さんの接客をしていた。
ああ、どうしよう。
怖いけど、嬉しい。
今日は私にとってごく普通の休日だったけど、一瞬にして特別な一日に変わっていた。
それにしても日野さん、危ないぞ。
こんな事したら、勘違いされちゃうぞ。
私はメモを無くさないように、財布の中に入れた。
そしてソイラテを一口飲んだけど、味があまりしなかった。
* * *
ドドドドドドドドド……
心臓の音がうるさい。
いざ、家に帰って電話をするとなると手が震えた。
私は電話がものすごく苦手だった。
社会人になりたての頃も、電話を取るのがとにかく苦手でよく上司に怒られた。
何なら今でもたまに怒られている。
顔の見えない相手と話すのはいつだって緊張した。
しかし今は、別の緊張をしていた。
ええい、ままよ!
トゥルルルルルル……トゥルルルルル……
「はい。日野です」
わ、何て言ったらいいんだ? 向こうは私の名前、知らないし。
「……もしもし、あの、
「あ、電話してくれたんですね!」
マジで今、日野さんと話しちゃってるよ。
嘘みたい。
「私の下の名前、
「アリスさん……」
「アリスでいいですよ。リサさんって社会人ですよね? 私より年上だし、敬語じゃなくていいですよ」
「じゃ、アリスちゃん……で、いいですか」
「敬語なし、難しいですか?」
「あ、ごめん。慣れなくて」
「フフッ」
あー……本当にこれ現実ですか? 天国? いつの間にか死んじゃったのかな。
「私も宍戸さんのこと下の名前で呼んでもいいですか?」
「ど、どうぞ」
「良かった。それからこの番号はリサさんのですか? 登録してもいいですか?」
「そう、私の番号だよ。もちろん登録してもらっていいよ」
「やった! ほんとに電話してくれてありがとうございます」
「こちらこそ、嬉しかったです。メモ貰って」
「本当?」
「うん」
「じゃ、単刀直入に言いますね」
何を言われるんだろう……今までの流れからして、悪いことではないはず。
「私、リサさんのことが好きです! 付き合ってください!」
ん? え?? は???
さすがに、私に都合良すぎだろこれは。
絶対嘘じゃん、嘘嘘!!! はーい、嘘!
「……」
「……ダメですか?」
何か言わなくちゃ、何か言わなくちゃ。
「ダメじゃないです!」
「ほんとに? 振るならハッキリ振ってくださいね」
「ふ、振る、だなんて、そんな……」
「こんなこと言ったら逆効果かもしれないですけど……リサさんも私と同じ気持ちだと思ったんですけど、違います?」
「違わないです! 私も好き!!」
い、言っちゃったよ。
今、キモい大人になってない?? 大丈夫?
「良かった! なら付き合ってもいいですよね!」
「え、ちょっと待って」
「もう。何なんですか。ハッキリしてください」
「え、好きってそういう……?」
「そうですよ、恋人とかの好きです」
こ、恋人……! パワーワードすぎる……気が遠くなりそう。
「アリスちゃんって年いくつ!? ……ですか」
「アハハ。敬語がなかなか治らないですね。もう二十歳越えてます。安心してください」
「安心とかじゃなくて」
「もしかして、誰かと付き合うの初めてですか?」
いや、付き合ったことは、ある。
……全部振られてるけど!
「ううん」
「そうなんですね。ちょっと残念」
「残念?」
「初めてじゃないかって、少し期待してました」
「うわぁ」
「……引きました?」
「違う違う」
さっきからめっちゃグイグイきて困惑はしてるけど、嫌とかじゃないんだよお。
「で、どうなんですか? 私と付き合ってくれるんですか?」
「これは、現実なの?」
「夢じゃないですよ」
あ、心の声がいつの間にか口に出てた。
「……私、初めて会ったときから日野さんが気になってました」
「じゃ、さっきも言いましたけど今日からはアリスって呼んでくださいね。私、リサさんの彼女になりたいんで」
「うぅ……嘘みたい」
「嘘じゃないですからね。リサさんって結構、疑り深いですよね?」
このままじゃ、怒らせちゃう!
「ごめんね。疑っているわけじゃないんだけど。ビックリして」
「そういえば、私がメモをあげたときもハトが豆鉄砲くらったみたいな顔してましたよね。全然メモを開ける気配がないからソワソワしましたよ。あとお返事、今日じゃない方がいいですか? 待って欲しいっていうことでしたら待ちます」
「いや。私でいいなら、その……お付き合いしたいです」
「アハハ。リサさんがいいから告白したのに。でも嬉しい! 恋人になったらお互い敬語抜きでいいですよね?」
「うん」
「じゃあ、今日からよろしくね」
こうやって日野さん、もといアリスちゃんと私は、お付き合いをすることになりました。
アリスちゃんは私が想像していたよりも、ずっとずっと積極的な女の子でした。
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