第15話 音楽のような風-15
凪いでいた風が樫の枝を揺すぶっている。
萌は、ふと水やりの手を止めて耳をそばだてた。家で一番大きな樫の木の高い梢が、ざわざわと揺れている。何かを語り掛けてくるようでもある。目を瞑り耳を傾けていると、風が頬を撫でて髪を梳いていった。萌はくすぐったくなって、笑みをもらした。手元のホースから流れ出る水音が、葉のざわめきを打ち消すでもなく、ハーモニーを奏でる訳でもなく、絶え間なく続く。萌は、いくつもの音楽を一度に聴いているような気持ちになって楽しくなってきた。
―――♪、と鼻唄を唄いながら、水撒きを続けた。
鉢植えの花々は、しばらく萌が見なかった間に鮮やかな顔を見せている。萌が撒く水を得て、瑞々しい笑顔を見せてくれる。ばらばらと紫陽花の葉に撒かれる水は、滴る水とともに確かなハーモニーを奏でる。樫の木の根元にも、水を撒いてやる。
風は、高いところで、吹いているようだ。
萌は、首が痛くなるくらい真上を見上げた。夕陽に映えている梢の先端は、揺れながら囁いている。その上に広がる空には、薄く化粧した雲が広がっていた。
萌が理科室の扉に手を掛けると、静かに扉は開いた。そっと中を伺うと、誰もいない。こぽこぽと水槽の音だけが聴こえてくる。萌は静かに中に入ると、導かれるように水槽に近づいた。
絶え間なく浮き上がる泡の合間を、休んでは動き回る、メダカの姿が見えた。身を屈めてじっとそれを見つめた。泡の沸き上がる音に耳を傾けて、目を閉じた。そのまま、萌は、自分が、どこか違う空間に浮かんでいるような錯覚を覚えた。
「ん、萌じゃないか」
我に返って振り返ると、父が準備室から出てきた。
「あ、お父さん…」
「なんだ、おさむ君かと思った」
「…ん、誰もいなかったの」
「そうか。きっと、また、ミミズでも獲りに行ってるんだろう」
「お父さん、いま、いい?」
「ん…。ピアノのことか?」
「うん」
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