第5話 音楽のような風-5

「はぁ…、何分突然のことですから、……私の方では何とも申し上げにくく、もう、娘に一任したいと思っております」

「そうですか。どうですか、萌さん。東京でチャレンジしてみる気はないですか?」

萌は急に向き直った西園寺に怯みながら、はぁといいながら小さく頷いた。それを見て西園寺は喜んだ。

「そうですか、来てくれますか」

大きな声に圧倒されながら、萌は慌てて言った。

「あ、あの、考えさせて…下さい…。あたし、まだ、自分が、そんな、賞を貰ったのも初めてだし、まだ、わからないんです。…少し、考えさせて下さい」

西園寺は乗り出していた身をソファに凭れさせて、じっと萌を見ていた。萌はその視線を感じながら、お願いします、と俯きながら小さく言った。宏信はそんな萌を見て、西園寺に言った。

「この子に才能があると仰っていただいて、とても嬉しいのは、私も娘と同じです。でも、これまで、そんな、趣味で続けていたピアノに、一生を賭けるようなことを考えるなんておりませんでしたから、何が何やらよくわからないのは、大人の私でも同じです。どうか、少し考えさせてやって下さい」

「そうですか、それもそうですね。ただ、忘れないでください。お嬢さん、萌さんには、間違いなく才能があります。わたくしが保証します。わたくしの元でなら、大成できます。これも間違いのないことです。よくお考えください」

 西園寺を見送っても萌は放心したような状態だった。そんな萌を認めた宏信は、すっと肩を抱いた。萌は顔を上げて父の顔を見たが、その顔に精気がないように宏信には感じられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る