第154話


 翌朝。冒険者ギルドでオウカ食堂の人員募集の張り紙を貼ってもらった。

 これでしばらく待てば人員は集まるらしい。

 この街の人は新しい事が大好きだから大丈夫だと、ロウディさんは笑っていた


 とりあえず、やることも無いので、雪狼討伐の常駐依頼を受けて、ついでにこの辺りを巡ってみる事にした。



 空から見た感じ、どこもかしこも真っ白だ。

 遠くに見える山も、昨日見た花畑も、眼下に見える街も。

 その全てが白くて、少し面白い。


 やー。中々に見応えのある光景だわ。

 ……寒いのはちょっと勘弁だけど。


「リング。雪狼いる?」

「――マップに表示します」

「ありがと。んー……あれ? これ、商隊かな?」


 緑の光点が複数。何人かが固まって動いてる。

 動く速さ的に荷馬車と護衛かな。

 こんな雪の積もった場所を通るなんて凄いな。

 ……あれ、でも、これ。


「ねーリング。もしかして、いつものパターン?」

「――このまま進むと雪狼の群れと遭遇します」

「これさ。多分、行った方が良いよね?」

「――推奨行動:この人数では対処出来ない確率が高いです」

「……んじゃまー、行きますか。リング?」

「――Sakura-Drive Ready.」


「Ignition」



 高空で、桜色を曳いて行った。



◆視点変更:商隊護衛◆



 俺たちは中堅冒険者のパーティ『赤の傭兵団』だ。

 基本的に魔物の討伐依頼を受けて稼いでいる。


 それが商隊護衛なんてつまらない仕事をしているのには、少し訳がある。

 仲間の一人が、賭博でパーティの金を使い込んでしまったのだ。

 皆からボコボコにされていたが、アイツの自業自得だろう。


 そんな訳で、道中に暇を持て余した俺たちは、雑談しながら雪の道を歩いていた。


「しっかし……ほんと、何も無いな」

「雪国だからな。だがたまにはのんびりするのも良いものだ」

「そうか? 俺は暇で仕方ないぜ」

「じゃあカードでもやるか?もちろん、賭けは無しだ」


 仲間の一人がニヤニヤしながらカードを出してきた。

 こいつ、みんなに袋叩きにされたの、もう忘れたのか?


「バカかお前……それより向こうに着いたらどうする?」

「俺は腹いっぱい飯が食いてぇよ。携帯食はうんざりだ」

「お前らしいな。俺はそうだな、風呂に浸かりたいな」

「ジジくせえ奴……おい待て、あれ雪狼か?」

「群れだな……おい、左右にもいやがる。囲まれたか」


「くっそ、暇だからってこんなサプライズはごめんだ!」

「みんな馬車から出てこい! 雪狼だ!」



 馬車内の仲間に声をかけると、すぐさま仲間が飛び出してきた。

 しかし、こちらが五人なのに対して、狼は二十匹はいる。

 これはヤバい。数が違いすぎる。

 俺たちが相手に出来るのは多くて十匹程度だ。

 その間に馬車を狙われたらどうしようもない。



「ちっ! いいかお前ら。俺が奴らを引き付ける。その間に馬車を走らせて街に向かえ」

「馬鹿野郎。お前一人に任せられるか。俺も残る」

「……死ぬぞ?」

「今更だろう。冒険者なんて、そんなもんだ」

「ふ……確かにそうだな。そんじゃまあ、やるとしようか」

「ああ、盛大に暴れてやろう」



 使い慣れた剣とメイスをそれぞれ構え、ジリジリと寄って来る雪狼を睨みつける。

 馬車は……どうだろうか。

 馬が怯えてしまっているし、この数の中突っ切るのは難しいかもしれない。



「それでもやんなきゃなんねぇのが、冒険者のキツいとこだよな」

「違いない。左は任せたぞ!」

「おう。簡単に死ぬなよ!?」

「一匹でも多く道ずれにしてやる! 来るぞ!」



 間合いを詰め、ついに雪狼が飛びかかって来た。

 盾で殴り飛ばすが、効いちゃいねえ。


 すぐに立ち上がってまた襲いかかってくる。

 剣で叩き落とそうと、振りかぶる。




 その時。


 桜色の何かが、雪狼の頭を貫いた。

 同時に仲間に飛びかかっていた雪狼も上から撃ち抜かれる。



 なんだ!? 上から!?


 思わず空を見上げると。




 桜色を纏った何かが、すごい勢いで落ちてきた。

 風になびく、夜のような黒髪。


 それは、小柄な少女だった。



「伏せて」



 言われ、慌てて身を屈める。

 その俺の頭の上を、その少女は冗談みたいな速さで通り過ぎて行った。


 雪狼を打ち、蹴り飛ばし、薄紅の魔力弾で次々と倒していく。

 跳び、回り、黒髪を舞わせる


 狼たちの攻撃はかすりもしない。

 飛びかかって行った奴らは、不規則な動きで避けられ、殴り飛ばされていた。



「逆側は頼んだ!! 足止めして!!」



 まるで竜巻の様に暴れ回る少女の叫びに我を取り戻す。

 言われるがままに反対方向の雪狼を牽制し、仲間と力を合わせて馬車から遠ざけた。

 弓や魔法で攻撃してもらい、飛びかかってくる奴は盾や武器で攻撃して必死に時間を稼ぐ。



 その俺たちの上を、少女は逆さまになって飛びながら追い越して行った。

 こんな状況で、笑っている。



「ありがと」



 桜色が舞う。黒髪が踊る。




 まるで最初から決められていたように、避け、躱し、そして撃ち抜いていく。

 チラリと後ろを見ると、十匹近く居た雪狼は全て倒された後だった。


 あの数を、たった一人で? そんな馬鹿な!?



 驚きながら前に視線を戻すと、ちょうど最後の一匹が撃ち抜かれるところだった。


 すげぇ……なんだ、これ。

 


 

「残敵無し、状況終了……大丈夫?」



 武器を背中のホルダーに戻し、桜色の魔力光を散らしながら。

 その少女は俺たちに朗らかに笑いかけてきた。


 幼いながらに愛らしい顔立ち。

 長い黒髪に、こちらを見つめる黒い瞳。

 まさか。噂で聞いたことがあるが……



「あ、ああ。大丈夫だ。怪我をした奴もいない。

 それよりアンタ……もしかして『夜桜幻想トリガーハッピー』か!?」

「……いんや、通りすがりの町娘です。ではでは」



 悪戯に笑い、やってきた時と同じように、すごい速さで空を飛んで行った。

 あれが……十一番目の英雄か。



 俺たちはしばらくの間、彼女が飛んで行った方向を馬鹿みたいに眺めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る