第152話


 ギルドでお茶とお菓子を堪能した後。 

 せっかくおすすめして頂いたので、観光地に行ってみることにした。

 お日様がポカポカ暖かいので、のんびり散歩気分で歩いて行く。

 道端を見ていると、知らない草花があって少し楽しい。

 あれ、食べられるんだろうか。

 宿屋のおばちゃんに聞いてみるのもありかかもしんない。


 二十分ほどぷらぷら歩いて行くと、目的地らしき場所に辿り着いた。



 ふわっとした雪のような花。

 氷の結晶のような青い花。

 淡い氷柱のような花。


 それらが草原中に咲き乱れていた。


 少し離れた所を見ると、白い桜のような花が咲いている。

 はらりはらりと舞い散って、下の花と合わせて雪景色のようだ。

 


 ふおぉ……すっご。

 めっちゃ綺麗だ。太陽の光を反射してきらきらしている。

 確かに一見の価値があるわ。



 ついつい、ぼんやりと、眺めていた。

 お昼はここで食べてしまおうかな。

 綺麗だし、暖かいし。

 ピクニックみたいで、なんか楽しい。


 そんな、夢のような景色の中に。




「御機嫌よう、お姉様」




 なんの前触れもなく、白い少女が現れた。



「ここは美しい場所ですね。とても素敵です」



 花を愛で、優しく微笑む。

 その姿に、少し見とれてしまった。


 セッカ。

 私の同型機。

 私を襲ってきた、敵。

 

 敵のはず、なのに。

 やっぱり警戒できない。

 なんなんだ、コイツ。



「……何か用?」

「お姉様の魔力反応があったので、少しお話しでもと思いまして」

「アンタと話す事なんて、何も無いけど」

「そう邪険にしないでほしいです。私たちは姉妹なのですから」

「違う。私の家族は、別にいるんだ。アンタじゃない」

「連れないお言葉です。こんなにも愛しているのに」


 これだ。この調子が私をおかしくする。

 まるで身内に接するような距離感。

 やめろ。お前は私の家族じゃない。

 受け入れるな、私。


「……つーかアンタ、何者なのよ。私の同型機って言ってたけど……

 なんで黒いのと一緒に居たの?」

「あら、お話ししてくれるのですか? お姉様は優しいですね」


 クスクスと小さな子どものように笑う。

 その姿は微笑ましくて、つい笑みが浮かびそうになる。

 やっぱり、かなりやりずらい。

 気をつけろ。あれは、敵だ。


「あの子たちは私と同じスクラップドールズ。一緒に居るのは当然ですわ」

「それこないだも言ってたわね。スクラップドールズって何なの?」

「人に造られし英雄。廃棄されたプロトタイプ。その、名残です」

「……人造英雄? あれが?」

「その残骸に魔力を注いで作った、模倣品です」


 なるほど。だから本物より弱かったのか。

 でも、今の言い方だと。


「つまりあれは、アンタが作ったの?」

「はい。中々に可愛いでしょう?」

「……いや、そのセンスは分からんわ」

「あら残念です。お姉様も気に入ってくれると思ったのですが」


 無邪気に笑う、白い少女。


「てか私、アレに襲われたんだけど」

「それは誤解です。あの子たちはただ、お姉様と遊んでいただけなのです」

「……遊び? あれが?」

「戦いとはコミュニケーションですからね。それにあの子たちはお喋り出来ないので」

「なんつー迷惑な……」


 遊び。コミュニケーション。

 それに関しては分からないでもない。

 私もチビたちと訓練してる時は楽しかったし。

 でも。


「何度も殺されかけたんだけど、あれが遊びなの?」

「あら。真剣な方が面白いですのよ?」


 クスクスと、笑う。

 笑いながら、両手を広げてクルクルと回る。


「ねえお姉様。私もお姉様と遊びたいです。

 私と、命のやり取りを致しましょう?」

「そんな物騒なコミュニケーションはお断りだわ」

「まあまあ、そう言わずに……」


 ぴたり。動きを止め、ゆっくりとお辞儀。

 そしていつの間にか。その両手には黒い拳銃が握られていた。

 私の物と色違いなだけで、形は全く同じもの。

 色も、彼女に対比するように見えて、何処か可愛らしい。




 違う。そうじゃない。

 敵が武装した。こちらも対応しろ。




 慌てて拳銃を抜き放つ。

 やっぱり、コイツ怖い。

 気を引き締めないとペースに呑まれる。


「リング!!」

「――Sakura-Drive Ready.」


「Ignition!!」



 立ち上る薄紅色。見慣れた光景。戦いの準備。


 警戒しろ。警戒しろ。警戒しろ!!

 アレは、敵だ!!



「ああ、やっぱりその色はお姉様に似合っています。

 では次は、私をご覧ください」



 拳銃を横に突き出し、微笑む。




「――Fenrirフェンリル-Driveドライブ Ready.」




 リングと同じ声。

 しかし、温度を感じない、冷たい声。

 無機質なひびきに続く、小さな呟き。




whiteoutホワイトアウト




 純白の魔力光が吹雪のように舞う。



 はかなげで、ガラス細工のように輝いている。



 真っ白なセッカに良く似合う、穢れの無い色。






「さあ。遊びましょう、愛しのお姉様。

 殺したり、殺されたりしましょう?」



 駆けてくる、雪のような純白。

 地を舐める程低く、速い。

 振り上げられた黒い銃底を、赤い銃底で受け止める。

 連撃の蹴り上げ。

 仰け反って回避、そのまま後ろに下がる。


 コイツ、戦い方が私に似ている。

 さっきの言葉もサクラドライブ発動時にそっくりだ。

 それに、速い。気を抜いたらやられる。

 ……でも。


「……リング。非殺傷弾」

「――装填完了」

「あら? 実弾は使わないのですか?」

「殺したり殺されたり、したくないからね。ぶちのめした後で話を聞いてやるわ」

「それも一興ですわね。ではこちらも、非殺傷弾でお相手致します」


 微笑み、再度の突貫。

 動線を読み射撃、跳ねて避けられた。

 そのまま空中から発砲される。

 銃口から射線を読み、体を半身にして躱す。

 落ちてきた敵の腹を目掛けて両拳銃で射撃。

 その魔弾を、銃底で受けられた。


 近接。ゼロ距離からの射撃は腕を外に流され不発。

 その力を勢いに変えて、回転、銃底を打ち付ける。

 屈んで回避される。膝蹴りでの追撃は、踏み台にされた。


 純白が舞う。


 横から来た蹴りを屈んで回避。

 視界の端で銃口が光る。

 そのまま前転、銃撃を避け、両手で地面を押して蹴り上げ。

 受け流されて再び距離が離れる。



「ふふ……ああ、楽しいです。なんて素敵な時間なのでしょう」



 無邪気に微笑むセッカ。

 戦力的には同等か。それなら。


「リング。アヴァロン」

「――SoulShift_Model:Avalon. Ready?」

「Trigger」


 ガチャリと、心の中で音がした。

 力が同等なら手数を増やす。

 障壁を左右に展開。跳弾で囲めば或いは。




 しかし。




「あら、ソウルシフトですか。では、私も」

「――SoulShift_Model:Type-7. Ready?」

「Trigger」



 セッカの雰囲気が切り替わる。

 コイツ、ソウルシフトまで出来るのか。

 かなり厄介かもしれない。



 駆けながら障壁に発砲。時間差で近距離から射撃。


 跳弾は障壁に弾かれ、直接射撃はブースターで横に避けられた。


 敵の銃撃。銃口を逸らし、空いた胸に肘を突き込む。


 受け流された。その小さな隙に銃底を振り下ろされる。


 障壁を重ねて展開。僅かに直撃までの時間を稼ぎ、体を回転させて躱す。


 右手を振り回しての銃底は、同じく障壁によって速度を落とされ、敵の銃底とかち合った。



 均衡。力も速度も技も、全てが同じ。

 強い訳では無い。けれど、弱くもない。

 まるでいつかのように、自分自身と戦っているような感覚。



「ああ……愛しいです、お姉様。なんて愛くるしいお姿かしら」

「またそれか。意味分かんないんだけど」

「いつまでもこうしてたわむれていたいです。ああ、素敵です、お姉様。

 ……ですが、そろそろ終わりのようですね



 不意に後ろに跳ばれ、距離を離された。

 ……何だ?


 肩越しに後ろを見ると、一組の男女の姿。

 観光に来たのだろうか。タイミングが悪い。


「私たちのダンスに観客は必要ないです。今日のところはお開きですね」

「……待て。アンタは結局、何なの?」

「あら。この間お話した通りですよ」

「何で私と同じことが出来るのか聞いている」

「それは簡単なことです。私がお姉様の妹だから。姉妹が似ているのは当然でしょう?」

「……違う。アンタは、私の家族じゃない」


 そうだ。違う。

 私の家族は別にいる。

 コイツは妹では無く、敵だ。

 敵の、はずなんだ。


 だけれど。

 戦っている間。私は。

 いつも以上に楽しいと感じていた。


「今度は一緒にお茶でも飲みたいですわね。

 それではまた、お会いしましょう。愛しのお姉様」


 雪のような純白の魔力光を残し。

 セッカの姿は掻き消えた。


 ……本当に、なんなんだ、アイツ。



 拳銃をホルダーに戻す。

 身に纏った桜色が消える。その中で。

 私の心は困惑していた。

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