第75話


 芋の皮剥きは予定通り昼前に終わらせて、その後キッチンを借りてみんなのまかないを作った。

 簡単な玉子チャーハンだけど、特製オークベーコンとビストール製の香辛料をふんだんに使用した一品だ。

 中々の好評だったし、その内メニューに加わるかもしれない。


 で。そんな事をしてたらキッチン担当のフローラちゃんに、私がオウカだとバレた。

 いや、隠してた訳じゃないのよ。ちゃんと名乗ったし。

 ただ何か、お店の子と勘違いされてて、説明する隙が無かったと言うか。

 だからいい加減、頭をあげて欲しいんだけど。


「本っ当に! すみませんでした!」


 直角に頭を下げるフローラちゃんを見て、小さくため息をついた。


「いや大丈夫だから。あとミールちゃんは叱らないであげてね。この子は私の被害者だから」


 あの子、私が抱きついてて起きれなかっただから。

 ……あ、でも。


「ね。一つだけ聞いてもいい?」

「はい! なんでしょうか!?」

「私のこと、ミールちゃんの姉か何かと勘違いしたんだよね?」

「えっ……と。それ、は」


 同年代の友達ではないよね? ねえ、何で目を逸らすのかな?

 ミールちゃんとも十センチは身長差あるからね?


 おいそこの奴、何だその意外そうな顔。

 いま私のドコ見て判断したのか説明してみろ。



 お昼ご飯の片付けが終わった後。

 昨日の軍隊レギオンの件があったので一応ギルドに顔を出してみた。

 と言っても報告自体は昨日済ませてるので、特にこれといった用件はない。

 お店の方も落ち着いてきたのでちょっと立ち寄っただけとも言う。


 ……正しくは、同情の視線に負けて逃げてきたんだけど。

 いいもん。まだ成長期が来てないだけだし。



 てか何か、今日の冒険者、凄い活気があると言うか。


「おい、お前も行くんだろ!?」

「もちろんだ!」

「俺はその為に王都に来たんだ!」


 なんだろ。なんかみんな張り切ってるっぽい。集団討伐でもあんのかな。


 そんな盛り上がる冒険者達を後目に、受付のリーザさんの所に向かった。


「リーザさん、こんちは」

「あらオウカちゃん、こんにちは」


 今日も笑顔が素敵だ。男だらけの冒険者ギルドで唯一の癒しである。


「なんかみんな、やる気ですねー」

「ああ、一週間後に武術大会があるからね。

 去年から英雄の部と一般の部が別れてるから、みんな優勝を狙ってるんだと思うわ」

「ほほう。なるほど」


 そう言えば、もうそんな時期か。


 聞いたことある程度の話だけど、王都では年に一回、武術大会が開催される。

 誰でも参加できる一般の部も盛り上がるけど、一番人気なのは英雄の部らしい。


 何せ魔王を倒した救国の英雄達の戦いを直に見ることが出来るのだ。

 歌われる英雄譚は聞いたことあっても、普通は姿を見かける事なんてほとんどない。

 それなのに戦うところを見る事が出来るとなれば、国中から人が集まってきても不思議ではない話だ。


 ……普通は、だけどね。

 私的にはちょっと今更感がある話だ。

 ほぼ全員会ったことある上に、何度か戦ったことがあるしなー。

 あーでも、英雄同士の戦いは見てみたいかもしんない。

 神魔滅殺ラグナロク韋駄天セツナドライブとか。

 ……あ、いや。王都が壊滅しそうだな、それ。



「オウカちゃん、今年は優勝者に金貨十枚出るみたいだから頑張ってね」

「……へぁ?」



 うん? なにか今、不思議な事を言われた気がする。

 と言うか、めっちゃ嫌な予感しかしない。


「……あの、リーザさん? 私出るつもりないですよ?」

「あら、そうなの?」

「はい。見物客の方が楽しめそうですし、そもそも興味ないです」

「でも……出場者の一覧表にオウカちゃんの名前、あるわよ」

「はい?」


 渡された紙を見てみると、確かに出場者一覧の一番最後に私の名前が入っていた。

 ご丁寧に二つ名まで書かれている。

 ……なんだこれ。


「えーと。身に覚えないんですけど」

「んー。特別推薦枠って書かれてるわねえ」

「推薦って、誰のです?」

「……勇者と騎士団長の連名になってるわね、これ」


 ほほう。ツカサさんとレンジュさんですか。どちらも一度戦ったことのある人だね。

 どういう事だ、おい。


「へー。喧嘩売られてんですかね、これ」

「うーん……勇者様は純粋な善意だと思うけど」

「あー。ですよねー」

「騎士団長は……悪ふざけかな?」

「はは。ですよねー」


 どちらにしてもタチが悪い。

 推薦しといて本人に知らせないって何だよ。

 もうトーナメント表作られてるし……さすがに今から取り消しは出来ないよね、これ。

 カノンさんが止めなかったってことは、なんか意味があるんだろうし。


「……しゃーない、一応話だけ聞いてきます。

 まー別に負けても問題ない訳だし、最悪危険します」

「そう。オウカちゃんが出るとしたら一般の部ね。観客席から応援してるわ」

「いや、だから戦いませんって……ん? てかこれ、武器とか持ち込み出来るんですか?」

「出来ないわねえ」


 ……いやいや。詰んでるじゃんそれ。

 この子達二丁拳銃無いと本気でただの町娘だからね、私。

 レンジュさん達、マジでなに考えてんだろうか。

 案外何も考えてない気もするのが怖いけど。


「うーん。マジで応援する暇無いかもしれません」

「あ、でも本戦は持ち込み有りみたいだし。予選を何とかできれば大丈夫じゃないかしら」

「いや、予選でまず負けますって」

「そこはほら、気合いで。頑張ってね」

「えぇ……まさかの根性論ですか」


 んー。まーいいや。話聞いて、辞退出来そうなら辞退しよ。

 無理でも試合棄権したらいいし。

 それに、何かあっても王都なら治療院もあるから大丈夫でしょ、うん。


 とにかく、出来るだけ怪我しないように負けよう。



◆視点変更:冒険者サイド◆



「……おい、今の話聞いたか。オウカちゃんが推薦枠で出るらしいぞ」


 オウカちゃんとリーザさんの話が聞こえてきて、全員揃って顔から血の気が引いた。


「まじかよ……俺、今年は本戦目指してたんだけど」

「俺もだ。予選で当たらない事を祈るしかないな」


 マジで勘弁してくれよ……なんで今年に限って。

 いや、まてよ?


「なあ、予選は武器の持ち込みは禁止だから、或いは……」

「無理だろ。オーガキラーだぞ」

「……無理だな。オーガキラーだし」


 その程度でどうにかできる相手じゃないよな、やっぱ。


「まあ、せいぜい大怪我しないように頑張るか」

「そうだな。予選に出ただけでもはくがつくからな」


 武術大会に参加したってだけでも、それ自体が一種のステータスになる。

 大会に出場出来るのは、ある程度の戦力があり、犯罪歴がない奴だけだからな。

 それだけで護衛依頼なんかを受けやすくなる。

 

「まあ、無理はしないさ。この大会が終わったら俺、結婚するんだ」

「予選では俺が敵を引き付けてやるから、お前は先に行け」

「俺は大会の一週間後に子どもが生まれるんだ。早く見たくてなあ」

「俺のお守りを貸してやるよ。こいつのおかげで何度も助かったんだ」


 みんなそれぞれ、思いの丈を口にする。

 やる気だけは十分なようだ。俺も負けていられないな。


「みんな、無事に帰ろうな」

「ああ、全員でな」


 そう言って、肩を組んで笑いあった。





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