第32話


 早朝、太陽が昇りきっていない時間。

 騒がしさで目を覚ました。



 身支度を済ませて外に出ると、こんな時間なのに街は活気にあふれていた。

 既に露店が出ていて、みんな忙しそうに、でもどこか楽しげに動き回っている。

 途中の屋台で朝御飯のパンを買い、かぶり付きながら歩いていると、ちょうど日の出と共に港についた。



 広い海の水平線からお日様が昇ってくる。

 波が朝日を反射して、キラキラ輝いてて綺麗だ。

 船にはたくさんの水夫さん達が出入りしていて、降ろされた荷物は市場の方に運ばれていく。


 大きな岩に腰掛け、パンを食べながらぼんやり眺める。

 遠くの方で大きな水飛沫みずしぶきが上がる。

 水棲の魔物だろうか。おっきいなー。


 ……食べ応えがありそうだと思ってしまうあたり、ちょっとヤバいかもしれない。




 ふと。視界の端に黒髪が映った。

 目を向けると、短めに切り揃えられた黒髪と、優しげな黒眼。

 あれ。英雄、だよね?


 何だろう。他の英雄とは違って、静かな雰囲気っていうか。

 どことなく、穏やかな印象を受ける

 あ、目があった。こっちに来るっぼい。



「貴女、もしかしてアレイ君の関係者かしら?」


 潮風に揺れる髪を後ろに流しながら微笑む女性。

 光り輝く海を背景にしていて、まるで絵画のように綺麗だ。


 あと。お胸が大きい。



「ええと、アレイさんとは知り合いで、オウカっていいます。貴女は、英雄ですか?」

「あら、ごめんなさい。ヒムカイハルカです。元英雄で……今は墓守りかな」


 そう言って、ハルカさんは寂しそうに微笑んだ。


「墓守り、ですか?」

「そう、墓守り。ね、よかったら、家に来ない?」

「えっと。じゃあ、お邪魔します」


 勧められるままにお家にお邪魔することになった。



 小さな小屋の中で、焼いてあったクッキーと手製のハーブティーでおもてなしされている。

 うーん。なんだろうなー。英雄っぽくないと言うか。

 リーザさんやシスター・ナリアに近いものを感じる。

 ……あ、クッキーおいしい。


「それ、仲間のみんなにも好評なのよ。故郷の味に似てるからって」

「故郷……元の世界、ですか」

「ええ。ニホンという国です。豊かで、戦争もない、平和な国だったわ」


 過去の世界を振替ってるんだろうか。また、少し寂しげに、そう語る。


「そうなんですか」

「だから戦いは苦手で……魔王討伐後はここで戦死者の弔いをしています」



 墓守りってそういう事か。

 窓から見える庭にある、小さな墓石。

 たくさんの人のお墓なのだろう。


「ずっと一人で、お墓を?」

「はい。私一人で、恐らくは死ぬまでずっと」

「それは……凄いですね」

「凄いのは、戦い続けている人たち。私はもう停まってしまったから。だから墓守りをしているの」


 ……ああ、分かった。

 この人は、この場所を動かないと決めてるんだ。

 先に進もうとする他の英雄とは、在り方が違うのか。


「あの、ハルカさん。オーエンさんを知ってますか?」

「……ええ。前騎士団長で、私の尊敬する人」

「どんな人だったんですか?」

「そうね。頑固で融通が聞かなくて、とても優しい方でした。笑顔が苦手で、いつも小さな子に泣かれてたわね」

「そうなんだ……」

「あの人も、外の墓石で眠っているのよ。私を庇ってね」


 遠くを見るような、慈しむような、優しい目。

 さっきまでの寂しげな顔とは違う、複雑な表情。

 癖なのか、耳にかかった黒髪を背中の方に流す。


 ハルカさん、オーエンさんの事が好きだったのかな。


「……あの。お祈りしてってもいいですか?」

「ええ、もちろん。それ食べ終わったらね」



 庭に出ると、墓石の側に花が植えられているのが分かった。

 すごい。一面が花畑だ。墓石もよく手入れされている。

 これを毎日やってるのか。大変そうだな。


 墓石の前で両手を組む。


 オーエンさん。覚えていないけれど、私を見つけてくれた人。

 ありがとうございました。お陰で私は、今を生きています。

 それから、貴方と出会った場所に行こうと思っています。

 良ければ見守ってください。


「ありがとう。みんな、喜んでると思うわ」


 そう言ったハルカさんは、とても優しい微笑みを浮かべていた。



「じゃあ私、行きますね」

「ええ、また近くに寄ったら遊びに来てね」

「はい。またいつか」


 手を小さく振って見送ってもらいながら、空へ。

 高度を上げ、ゲルニカへ向かう。



 哀しみに足を止めた優しい英雄。

 今もなお、誰かを助け続ける英雄。

 英雄にも色々あるんだな、と思う。

 まあ、そりゃそうだよね。英雄って言っても人なんだし。


 皆が皆、自分の人生を歩んでいるんだ。


 私も、自分の人生を探さなきゃいけないなー。

 何にせよ、とりあえずは始まりを知る所からだけど。

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