第15話


 エリーちゃんのお父さんのお店は大通りにあった。

 多分、リングが話していたお店だと思う。

 ふっつーに見落としてたわ。


 よくよく見ると、入口上の看板に革物屋のマークが書かれている。

 老舗なのだろうか。店舗自体は相当古い。

 ドアを押して中に入ると、革とオイルの独特の香り。

 それに、頑固そうな親父さんがギロリとこちらを見た。


「お父さん、ただいま」

「おう、帰ったか……おい、だれだそいつ」


 うわお。愛想ないな。正に職人さんって感じだ。

 でも、ちょっと驚いた。

 エリーちゃんのお父さん、ドワーフだ。

 筋肉質で背が低い、少し赤みがかった茶色い肌、それに立派なお髭。

 商品の手入れをしながら、こちらを睨み付けてくる。


「えと、助けてもらったの」

「ああん? お前また絡まれたんか……嬢ちゃん、すまねぇな。ありがとよ」


 すぐに相好を崩してニカッと笑いかけてきた。

 うん。やっぱり見た目怖い人はみんな優しいね。


「たまたま通りかかっただけですよー。それより、革職人だって聞いたんですけど」

「おう。ここらで革職人って言ったらワシしかおらん」

「お願いしたい物があるんです」


 腰に吊った拳銃を取る。


「これを納めるホルダーが欲しいんですが、ありますか?」

「ああ? ちょいと借りていいか?」

「どうぞ」


 受け取った拳銃を一つずつ見ていく。

 角度を変えながら眺める内に、徐々に目付きが鋭くなっていく。

 ……なんだろ。なんか不味いことでもあるんだろうか。


「……お前さん、こいつは魔道具だな?」

「はい。魔力の弾丸を撃ち出す魔道具……だと思います」

「思います?」


 ちょっと怪訝そうに睨まれた。


「これ、いきなり送られて来たんです。詳細を聞くために王都に来ました」


 親父さんは更に眉間に皺を寄せて、何だか難しい表情をしていた。


「なるほどなあ。お前さん、こいつは魔力変換器だ」

「魔力、変換?」

「おうよ。使用者の魔力を凝縮して好きな形で放出出来る。

 弾丸だけじゃねえ、剣や斧、魔力の塊としても出せる万能機だ」


 んー……どゆこと?

 魔弾を撃てるだけじゃないってこと?


「えーと。つまり?」

「何て言えばいいのか……例えばお前さん、英雄の『疾風迅雷ヴァンガード』は知ってるか?」

「まあ、絵本で読んだ程度なら」


 たしか、最弱の英雄、だったかな。

 力も魔力も加護も弱くて、でも無茶なことばかりしてた人だったような。


「そいつは魔力を背中から吐き出して空を突き進むってぇ馬鹿な事やってたらしいが、これは同じことが出来るな」

「……空を飛べるってこと?」

「まあ、使いこなせればな」


 ほほう。ちょいカッコいいかもしんない。

 て言うか超便利じゃないそれ。

 移動がとても楽になりそうだ。良いこと聞いた。


「他には何ができそう?」

「お前さんの発想次第だな。だが、コイツは起動だけでも大分魔力を食いそうだが」

「あー。どうなんですかね? 今まで困ったことないですけど」


 そういや、グラッドさんも私の魔力量が大きいかもみたいな事言ってたな。

 魔法使えないから関係ないと思ってたけど。


「そうかい……ああ、ホルダーだったか。作るのは構わんが一日かかるぞ」

「え。たった一日で出来るの?」 


 驚きだ。普通なら最低でも、一週間はかかると思ってた。


「娘の恩人だからな。最優先で片付けてやる」

「おっちゃん太っ腹だね。任せていい?」

「おう。明日のこのくらいの時間に取りに来い」 


 ぶっきらぼうに親指を立てて後ろに置いてある柱時計を指さす。


「おっけーです。それで代金は? 幾らくらいになりそう?」


 特注の革製品だし……相場は分かんないけど、そこそこお金かかりそうだな。

 今の私ならある程度大丈夫だと思うけど。


「ああ? 要らんわそんなもん。大した手間でもねぇからな」

「そういう訳にも行かないでしょ。エリーもいるんだし」

「じゃあ材料費で銀貨一枚だ。それ以上はいらん」


 うーん。ありがたい話だけど、商売する気があるんだろうか。

 でもこの人、多分言い出したら聞かないんだろうなー。


「娘の恩人からそれ以上取る気はねぇぞ」

「……じゃ、それでお願いします」

「承った。ふ……腕が鳴るわ」


 拳銃の採寸だけして、私をほっといてそのまま奥に行ってしまった。

 んー……まあ、いっか。やりたいことも出来たし。


「じゃあエリーちゃん、また明日来るね」

「はい。お父さんがごめんなさい……」

「気にしないで。いいお父さんじゃん」

「……はい!」


 花が咲くように笑う。本当にお父さん好きなんだね。

 私には父親はいないし、少し羨ましい。


「んじゃ、またね」

「はい。お気を付けて」


 頭を撫で、店を出る。その足で街門に向かった。



 周囲を見渡す。誰もいない、よね?


「リング、一応周辺の検索、誰かいる?」

「――検索中……生体反応無し」

「おっしゃ。ちょっと試してみよっか」


 体の内側で魔力を循環させる。血の巡りと一緒のリズムで、体中を魔力が流れていくのを感じる。

 前よりも魔力操作に慣れてきた気がするなー。


「リング。サクラドライブ使わなくても、魔力を撃ち出す事ってできる?」

「――肯定」


 お。拳銃を普通に使うだけならサクラドライブ無くても行けるのか。


「んじゃ、ある程度の量を一度に吹き出させるのは?」

「可能:Ready?」

「おけ。やってみて」


 銃口を下に向けてトリガー。

 噴出される魔力に撃ち出され、空に舞い上がる。


 うわわっ! 加速がやばい!

 身体中の骨が軋んでるし、息が出来ない! 

 それに何か視界が暗いんだけど!?



 うわー……絵本の英雄ってこんなことやってたのか。

 確かにこれは「馬鹿な真似」だわ。


 着地、勢いを殺しきれず、転がる。

 頭がふらふらしてすぐに立ち上がれない。

 大砲の弾の気持ちが少しだけわかった気がするわ。

 てか、こっわ。



「――オウカ。演算完了しました。制御プログラムの更新許可を」

「……久々に謎言語が出たわねー。なに、制御プログラム?」

「――魔力噴出時に適切な魔力制御、及び身体制御を行う為の制御プログラムの作成に成功。

 適用させるためには更新が必要です」

「………。よくわかんないけど、あんたが必要だって思うならやっちゃって良いわよ」

「――Verified.

 ――Sakura-Drive Control system,Update

 ――Installation Is Complete.


 ――オウカ。もう一度試してみてください」


「げ。もっかい飛べって? いいけど……」



 銃口を下に向け、一度深呼吸。

 両手のトリガーを引く。先程と同じように空に弾き出された。


 おお。今度は視界が明るい。

 再噴出、体にも痛くって、呼吸も出来る。

 視界が高い。空が近い。木々が下にある。


 おおお!? 凄い! 私いま、空飛んでる!?



「すご…あんた、何でもありね。流石だわ」

「――データ分析中。オウカの適性値が高いから出来た事です」

「……え、なに、もしかして照れてんの?」


 こいつ、照れることとかあるんだ。

 なんかどんどん人間っぽくなってる気がする。


「――回答拒否」

「にひひ。まじか。あんたも照れる事あんのね」

「――不服申請」

「ごめんごめん。さ、テスト飛行しよっか。教会まで飛ぼう!!」

「――了解。進行方向に気を付けてください」

「りょーかいっ」



 ドン、と魔力を噴出して、私は空を駆けた。

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