64、言い争い





 ニチカが住んでいるという家に行ってみたが誰もいなかった。隣に住んでいるおばあさんがニチカが働いているお店を知っていたので教えてもらい、そちらに向かうことにする。


 そういや、ニチカって幼い頃に両親を亡くして一人暮らしって設定だったっけ。


 天涯孤独のヒロインが攻略対象と出会い、王家の血を引くことが判明してすべてを手に入れるシンデレラストーリーだもんなぁ。

 その陰で、家族のいる公爵令嬢はすべてを失い転落する訳だけど。


 もちろん、私は転落する気はないけれど、ニチカにも誰か大切な人が出来るといいわよね。でも、ティアナの気持ちを知ってしまった今はアルベルトルートを応援できないな。他三名のルートで手を打ってくれないかしら?


 でも、ニチカが逆ハーを目指しているんだとしたら、アルベルトだけ諦めるなんて出来ないだろうし。私も四十六まで都道府県を集めて、あと一つは諦めてくれとか、四国は三県そろっているけど香川だけ諦めてくれって言われたら納得できないし。


 うむむ、と唸りながら教えてもらった店の前にたどり着くと、中から女の子の声が聞こえてきた。


「お願い! 返してちょうだい!」

「だから、そんなの知らないって言ってるでしょう!」


 片方はニチカの声だ。


「さっきから営業妨害よ! 出ていって!」

「そんな……ひどい」


 なにやってんの?


 店の戸を開けると、店内ではニチカと――リリーナ・オッサカーが睨み合っていた。


 なんでリリーナがこんなところに?


「大切な物なの! 返してくれれば、誰にも言わないであげるから!」


 リリーナがそう言うが、誰にももくそも、客のいる店内で叫んでいるのだから意味がない。


「だから、髪飾りなんて知らないって言ってるでしょう!」


 ニチカがキレ気味に怒鳴る。髪飾り?

 もしかして、これのこと?


 私はアンナと目を見合わせた。リリーナが言っているのは、落ちていた鼈甲の髪留めのことだろうか。


「お願い、正直に言って! ニチカは悪くないんでしょ? 誰かに脅されてこんなことしたのよね? 身分が上の方に命じられれば逆らえないわ。私でも北の公爵家の令嬢に逆らうなんて……だから、ニチカのせいじゃないわよ?」


 おいおい。なんか勝手に私がニチカに命じて髪飾りを盗ませた、みたいな話になってないか?

 どうしてそうなった?


 私を黒幕呼ばわりされてアンナが逆毛だったので、それを抑えるために私は言い争う二人に割って入った。


「ちょっとお待ちください。どういうことかわからないのですが」


 私の姿を見て、ニチカが目を丸くした。


「あっ、悪役令嬢! なんでここに!?」


 素直な反応をするニチカとは対照的に、リリーナ・オッサカーが俯いた顔をニヤリと歪ませたのを私は確かに目にしたのだった。



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