58、ヒューイ・ギフケン





「俺も拾ったんだ。さっき、窓のところで」


 ヒューイは飄々とそう言った。


「大公様へ渡そうと思ってポケットに入れておいたつもりだったんだが、落としてしまったらしい。ホーカイド公爵令嬢に迷惑をかけた。すまない」


「あっ、俺、さっきギフケン様が窓のところで何かを拾っているのを見ました!」


 声を上げたのはピーター・コーチだった。


 すると、彼に続いて他にも数名が声を上げる。


「私も見ました!」

「俺も、瓶のようなものを拾っているのをみかけました!」

「窓のところに何か落ちていると思って拾おうかと思ったんですが、その前にギフケン様が通って拾ったんです!」


 次々に上がる証言に、周りがざわざわと騒ぎ出す。


「なるほど。これだけ見た者がいるのなら、それが真実なのだろう」


 アジュマルが威厳に満ちた声で言う。


「これがどこから入り込んだかは私が責任を持って調べよう。皆の者、騒がせて済まない。気を取り直して楽しんでくれ」


 アジュマルが宣言して、集まっていた人々はざわざわしながらも遠ざかっていった。


「レイシール嬢。すまなかった」


 アジュマルは私に頭を下げて、他の公爵を集めて去っていった。


「レイシー。あっちで休もう」


 後ろからジェンスがそっと私の腕を取って、会場から連れだそうとする。


「あ」


 私はヒューイが通り過ぎようとしたのを呼び止めた。


「ありがとう……ございます」

「別に。真実を言っただけだし、落としたのは俺だからな」


 ヒューイはさっさと歩いていってしまった。

 私はジェンスにバルコニーに連れ出してもらい、ほっと息を吐いた。


「大丈夫だ、レイシー。四大公爵がちゃんと薬の出所をみつけてくれるさ」


 ジェンスが私の肩をさすって慰めてくれる。

 私はそれなりにショックを受けていた。ゲーム内で、レイシールに誰も味方がいないことをはっきり物語った「愛の妙薬」のエピソード。


 今はゲームの展開とは違う。私には私を心配してくれる家族や友人がいて、何より愛してくれる婚約者がいる。


 私が「愛の妙薬」を持っていても、私の周りの人達は私を疑うことはない。

 にも関わらず、私の元へ「愛の妙薬」がやってくる。それを、偶然とは思えない。


 誰かが私を――レイシール・ホーカイドを陥れようとしている。


 そしてそれはおそらく、ニチカ・チューオウではない。

 掲示板にはためいていたハンカチを思い浮かべて、私は口を引き結んだ。

 誰だか知らないが、私がゲームの中のように孤立無援だと思ったら大間違いだ。


「ジェンス」

「ん?」


 私が呼びかければ、いつでも愛おしそうにみつめてくれる婚約者がいる。


 だから、私は絶対に孤立したりしない。


 試される大地をなめんなよ!



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