砕けた硝子と星と陽炎

 オタクは、何よりも「お知らせ」とだけ書かれたツイートに添付された一枚の画像を恐れる。何を隠そう、僕もその一人だからだ。

 僕は今そのツイートを目の当たりにして固まっている。いや、きっと、でも。見るのが怖かった。でもまあ情報をいち早く得ようとするのもまたオタクであるので、すぐに画像を開いた。

 結論から言うと、インディーズの頃から死ぬほど推していたバンドが解散するらしいという話だった。苦節十年、艱難辛苦を共にしたGt.が脱退するらしい。後はよく覚えていない。

 僕は暫く天井を仰いでいた。信じ難すぎて、正直死ぬほど笑っていた。嘘ちょっと盛った。薄ら笑いを浮かべていた。推しは推せる時に推せ、その言葉通り推し続けてきたもんだから、却ってダメージがデカい。正直めちゃくちゃしんどい。このしんどいはアレである。オタク的なしんどいじゃなく、世間一般的な意味としてのそれ。とまあ茶化してはいるが、そうでもしていないと今日はもう何も出来ない気がする。……思い返せば、先日発表のシングルのA面、曲名は「Supernova」だったわ。



 ……暫くぼーっとしていて、けれど流石にお腹がすいてきたので昼ごはんを作って食べた。作りながら、なんであのバンドを好きになったんだっけ、なんて考えていた。

 アレは確か、十年前にたまたま見たテレビの特集だ。部活で失敗してとてつもなく凹んでいたとき、愚直すぎる歌詞に心を打たれたのだ。あのときの朝倉さん、今も思い出せるぐらいカッコよかったなぁ。立ち居振る舞い、ギターを掻き鳴らして歌っているときの表情、中坊にウケの良さそうな熱いMC。全部ひっくるめて、僕はあの瞬間彼らの虜になったのである。今思えば、彼らも初のテレビ出演で必死だったのだろう。人は何故だか、言葉の端から漏れる隠れた情熱に惚れる時がある。

 それからは何度も足を運んだ。暗がりだった学生生活の殆どを彼らに費やした。

 売れていくのを見るのが嬉しかった。一枚のシングルがスマッシュヒットしたときなんか、飛んで喜んだものである。

 僕は食器を片付けて机に座った。で、ふと思い出して押し入れのほうへ向かった。そこにはギターがある。少しばかりついた埃を払って抱え込む。阿鼻叫喚のTLは一旦閉じて、記憶を辿り音を出す。

 僕もいつか、彼らのように誰かの火になれればいいと思っていた。生憎二十六となった今年の休日も部屋に篭っている悲しい独身男性ではあるが、別にその希望を捨てたわけじゃない。


「人には人なりの輝き方があって、それが、みんなが世界を回してます。けど時にはその輝き方を忘れるかもしれない。ドツボにハマって、そのまま暗がりに取り残されるかもしんない。

 けど。そん時は俺らの音楽が道標になります。…………お前らはお前らだって、思い出せるまで何度も叫ぶ。歌う。だから負けるな。死ぬようなことなんてなんにもないから。

 辛くなったら今日のことを思い出してください、俺らと音楽はいつまでもお前らの味方です。Men in the Mirageでした」

 

 二〇一七年八月一日、Men in the Mirage one-man tour「Grab the Star」、その最終公演のアンコール前のMCの引用である。

 新曲も聴けない生で二度と見られない、そんな喪失感に今は苛まれているけど、どうせ終わらないものなんてないのだ。記憶に縋るしか出来なくても、死ぬまであの日の記憶は僕の味方なのだ。彼らが残した音楽が僕を生かすのだから、くよくよせずに彼らを送り出してやろうとそう思った。

 

 とりあえず今度のツアーのチケット争奪戦に勝てるように回線から強化するか、なんて考えている。なんせ、オタクは想像以上にしぶといのだ。

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