第8話 魔力温存計画





「わたしの国では十五歳が成人なんだ。成人の宴で、生涯の伴侶をお披露目するんだよ。」


「十五歳!早いんだね。わたしの国は十八歳だよ~。ええ!じゃあ、わたしのほうが三年遅く成人だよ~!」


「そうなんだ。もやの方がなんでも知っていて、頭も良いし。なんか不思議な気分だね」



 そう言って二人で、ふふふって笑った。その時は幼い子どものただの世間話だった。彼の住む国とわたしの国では文化も慣習も異なったから、お互いの話が新鮮だったし、驚きだった。だからその時は、なんてことのないおしゃべりの延長線上に話したものだった。全てが、二人の遊びの延長線上でしかない。最初に変身したのもそう。ふわふわといつも浮いている雲の私も楽しかったけれど、彼と一緒に飛んだり跳ねたり走ったり、いろんなことを一緒にしたい。そんな子ども心。

 だけど、彼と一緒に過ごすうちに、思いは膨らむ。彼と寄り添って歩いて行きたいと望むようになってしまった。幼いわたしは決める。宝玉の世界で、わたしはわたしの姿を留めてみようと。

 だけど、変身するにはかなりの魔力とそれを支える精神力を必要とした。それは、形が大きくなればなるほど大きな力が必要だった。

 だから、人の姿になったのは、三回だけ。


 初めは彼の十二歳の誕生日。

意を決して人の姿になった私は、彼の誕生日パーティーに潜り込んだ。わたしの人の姿はどうかな?このドレス気に入ってもらえるかしら?そもそも、この国の流行のファッションがわからない~とか、いろいろ考えていたのに、いざ、人の姿になったらそれどころじゃない。私は力がつきかけてフラフラだった。テーブルの上のおいしそうなお菓子を睨む。私は思わず手を伸ばした。

 そう、全ては私の魔力&体力を補給するため。決して食い意地が張ってるわけじゃないのよ。

なのにわたしったら、その姿を彼に見られちゃった。恥ずかしくて恥ずかしくて。

(しばらく彼に合わせる顔がないなぁ)なんて思ってたら、そもそも魔力不足でしばらく宝玉の世界へはいけなくなっちゃった。わたしのこれのどこが大魔法使いなんだろ!


 彼の十三歳の誕生日。

その直前にミミルファ国で事件があり、魔力を大量に消費した私は、彼の誕生日パーティーにとりあえず出席したもののすぐに雲のようになってしまい霧散した。魔力の貯蓄は、常日ごろからこころがけていなくちゃと猛省。日々の魔力の残りをストックできる方法はないかしらとこの頃考え始めたのよね。


 十四歳の彼の誕生日。

これが最後のリハーサルと思って、かなり気合を入れて人の姿に変身した。といっても、ミミルファ国での姿なんだけどね。この国の流行を探ることは諦めて自国のドレスで勝負よ。いつもは魔導士の服しか着ないからクローゼットの中のドレスを見てこんなに必要ないのにと溜息をついてたのだけれど、この時ばかりはとても感謝したわ。金色のドレスを纏って、参加したの。これならお揃いみたいに見えるかなって。

 なのに彼はパーティーをすぐに抜け出し、お庭の噴水を眺めていたっけ。せっかく、頑張って着飾ってみたのになぁ。でもいくら私が頑張って着飾っても、彼の足元にも及ばない。金色の長い艶やかな髪に金色の輝く瞳に合わせたであろう彼のパーティー姿は、いつにも増して気品と華やかさがあった。王子様ってきっと、彼のような人のことを言うのよね。

 私のドレス姿はというと、結局水遊びでぐちゃぐちゃの水浸し。でもまぁ、楽しかったから、いっか。この時は、やっぱり長いあいだ人の姿になっていたから、国に戻ってからしばらくの間ベッドから起き上がれなかったな。もちろん執務はこなしたわよ。ベッドの上でだけどね。


 魔力を温存するためにわたしは、彼の前で1年間変身はしないことに決めた。十五歳の彼の誕生日に人の姿で居続けたいからだ。魔力を自分の中に貯蔵する方法も微量ではあるものの出来るようになった。でもそうやっても、今からだともしかすると魔力は足りないかもしれない。だから日々の生活の中でも、極力魔力を使わないように心がけた。って、魔力を使わない魔導師ってどうなのよ?ていう自問自答はさておき、平和なミミルファ国ってありがたいよね。


 なのに、彼は私を変身させたいみたいだ。会う度に変身をおねだりされる。

でも、無理~~~!!だって私は、彼の十五歳の誕生日にパーティーに自分の姿で出席したい。伴侶に選ばれるかどうかなんてわからない。だけど、自分のやれることはやっておかないと。がんばって魔力を貯めるのよ。だから私は、兎になって彼にもふもふされたい欲求もぐっと飲み込んで、ふわふわの雲のような姿で居続けた。




 *****



 その日、わたし達は彼のお気に入りの場所に行った。私も大好きな場所。

幼い頃はお庭を走り回ったり、森の中を駆け回ったりしていた私たちだったけど、いつからか、ただ一緒にいるだけで心安らぐ存在になっていた。今日もそこで、他愛もないおしゃべりをして、のんびり過ごすのだと思っていた。なのに、会った時から、なんだかそわそわしている彼。周りの美しい景色、目に入っているかな?とっても綺麗だよ。


 彼がそわそわしているのは、わたしが初めて猫になったとき以来かも。わたしをモフモフしてたら一瞬固まって「メスの猫なんだ?」って聞くから「当たり前でしょ。わたし女の子なんだから」って答えたらびっくりしたようだった。その後、様子がなんだかおかしかったけれど、次に会った時にはいつも通りだったので、気のせいかなって思ったんだよね。


「ねえ、今日は一段と綺麗な景色だね。お花も満開だよ。あっ、見て!見て!あそこにっ」

「ねえ、もや!」

 彼がわたしの言葉を遮った。


「今日は、大切な話があるんだ」

 あまりにも真剣な眼差しに胸が、ぎゅうーーーってなる。

(大事な話って何だろ)すっごく不安な気持ちになった。


 そしたら、そしたら、そうしたらーーーーーーー!!!!!!


「……いままで、靄がわたしの心の支えだった。そして、これからもそうであって欲しいと思ってる」


 って、もう心臓バクバクだよ~

 えっ、まだ続きがあるの?

 ひえ~~~~っ



「わたしの名前は、ユーリ。本当に今さらだけど、もやの名を教えて欲しい。もやの全てが知りたい。もやの真実の姿を見たい……どうすればもやを知れるのだろうか」


 まっすぐな視線を向けられて、わたしはめちゃくちゃ動揺した。




(名前……。わたしの名前。………どうしよう。ってか、ユーリっていうんだ。知らなかったな。うふふふ。でも、わたしなんかに名前を教えちゃっても良いのかな?)


 わたしは、心を決めた。でも、それでも怖い。怖いけど、ようやく絞り出した声で、わたしは言った。


「わたしは、ミミルファ国の魔導師、ネイティア」





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