第5話 靄を探しに


 靄が見えなくなってから、三カ月が過ぎた。ひたすら疲労した体と力を回復させるためだけの三カ月。結界を維持しながらだが、なんてことはない。力は自ずと内から湧き上がってくる。命を削るような出来事が起こらなければ、器はいずれ満たされ溢れるのだ。


 あれからずっと考えている。

 もちろん靄のことを、

 そして、わたしの力を。


 三百年に一人の能力者として、わたしは生まれた。幼い頃のわたしは、全てに長けていたわけではなかったし幼い故に感情と力がぶつかり合って、周りに被害を及ぼすこともあった。なので、わたしは真っ先に結界の張り方を覚えた。教えこまれたというべきか。

 始めは自分のまわりに結界を張った。それなら被害にあうのは自分だけだったから。父上と母上は反対したが、周りへの被害を考えるとそれも仕方のないことだと表面上は理解してくれた。そして大きくなる力とともに制御の仕方も覚え、結界の範囲も己から部屋へ、部屋から居住区、居住区から塔へ、塔から城へ、城から庭、森、街、王都へと広げて行ったのだ。



 少しの感情の揺らぎがとんでもない事象を引き起こすことを身をもって、わたしは知っている。だから、常に新しい結界を張り続けていたし、結界はどんどん強固なものになっていたはずだ。それでも、時折、力を暴走させ自分自身の結界を破ってしまうことがあった。二つの結界を張っていてもわたしの力は内から止め処目もなく溢れ出てくるのだ。

力の暴走を防ぐため害意のあるものは入り込めない結界と、自分自身への結界を張る。結界はいわば、本当のわたしに触れさせてはいけない、感情へのバリアなのだ。


 そんな結界を擦り抜けて、もやはわたしの元にやってきた。いったいどうやって。





 わたしは、子どもの頃に過ごした、東の塔へとやってきた。

 力を抑制できるようになってからは、部分的な強固な結界を張ることはしなくなっていた。おかげで、幼少期に自分で張った結界の名残りを感じる事ができる。


 わたしが幼かったからだろうか?

靄よりもわたしの能力が劣るというのだろうか?靄は、侵入していたのだ。

靄と出会ったころは結界もまだ張られてはいなかった。

が、その後は? 塔の結界は、今見ても決して弱いものとは言えず、その辺の能力者程度では破れないものであった。塔の上まで登ると、さらに幼い時の自分の力を見てとれた。


「かなしい色の結界だな」


 今、街に張り巡らせている結界とは種の異なるものだ。

 靄に出会う前のわたしの姿が思い起こされる。塔でひとりぼっちで過ごす、さびしいわたし。でも周りを傷つけないようにと張った結界は、決して脆くはない。

 塔の部屋でなら、もしかして靄をみられるのではないかと思って来てみたけれど。

 もやの存在を感じ取ろうと目を瞑り神経を研ぎ澄ます。あれから、何度も試みたことだった。そのたびに存在は近くに感じられるのに姿が見えず、もどかしい。心の奥底に眠る暖かい暖炉のような温もり。時折、薪が爆ぜたような感情も湧き上がり堪えきれなくなって、ぎゅっと瞑っていた目をあけると、雨が滝のように窓を打っていた。

 靄がいないとわたしは力を抑制できなくなるのか?

それとも医師の言う通り、本当に靄がわたしの力を吸いとっていたのか?そこまで考え我に返る。稲妻が光り、雨足がさらに強まったようだ。空がわたしの悲しみを映し出したのだろうか、荒れ狂う大気は、わたしの心情そのままだった。




 *****



 全回復したわたしは、靄を捜しに行くことにした。


「父上、ミミルファという国をご存知ですか?」


「ミミルファ…。確か、ここより遥か南西の<果ての地域>にある国ではなかっただろうか。その国がどうかしたのか?」


「じつは、黙っておりましたが靄は、消える前ミミルファ国の魔導師だと言ったのです。なので、ミミルファに行ってみようと思います」


「ユーリ、そのような大事なことをなぜ言わなかった」


「わたしが伏している間に勝手に話を進められては困るからです」


「……。まあいい、過ぎたことを責めてばかりでは何もならないからな。ただ、そなたはまだ成人を迎えてはおらぬ。体もようやく回復したばかりだ。そんな遠く知らぬところになぞ…」


「では、どうしろとおっしゃるのですか!」


 ユーリは、すごい剣幕でまくし立てた。


「あの日以来、靄の姿が見えない。靄に何かあったのではないかと心配で心配でしょうがないのです!心が張り裂けそうです。一刻も早く靄を探し出し、靄を……」


「しかし、かの者は…」


「靄は敵ではありません。私が証明してみせます。この手で、靄を探し助け出してみせます」


 外の景色に目をやると、さっきまでの晴天が嘘のように空には黒い雨雲が立ち込め、空気の層が入れ替わり、風と雨とが泣き叫ぶように揺れていた。


 このままではだめだーーーー


 わたしは大きく息を吸い、ゆっくりと吐いて吐ききって、感情の高ぶりを治めた。姿は見えないけれど、もやを感じることは出来る。その気配も三カ月前に比べれば大分大きくなったように思う。


「大丈夫。私は竜王になるもの。」


 わたしは、心の波打ちを抑えると微笑みを携え自分自身に言い聞かせた。

 その瞬間、雲の隙間からひと筋の光が差す。



 ふっと微笑んで、空を仰いだ。





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