第3話 目覚めの後

 






 十日前のわたしーーー。

靄と東の庭のガゼボで話している時に意識がなくなってしまったこと。そして、今現在、靄の姿が全く見えないこと、なのに何故か靄の存在は僅かながら感じるということ。


「の、呪い……」



 一緒に話を聞いていた医師はその話を聞くやいなや震えだし、黒い霧は魔王の使いだと言い放ち倒れたのは呪いではないかとオロオロし始めた。

いや、そもそも魔王の使いってーーー。こんな世界だ、もちろん魔王はいる、魔族の棲む国が東方にありひっそりと暮らしているらしい。だけど呪いって……。

この世界で最強の種族と聞かれれば、竜族と魔族を挙げるものが多いだろう。竜族は他種族との交わりを営みとし、魔族は人の交わりの中、悪感情によって生まれた種族だ。だが……

 話を冷静に聞いていた宰相は、


「魔王の呪いは、力を奪うこともできるそうです。きっと、ちから」

「魔王の呪いなんかじゃありません!」


 宰相の言葉を遮ってわたしは、少ない力を振り絞って伝えた。


「し、しかし…」


「靄は小さい頃からわたしのそばにずっといたのです。わたしを狙っていたならこんなに成長するまで待つ必要はないでしょう。友として、時には師であった靄が魔王の呪いなんてかけるあるはずがありません。この、わたしの言うことが、信じられないのですか」


「……」


 宰相は、黙る。体は強張ったように僅かに震えている。

そんな宰相の様子を冷ややかに眺めながら、わたしは、父上と母上に視線を移す。わたしは何故だかわからないが絶対の確信があった。


「十年もそばにいたのです。もし、もやに悪意があるならわたしがわからないはずありません。もやは。もやは、そんなんじゃない!」


「殿下を手玉に取るとは…!魔王、恐るべし!」


 宰相が震えながらも力を振り絞って、まだのたまう。


「だから、靄は魔王でも悪魔でもないってば!」


 どうしたら、靄は悪者じゃないって信じてもらえるんだろう。靄のおかげで、わたしは人として自由に過ごせるようになったのに。語気を荒げると目の前で宰相と医師がさっと青褪める。それを見て、黙って話を聞いていた王が、ようやく重い口を開いた。


「まずは、無自覚であろうその威圧をやめなさい。宰相達が震えている」


 父にそう言われ、はっと宰相たちを見る。途端に宰相たちの体の緊張が解けたようで、自分の未熟さに恥じ入った。



「……今まで私達はお前の体が、力を貯めておく器が、成長して大きくなったのだと思っておった。力を抑制する術も、成長とともに身につけたのだと思うておったのだ。だがお前の話を聞く限り、その靄の存在が力をコントロールするヒントなり、術を教えたくれたように思える。

 だが……ユーリ。お前は、三百年に一人と言われる能力者だ。

その光玉の如き瞳も髪も、その証であろう。私達では、計り知れないものごとがお前にあるのはよく心得ている。だがそれは、心得ているだけで、理解し得るものではないのだ」


 父上の言葉には、深い戸惑いが感じられた。表情はいつも通り穏やかなままだったけれど。


「そなたは、力を吸い取られていたのではないだろうか?


 今一度考えてほしい。そやつに怪しい素ぶりはなかったか?お前のその苦しみも、早くなる鼓動も、全てはお前の力を吸いとっていたからではないだろうか?」


「わたしの力を吸い取る?

 そんな馬鹿な!そんなこと出来るはずがありません」


「普通なら、わたしもそう思う。だが、今までのことを考えると…。

ではなぜ、その人間の姿の靄とやらに会ったあと、お前は倒れるのだ?靄は姿を表さなくなったのだ?そもそも、この城に、どうやって潜り込んだというのだ?そのことは、ユーリ、お前もわかっているはずだろう」


「……っ。 …し、しかしですね」


「なぜならば、ここには強固な結界が張り巡らせてある。城も庭も。そして、お前が過ごしていた頃のあの塔にも、強力な結界が。

……全て、お前自身の手によってな」


「でも……。

 わたしには、わかるのです。もやは、悪くない。もやは…、彼女は、わたしの大切な人なのです」



 それだけ言うと、わたしはまた力尽きたように意識を失ってしまった。



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