第4話 動画
「えっ、これ作り物なの」
ノートパソコンの画面を凝視しながら、私は思わず一人で呟いた。
とある動画サイトに投稿されていた、所謂「心霊動画」と呼ばれる動画。
その概要欄に、「この動画はフェイクです」との注意書きが添えられていた。
「へえ~よくできてるな」
昔からこういう心霊の類いの動画や写真は大半が作り物で、本物はほんの一握りだとよく言われていたが、そういう界隈に疎かった私は実質初めて見聞きする情報なので素直に感心してしまった。
「これ自分でも作れるかな」
気が付いたら私は、適当な廃墟スポットをインターネットで探して、数年前に買ってからあまり使っていなかったデジタルカメラを引っ張り出していた。
心霊動画を作りたい―そんな好奇心が私を行動させた。
あまり趣味というものに縁がなかった私だったが、これを転機に動画クリエイターにでもなってやろう、なんてことを思っていたのかもしれない。
早速、手頃な廃墟ビルに目を付け取材へ向かった。
廃墟ビルは自宅から歩いて30分程の町外れに位置していた。
このビルは一昔前に一部のオフィスが炎上し、それ以降使われなくなったとの噂があった。
ビル周りには雑草が生い茂り、多少の劣化が進んでいたが、あまり火事があったとは思えない程には見た目は普通の空きビルだった。
一応、立ち入り禁止のテープが張られていたが、一体何年放置されていたのかテープがヨレヨレになっており、役割として機能していなかった。
私はお構いなくテープをまたぎ、廃墟ビルに侵入した。
早速、デジカメを録画モードにし、ビルの入り口からカメラを回し始める。
時刻は昼の0時。
天気も快晴で、とても心霊動画を撮るような雰囲気ではなかったものの、真夜中の足下のおぼつかない状況で徘徊するよりはマシだった。
それに、後で編集して霊を出現させれば昼でも夜でも怖いものは怖い―そう高を括っていた。
「もういいかな」
一通り撮り回った後、私は廃墟ビルを後にし30分かけて家路についた。
帰宅した私は早速デジカメをノートパソコンに繋いで、録画した映像データを確認しようと動画の再生ボタンをクリックした。
動画は特に問題なく、順調に再生されていった。
「…あれ」
しばらく動画を眺めていたが、途中からあることに気付いた。
「…録画ボタン押したっけ」
当然のことだが、デジカメでもケータイでも動画撮影の際『録画モード』にするだけでは録画は開始されない。
長年デジカメをいじっていなかったため、そのことをすっかり忘れていた。
何なら、録画停止ボタンすら押した記憶はない。
しかし今、目の前で廃墟ビルの動画は再生されている。
無意識に操作していたのだろうか。
気にせず動画に集中しなおすと、場面はそろそろ廃墟を出る辺りに差し掛かっていた。
「また始めから見返すか」
上の空で編集ポイントを見逃した私は、動画のスライダーを最初の位置に戻そうとマウスを滑らせカーソルを構えた。
「えっ」
動画にカーソルを合わせるとシークバーが表示されるのだが、その長さが後半分くらい伸びていた。
スライダーはシークバーの中心を流れている。
つまり動画はまだ録画した全体の半分しか再生されていなかった。
「やっぱり録画停止してなかったんだ」
とは言っても必要な素材は廃墟ビル内の映像だけなので、あと半分の映像は不要。
それに、おそらく帰宅中の映像だろう。
飛ばしても構わなかったが、暇だったので一応確認してみることにした。
「あー、やっぱり」
廃墟を出た後、私はデジカメをズボンのポケットに仕舞ったため、画面は真っ暗だった。
歩く振動のせいか、カチャカチャと音が鳴っているだけの真っ暗な映像。
廃墟から自宅までの距離は30分程なので、あと30分はこの映像を見続けなければならない。
「見るだけ無駄か」
そう判断し、カーソルを操作し、スライダーを滑らせ、シークバーを動画の最後辺りまで移動させた。
動画の残り時間があと数秒というところで、画面が唐突にガサゴソと動き出す。
デジカメがポケットから取り出され、私の顔が映された。
「こんなところまで…」
自分のうっかりさに呆れていると、動画が終わる残り1秒くらいのところでスライダーがその場で静止した。
うっかり停止してしまったのかと疑ったが動画内のアイコンは『再生中』を示していた。
「えっ、フリーズした?」
特にパソコンに負荷をかけたつもりはないが、こういうフリーズはたまにあるので気にはしなかった。
試しにカーソルを動かし他のファイルを開いてみるなどして動作を確認した。
どうやら、この動画だけがフリーズしているようだった。
「しょうがないな」
動画のアイコンを右クリックしコンテキストメニューを開く。
そこからこの動画の強制終了を実行しようとした。
しかし、動画を閉じようとしてもなかなか実行されない。
「勘弁してよ~」
動作が遅れているパソコンにイライラを募らせディスプレイを眺めていると、ふと動画内の自分と目が合った。
フリーズしている動画には、デジカメを取り出し、レンズを正面から覗いている自分の姿が映っていた。
画質のせいか、取材による疲労のせいか、どこかやつれているようにも見える自分の顔を見続けるのは、あまり気持ちの良いものではなかった。
「早く終わんないかな」
そう思いつつ、一息つこうと席を立とうとした。
「ん?」
ゆっくりと、フリーズ中の動画に目を向ける。
何か違和感を感じる。
動画は確かにフリーズしている。
もしかしたら、動作処理が完了したのかもしれない。
勘違いか、そうでないか、そう思考を張り巡らせながらも動画を凝視していると、自分が映っている後ろの玄関の方から“何か”が現れた。
「えっ」
何度も確認しているが、スライダーやシークバー等の動画上のコマンドも、映像も全てフリーズしている。
しかし、静止している自分の後ろから、黒い何かが確かに、ゆっくり、ゆっくりと近づいて来ている。
私は得体の知れない“それ”にただならぬ予感を感じ、動画を消そうと慌ててマウスをクリックしまくったが、相も変わらず微動だにしない。
そうモタモタとしている間にも、黒い何かはじわじわと距離を詰めてくる。
その姿はより鮮明に、近づく度に解像度をあげていく。
「どうしよう、どうしよう」
私は動画の処理を諦め、パソコンのシャットダウンを試みた。
カーソルを電源マークに合わせ『終了』をクリックする。
しかし、何故か動画と同じように反応しない。
「き、強制終了っ」
不具合など考える余地もなく、私は直ぐさま次の手段に移行していた。
ノートパソコンを起動する際に押す電源ボタンは、起動中に長押しする事で強制シャットダウンが実行される。
私は即座に電源ボタンを長押しし、再びシャットダウンを試す。
「早く終われ、早く終われ」
黒い何かが、動画内のフリーズした私のすぐ後ろまで来たところで画面がブルーに切り替わり、『シャットダウンしています』の一行が表示され、進歩インジケータがくるくると回った。
シャットダウンの合図である。
「た、助かった」
シャットダウン処理のメッセージが消え、それと共に暗転するパソコンの画面。
そこには、一連の行動でやつれた私が反射し、その後ろには全身真っ黒の女性が、私を見下ろすように睨みつけていた。
後日、動画内で私が飛ばした部分を友人と一緒に確かめてみると、暗い画面の中、ひたすら「熱い、熱い」という女性の掠れた呻き声が、ノイズのように淡々と流れ続けていた。
そして、私が怪奇現象に遭っている間にも、手元でパソコンに繋いであったデジカメは何故か尚も録画中だったらしいが、心霊動画作りを断念した私には、もう確認する必要のない記録である。
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