第185話 電話がきた。
「ええ、それではごきげんよう」
そう言葉を締めて、アンドレウ夫人は電話を切った。
ここの領主伯爵家に電話を繋いでもらって、誤射の件や昨夜の不明事件についての報告を行ってもらった。
いや、ホントはさ……最初私が電話したんだよ。だって今回の主催は私だし、連絡するって言い出したの私だから。
でもね。
ごめん、管理組合の話し合いの時みたいになっちゃった☆
勿論自分の身分を明かした上で、だったんだけど。暗に『嘘つけ侯爵夫人じゃねぇだろ』『ウチの領地の事に口出しすんな』的な事を言われたから……その、つい。
見かねたアンドレウ夫人が代わってくれたんだよ。いや、実際は受話器取り上げられたんだけどね……
アンドレウ夫人は得意の『匂わせ』で、熊討伐の為の人員を差し向ける事、管理組合へのペナルティを与えない事、与えたと知ったら『領民への扱いが酷過ぎて管理が超絶下手クッソな使えない伯爵』として噂を流すからな、という釘差しまでしてもらった。
ホント、その匂わせ具合が上手すぎて怖くなった。
これが公爵夫人の器っ……! アティ! ハードル高いよ! 私からの教育よりいっそ夫人に色々レクチャーされた方がいいんじゃないのかな!?
あぁ! でもそうなったらアティの天使な純粋無垢さが消え去っちゃう!! どうしたらいいんだ私は!?
「はぁ、私は直接こういった調整をするのは嫌いなのに。セレーネが下手過ぎて……」
アンドレウ夫人にそう苦言を
「そんなにお礼を言う必要はないわ。セレーネには他の方法でお礼してもらうから」
とか返された。
え、待って、私、何をさせられるの?
コテージへと戻って来た私たちは、まずはコテージの雨戸等を全部閉めて、万が一の時の対応を行った。
そして、男爵との確執や管理組合との話し合いについて、そして熊の事をアンドレウ夫人と情報共有してから、領主へと電話した。
アンドレウ夫人は、私やレアンドロス様からの報告を、口元を扇子で隠しながら真剣な眼差しでその話を聞いてくれたんだけど……夫人、一瞬、扇子から口元見えました。笑ってましたね? なんで笑ってたの? 怖いよ。
「で? セレーネはどうするの?」
電話の後、リビングのソファで、口直しの紅茶を飲みながらそう問いかけて来たアンドレウ夫人の目が、キラッキラしてる事に気が付いた。何を期待してるんですか……
ちなみに、子供たちはダイニングテーブルでオヤツを貪り食っている。
詳しい話が終わったら、ちゃんと事情を説明するつもり。熊の危険性とか、だから絶対に外に出ちゃダメって事を。
……エリックしんぱーい。『お(↑)れ(↓)もいく!』とか言い出しそう。縛り付けてでも止めるけどな。今回だけはな。絶対にな。恨まれても構わない。
「私はこのままコテージに残って、子供たちが外に出ないように見張ります」
夫人の反対側のソファに座りつつ、紅茶のカップから口を離してそう答えると、夫人の目から光が消えた。なんでそんなにガッカリしてんスか。すみませんね、熊討伐する! って言い出さなくって。
「俺は男爵救出隊に参加する。いくら自領地外の事とはいえ、人命がかかっていては放ってはおけないからな」
リビングの中央から少し離れた所で仁王立ちして、話を聞いていたレアンドロス様がそう言葉を付け足した。
思わず『大丈夫ですか?』と出そうになった言葉をひっこめる。
彼にその問いは
しかし何を言いかけたのか読み取られてしまったのか
「大丈夫だ。ここでは俺は陣頭指揮は取らない。バックアップに徹する。俺はこの地は専門外だからな」
そう言葉を重ねられた。ぐぅ。
「ルーカスは有志として参加すると申し出てくれたので同行させるが、他の護衛はここに残していく。万が一の為に」
レアンドロス様の言葉に、後ろで控えていたルーカスが力強く頷いた。
「ルーカス、無茶は禁物ですよ。必ず無事で帰って来てください。アティが待っています」
熊討伐の経験がなさそうなルーカスに、そう念押しした。
アティの名前が出た瞬間、一瞬口元を歪ませるルーカス。
「はい」
彼は力強くそう頷いた。
しっかしあの男爵どもめっ……レアンドロス様やルーカスの手を煩わせやがって! もし生きて帰ってこれたら、無事だった指を全部逆方向に折って、山を見る度に失禁する程ゴリゴリに詰めてやるから覚悟しとけよあの野郎どもめッ!!
レアンドロス様とルーカスが、お互いの装備を確認し、さあそろそろ行くぞ、という時だった。
電話が鳴った音がする。
ずっと部屋の片隅でこの様子を黙って見守っていたサミュエルが、電話の方へと行く。
その後
「セレーネ様」
何故か私の名前が呼ばれた。
え、なんだろう。もしかして、管理組合の人間たちが本当にツァニスに確認の連絡して、ツァニスからこっちに電話きたとか? ありそうー。
頷いてサミュエルの方へと行く。
すると、サミュエルが少し微妙に顔を歪ませて私に耳打ちしてきた。
「アレクシス様からです」
その名前を聞いた瞬間、物凄い嫌な予感が胸の中に沸き起こった。
「分かりました」
私は短くそう返事をして、電話の所へと赴く。
そして受話器を取って耳に当てた。
「セレーネです」
受話器に向かってそう声をかけると
「セリィ」
そんなくぐもった声が、受話器の向こうから聞こえてきた。
「どうしたのアレク。何かあった?」
側頭部の辺りがザワザワする。物凄く嫌な予感がしまくっている。
「理事から事情聞いたよ。身分明かしたんだってな。なんで秘密にしてたんだって詰められたわ」
そんな力ない苦笑。
「領主様への連絡もしてくれるってな。ありがとう。恩に着るよ」
凄く優し気な声だ。なんだか、変な気がする。
「それは全然構わないんだけど……どうしたの? なんか、変だよ」
おかしい。絶対おかしい。私の脳内で警鐘が鳴ってる。私は無意識に何かに気付いてる。
「俺はこれから討伐隊に参加してくる。万が一の事があるかもしれないから、お前に一声かけておきたかったんだ」
やめて。それお決まりパターンじゃないの?
少しの沈黙ののち、アレクが喋りはじめる。
「これだけは言っておきたかった。お前──」
「言わせねぇよッ?!」
私はそれを遮った。
「ふざんけんな! 電話越しで済まそうとか思ってんじゃねぇぞ!? 万が一? そんなの起こしてる場合かよ! 絶対生きて帰ってこいや!! そしたら面と向かって聞いてやらァ!!!」
受話器にそう怒鳴りつけて、そのまま受話器をサミュエルへと投げた。
死亡フラグなんか立たさねぇからなっ!!! へし折ってやるわそんなモン!!!
呆れた顔で受話器を受け取ったサミュエルは
「いいのですか?」
と、困った顔で聞いてくる。
なので、
「構いません」
そうバッサリと切り捨てた。
大きなため息を漏らしたサミュエルは、私の代わりに受話器を耳に当て
「だ、そうです。それでは事が終わった後、お待ちしております」
そう返答してガチャリと電話を切ってしまった。
振り返ると、野次馬根性丸出しの顔でこっちの様子をうかがっていたアンドレウ夫人と、レアンドロス様と目が合った。
「……本当にいいのか?」
険しい顔のレアンドロス様が私に問いかけて来たので、私はコックリと頷いた。
「ええ。『これで思い残すことはない』などと思われて、命を粗末にされては困ります。どうしても伝えたいなら、生きて戻って来て伝えてくれるでしょう」
「いや、そうは言ってもな……」
レアンドロス様がゲンナリという顔をした。
分かってる。死にたくなくても状況が許さない場合もある。本人にそのつもりがなくても。それが何かと戦うって事。
「既に、入隊を勧めて婚約を解消した時に、アレクの死は覚悟しております。
それに──」
私は、アレクが行くであろう山がある方向へと視線を向けた。
「アレクは、例え片足がなくても弱くありません。油断しなければ、必ず帰ってきます」
そう、ハッキリと告げた。
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