これでサッパリ
ハワイに行く前日に喫茶北斗星に挨拶に。あれからどうなったかも気になったし。加茂先輩はあの日の翌日には高知に帰ったそうだけど、
「でもすっごく嬉しかった」
「それで、それで」
「シゲルが来てくれて」
「それでそれで」
「何が聞きたいの!」
そんなもの決まってるでしょ。そしたらケイコ先輩は、
「言ったじゃないの。ケイコにシゲルが来てくれたって」
「それって、まさか、まさか」
「それが聞きたかったんでしょ。しっかり受け止めたよ」
どっひゃぁ。そこまでいきなり。二年も温め続けてたから、そうなるかもね。御馳走様でした。でもケイコ先輩とっても嬉しそう。夢が叶った感じだものね。
「ところでだけど、宗像が尾崎さん探し回ってるって話よ」
「あんなのに付きまとわれるのはお断りです」
そこから写真サークルの話になったんだけど。本来、どう考えても和やかなはずの写真スクールが殺気だったのは、やはり宗像が公認写真サークルに入ってから。
「今では普通に使っているけど『平公認』なんて言い出したのも宗像よ」
宗像が入るまでは公認写真サークルとの関係も和やかなもので、
「合同勉強会とか、合同撮影会とかもあったぐらい。あの頃の飯島代表もイイ人だったのよ」
ミサトも誤解していたみたいで、かつては公認写真サークルとも和気藹藹だったで良さそう。そりゃそうよね、やってるのは写真だし、それぞれに楽しみ方、打ちこみ方が違っても構わないはずだもの。
ただ公認写真サークルも降格問題があって飯島さんも苦労してたみたい。そこに現れた宗像は公認写真サークルの救世主みたいな感じになったらしい。まあ、このレベルなら宗像の技量は頭一つ抜けてるからね。
「降格問題をツバサ杯の成績にリンクさせたのも宗像だったけど・・・」
この結果として公認写真サークルは宗像の存在が地位の維持にリンクしてしまったで良さそう。もう少し言えば宗像の存在が公認写真サークルの降格を防いでいる状態。そこで謙虚にしていれば格好良いようなものだけど。
「飯島代表の追放事件があって」
ケイコ先輩が言うには美人局の罠に嵌められたとしてた。その時のビデオが隠し撮りされて、それをネタに脅迫されたぐらいかな。これはケイコ先輩が飯島さんから直接聞いた話だそうだけど、
「飲みに連れていかれて、かなり酔ったところを誘惑されたらしいのよね。飯島さんも悔しがっていたけど、ついホテルに行ったら、強面の旦那が出てくるお決まりのパターンだって」
このネタがなぜか宗像の知るところになって写真サークルから追い出されたって言うのよ。この後に宗像は公認写真サークルの強化を打ち出して、あの級位至上主義を押し付けたで良さそう。反対する上級生もいたらしいけど、
「顧問の先生と手を組んじゃったから、みんな追い出される結果になったよ。さすがに全部は知らないけど、汚い手も使ったって噂もあるわ」
宗像は未公認サークルを強力に統括する姿勢を示し、未公認サークルの格付けまで西川流の級位で付けようとしたみたい。
「シゲルもプリプリ怒ってたけど、会合に行くと、二言目には、
『平公認のさらに下の未公認』
『級位なし』
こう言って、一年生のくせに上から目線で序列を決めようってするってさ」
ホント、いけ好かない野郎だ。友だちいないんじゃないかな。でも加茂先輩が言ってたけど、それって未公認サークルを吸収合併してしまう戦略だったかもしれない。
「他の写真サークルもそう感じてたよ。だから宗像が主席になってから、距離を置くようにして、公認写真サークル抜きの連絡協議会みたいなものを作って対抗してたんだ」
ケイコ先輩があれこれ詳しいのもそれで。宗像と公認写真サークルに対抗するために、情報を集めたり、学内で味方になってくれそうな先生を探したりしてたで良さそう。ジョーカー浜口教授そうだったみたい。
それにしてもなにがしたかったのやら。まあでも今年のツバサ杯で宗像の野望も潰えただろうし。そう言えば、ツバサ杯の結果を受けての、公認写真サークルの処分は夏休みが明けてからの話になってるそうだけど、
「ああ、あれ。待ってるって噂もあるよ。公認写真サークルはあれからガタガタになってるし」
そんな話をしている時にお客さんが入って来たのだけど、
「見つけたぞ尾崎」
げっ、なんで宗像がここに、
「オレと写真で勝負しろ」
うわぁ、人相が悪くなってる。なんか追い詰められた野獣って感じにも見えない事もない。予備予選で余裕こいていた時とは別人みたい。でも今さら宗像の汚い勝負に付きあう気はないよ。
「あら、審査員の買収はお済みなの」
宗像の顔が赤くなってるよ。
「そんなことするか!」
「じゃあ、そのカメラの中にはどこかのプロが撮った写真が入ってるとか」
ありゃ宗像の顔がどす黒くなってる。怒ってる。怒ってる。
「そもそもミサトと勝負する資格はおあり。ツバサ杯の選外さん」
「許さんぞ」
「そして親っさんに泣きつきに行くんだよね。あんたがどうやって生きようがあんたの勝手だけど、こっちに絡んで来られるのは筋違いだし、迷惑だよ。トットと尻尾を巻いてお帰り。ママのオッパイが待ってるよ」
あれっ、これだけ言い放っても、ミサトは全然動揺してないよ。なるほどこれがオフィス加納で鍛え上げられた平常心か。宗像の方は怒りの余り声も出ないみたい。ついでにこの手の啖呵の切り方も教えられた気がする。こんなものが必要かと思ったけど麻吹先生は、
『この世は男女平等とされてるが、未だに女、とくに若い女を低く見る野郎は少なくない。海外に出れば人種差別も確実にある。だから喧嘩する時には徹底的にやれ。とくに大人しくしても付け上がるだけの手合いには容赦するな』
なるほど、こういう時のためか。なんか違う気もするけど。
「このすべた女め! オレが勝負してやると言ってるんだ」
「オツムも怪しそうじゃない。挑戦したのはあんただよ」
「つべこべ言うな」
しまった。ツバサ先生のアドバイスを一つ忘れてた。
『喧嘩はしても構わんが状況を整えろ。腕力勝負になると男に痛い目に遭わされるからな』
てな事を考えていたけど、状況は宗像がミサトに襲いかかられて後ろから首を絞められてる。まだまだ平常心の修業が足りないかもね。あかん、あかん、このままじゃ、苦しい。宗像を怒らせ過ぎた。どうしよう。と思った瞬間に、
「イテテテ、何をする。放せ」
あれ、ケイコ先輩が宗像の腕を捩じ上げてるじゃない。
「そう簡単に放してやらないよ。イイこと教えてあげよう。あんたにあのカメラが見えるかな」
「なに、イテテテ」
「こんなチンケな店でも防犯カメラぐらいはあるってこと。あんたが尾崎さんに襲いかかった一部始終はバッチリ録れてるよ」
振り返ると宗像の顔が真っ青。
「記録を渡せ」
「あんたも進歩が無いね。エラそうに話したら、誰でもいう事を聞くと思ってるの」
「どうするつもりだ、イテテテ」
「もちろん一一〇番」
宗像がヘタヘタと崩れ落ちちゃった。
「卑怯だぞ」
「あんたから卑怯と言われる筋合いはないよ。あんたが飯島さんに行った隠し撮りに較べればね」
ガックリと言う感じの宗像にケイコ先輩は、
「わたしは優し過ぎるのが欠点でね。あんたが二度と写真サークルに関わらないと約束してくれたら一一〇番は考え直してあげてもイイよ」
ケイコ先輩はこれまでの悪行をゲロさせた上で、これを書面に書かせ、さらに念書を取って拇印まで押させた上で宗像を追っ払ちゃった。それとケイコ先輩は子どもの時から、中学、高校と少林寺拳法やってたんだって。だからあれだけ強かったんだ。
「ああ、サッパリした。この念書があれば宗像も大人しくするしかないよ」
「防犯カメラの記録もありますしね」
「ああ、あれ。だいぶ前から故障してる」
ようやるわ。
「でもあの噂は本当だったみたいね」
宗像と親っさんは、あれから必死になって大学と交渉してたそうなんだ。予備予選の審査員買収だけでも下手すりゃ退学ものだし。それで、どこがどうなったかは知らないけど、
『ツバサ杯獲得者の尾崎美里に写真勝負で勝てば考慮する』
ところがミサトはオフィス加納に缶詰め状態。やっと見つけ出したのが今日かな。
「いくら寄付を約束したか怖いぐらいって話もあるよ」
「でもその条件って、『あきらめろ』の意味じゃないですか」
「トチ狂うとそう読めないみたいだね」
ま、これで摩耶学園時代からの因縁もこれでジ・エンド。ミサトもサッパリした。
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