サキ先生
十一日目からはアシスタントから解放になって、ちょっとノンビリした気分。だって昨日までは、とにかく夜が明ける前から日が沈みきってしまうまでアシスタントやらされて、ビルから出るのはロケに出る時と、夕食に出る時だけ。仕事が済んだらメシ食って寝る以外に出来なかったもの。
せっかく写真の聖地オフィス加納にいるのにもったいないと思って、とりあえずサキ先生のところに遊びに行ったんだ。オフォス加納は写真スタジオだけど、動画でも有名でサキ先生の作品も評価は高い。話してみるとサッパリした気性の素敵な女性。
「尾崎さん、凄いねぇ。スタッフもみんなビックリしてる。ここのアシスタントをたったの十日間でクリアするなんて人間業じゃないよ。とにかく最初からマドカの全開ペースについて行かされたなんて・・・よく死ななかったね」
半分以上は死んでた。
「でも良い経験になったでしょ。あんな経験は他では絶対に出来ないからね」
させるところがあるとも思えない。ミサトは弟子でなく体験生だぞ。
「あははは、それがツバサ先生だよ。いつだって、どんな時でも真剣勝負。弟子の育成もまったく同じ。ここでプロになれなかった弟子たちも、自分の能力の限界まで引き出されてるよ」
ミサトも限界だ。
「そう思っちゃうだろうけど、人って修羅場を潜れば潜るほど強くなるものよ」
「どうしても潜れなかったら?」
「そこで死んだ時が限界かな。生きてれば潜れるだろうし」
あのぉって言いたいけど、オフィス加納の常識ってその辺にあるのは無理やりわからされた感じ。サキ先生もオフィスの写真の弟子から始めた人だし。そこから麻吹先生に与えられた光の写真の課題の話をしたんだけど、話は思わぬ方向に、
「ツバサ先生は課題と仰られたの」
「ええ、課題を与えると言ってましたけど」
サキ先輩の顔色が少し変わった気がする。しばらく黙り込んでから、
「オフィスで課題の意味は他とは少し違うのよ。それも麻吹先生が自らそう仰られたのなら、そう取るしかないけど・・・」
これはミサトも野川部長から聞いたことがあるけど、オフィスの弟子の修業段階は、
アシスタント
課題克服
個展
この三段階だそう。
「尾崎さん、動物は撮った?」
「ええ、馬を撮りました。もっとも高校時代ですけど」
「それを麻吹先生は認めてるのよね」
サキ先輩の話によるとオフィスの弟子の修業段階に動く物の撮る過程があり、そこのクリアの仕方が弟子の将来を大きく左右するとしてた。
「サキもクリアはしたけど、たとえばアカネやマドカとは乗り越え方が全然違ったのよ。だから静止画では芽が出なかった」
「でもミサトは弟子じゃなくて体験生ですよ」
「そんなものはツバサ先生には関係ない。このオフィスで指導する限りはプロにするしか考えておられない」
そこからミサトの写真を見せて欲しいと言われて、
「なるほど! ツバサ先生がこれだけ買うわけね。尾崎さん、あなたの写真は輝いている。かつてのアカネの写真を彷彿とさせるわ」
それほどじゃ、
「尾崎さん、ここは写真を目指す者の聖地よ。他の事ならともかく、写真の評価だけはおべんちゃらは言わない。写真はウソを吐かない」
サキ先生は感極まったように、
「尾崎さん。あなたは本物よ。自信を持ちなさい。ツバサ先生もマドカも本気であなたをプロに育て上げようとしてる。オフィス六人目のプロにね。だから光の写真は必ずものに出来るわ」
言い過ぎだとしか思わなかったけど、とにかく光の写真に没頭した。あの十日間で集中力は鍛え上げられていたから、ひたすら没頭した。ご飯食べている時も、トイレ行ってる時も、お風呂入っている時も、寝ている時でさえ光の写真を追いまくった感じ。
でもさすがに手強い。だってどこから光が現れるかのヒントもないんだもの。転換点は十二日目の夜だった。かすかだけどミサトに見えたんだ。そこからは徹夜だった。その光は追おうとすると逃げちゃうんだよね。十三日目は逃げる光を必死になって追いまくっていた。夕方に麻吹先生が現れ、
「尾崎、追うんじゃない、呼び込むのだ」
その時に加納アングルと光の写真が裏表の関係であるのがやっとわかった気がする。ミサトの感覚なら呼び込むというより、導く感じかな。十三日目の夜も徹夜。朝になり導いた光にそっとシャッターを押した。
「尾崎、よく頑張った。来週はハワイだ。パスポートを取るのを忘れるな」
この二週間でミサトの写真は成長した。そしてオフィス加納が写真を目指す者の聖地であるのもよくわかった。ここはただ写真のためだけにすべての魂を燃え上がらせるところ。
「そうだ。ただ殆どの者はそこまで燃え上がらせることは出来ない。また燃え上がらせてもまだ届かない者が大部分だ。尾崎は誰にも負けないぐらい燃えてたよ。今日はゆっくり眠れ」
ハワイが楽しみになってきた。ミサトにも麻吹先生の楽しいの意味が今ならわかる。う~ん緊張が緩むと睡魔が襲ってくる。
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