審査発表
「麻吹先生、ご苦労様です。審査室はこちらになります」
「うむ、ありがとう」
ツバサ杯のスケジュールは、午前中から昼食を挟んで十五時までに審査を終わらせる事になっている。要は十六時から表彰式ということだ。その後に会場を移して入賞者や関係者の懇親会が行われる。
ツバサ杯と呼ばれているようだが、正式には麻吹つばさ記念杯だ。わたしの名前が冠してあるが、審査に来るのは三年ぶりになる。さすがに集まっているな。とくに宣伝はしていないはずだが、海外からもあるじゃないか。
これだけあるなら、マドカにも手伝わせれば良かったかもな。まあ、イイか、一人でも出来るが。どれどれ、この辺は話にならんな。応募作品が増えた分だけゴミも増えるな。それも計算のうちだがな。
学生と言ってもレベルの高い者も少なくない。写真学科系の学生もそうだし、中にはプロの看板を上げているのもいるぐらいだ。写真のプロには資格試験はないからな。学生時代からプロと名乗って商売をする者に否定的な意見を持つ者もいるが、わたしは肯定的だ。
プロとは単に技量の上下だけではないからだ。それは必要条件ではあるが、それだけでは食えないのだ。顧客の要望をどれぐらい満足させるかが十分条件として良い。それは単に写真の質だけでは出来ない。それを覚えるのに一番相応しい現場が実戦だ。
顧客には様々な要望がある。どんな写真が欲しいのか、払える料金がどれほどなのか、納期はどうなのか・・・これらの要求をいかに満たすかもプロとして求められる。しくじれば悪評も立つし、仕事が来なければおマンマの食い上げだ。アマチュアでコンクールの入賞を狙うのとは厳しさがまったく異なるとして良い。
写真で食う道も様々にある。だがどの道を目指そうともプロとして求められる写真は一つだ、それは、
『上手な写真ではなく売れる写真』
これを覚えるには実戦しかないと考えている。まあ、売れる写真がイコールでコンクールで勝てる写真とも言い切れないのがプロの世界の厳しさとも言える。それはともかく、西宮学院のメディア創造学科の学生は苦戦してるな。
こいつらにグランプリは無理だが、今年取れなかったことを発奮材料にしてもらおう。大学内で無双しても価値はこれぐらいと勉強したと思えば十分に意味がある。さてグランプリだが・・・
なんと言う事だ。あの尾崎が入学しているではないか。あれから二年だが無駄に過ごしていないな。尾崎の撮った写真甲子園決勝のセカンド・ステージの写真は素晴らしかったが、あの頃よりさらに成長しているとして良いだろう。
たった二年前だが懐かしいな。あいつら本当によくやったと思う。口では基礎技術と言っていたが、加納アングルの呼吸まで覚えてしまったからな。マドカは無理ではないかとしていたが、真剣に尾崎に覚えさせようと頑張ってくれたし、ついに覚えさせたからたいしたものだ。
そうなると準グランプリが難しくなるな。尾崎に較べて差があり過ぎる。というか、尾崎が抜けすぎてるとして良い。わたしが見ていたときは、よほど化けないとオフィス加納は無理と考えていたが、ここまで化けているとは驚いた。ここまでのクラスになると学生にはいないとして良い。いや、プロだって尾崎には勝てる奴はそうはいないはずだ。
ついでだが宗像の写真は話にならん。尾崎と逆だ。目を覆うほど劣化している。入賞など到底無理だ。素人相手なら上手いぐらいは言ってもらえるかもしれんが、よほどレベルの低いコンクールでないと入賞も無理だろう。
宗像の高一の時の写真を知っているが、今よりよほどマシだった。いや、高校生にしたらかなりの腕前だったとして良い。あのまま伸びていれば、相当なレベルに達したはずだが、あの環境では伸びんだろうな。完全に天狗になっていたし、天狗になるように親っさんが口出ししまくっていたし。
これも私の持論だが、人には天分があり、天分が無いものはいくら努力しても限界がある。オフォスの弟子たちがそうだ。しかし天分があっても環境が悪ければ伸びない。真の才能が存分に花開くためには、天分を成長させる環境が必要だ。宗像の不運はそれに恵まれなかったことに尽きるだろう。逆はアカネかな。
「麻吹先生、そろそろお時間になりますが」
「わかった。もう審査は終った」
ミサトがこのホールに入るのは二度目。ちなみに前回は入学式。とにかく立派なホールで二千五百人収容って言ってたっけ。ステージは可動式で、オーケストラの演奏も余裕らしい。年末には第九とかメサイアやることもあるって聞いてる。
ステージには麻吹先生がいる。二年ぶりだけど、ちっとも変っていないのよね。麻吹先生とは写真甲子園から伊丹に戻った時が最後だったけど、次の年も顧問にいて欲しかったな。麻吹先生がいれば連覇も余裕だったはずだもの。
主催のメディア創造学科の青田教授や協賛のロッコール、及川電機の代表の挨拶が終わって、いよいよ審査発表。審査委員長の麻吹先生が出て来られて。
「審査委員長の麻吹つばさだ」
そう言った時に天井の照明が少し揺れた気がした。麻吹先生はキッと感じで睨んだらそれも止まり、
「今回からオープン化させてもらったが・・・」
また言葉が止まったかと思うと正面を睨みつけた。どこかで、
『カラン』
なにか物が落ちた音がしたけど、麻吹先生の迫力に観衆は声も出ない感じになってたよ。そしたらどこかで、
『うっ』
こんな声が聞こえたけど。
「失礼した。佳作から発表する」
佳作、入選、特選と順に発表され、それぞれが台上に呼ばれて麻吹先生から表彰状をもらってた。
「次は準グランプリだが、今年は無しだ。誤解されないように言っておくが、去年より今年の方が格段にレベルは上がっている。しかしグランプリ作品との差が大きすぎてバランスが取れなかったと了解してもらいたい」
ここまでミサトの名前が無かったのよね。もちろん宗像も。最低でも入賞ぐらい出来ると思ってたのにレベルがそんなに高いのならしょうがないか。加茂先輩に合せる顔がないなぁ。
「グランプリは尾崎美里だ」
えっ、えっ、えっ、ステージに呼ばれてツバサ杯と表彰状をもらい。
「感心したぞ。あれからここまで伸びたのを褒めておく。それとステージを降りろ」
どういうこと。
「みなさんもステージから下りて下さい。座席の前三分の一の人も後ろに下がってください。慌てずで構いません」
誰もが怪訝そうな顔したけど、また麻吹先生の顔に迫力が増してきたから、なにかアトラクションでもあるかと思って従ったのだけど、
「これぐらいでだいじょうぶだろう」
麻吹先生がそう言った途端に、
『ガッシャーン』
ミサトは腰が抜けそうになったけど、天井から照明が落ちて来たのよね。
「後始末は頼む。尾崎、懇親会で会おう」
そう言って麻吹先生は行っちゃったけど、騒ぎはそれだけで終わらなかったのよ。観客が出て行った後に意識を失っていた人が見つかって、救急車まで来てたもの。なにがあったんだろう。表彰式の後に、
「さすが尾崎さんだ」
「グランプリだよ、グランプリ」
「聞いた瞬間に飛び上がっちゃったよ」
「オレなんか涙が出るのが止まらなかったよ」
北斗星のメンバーだけでなく、他の写真サークルの人も来て喜んでくれてたよ。一方でお通夜状態だったのが公認写真サークル。宗像の茫然とした顔が印象的だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます