遭遇

 森に入って数分、いつも通り皆は真剣に周囲の索敵を行い、二重三重と張り巡らされる索敵の網は羽虫一匹見逃すことすらありえないものと化している。

 例えるならば周囲100mはスパイ映画とかで見かける感知トラップで埋め尽くされている。どこぞの大泥棒三世もさすがに諦めるレベルでだ。


 仮に魔物が入り込んだなら?

 

 バシュンッ


 こうなる。


 空気をオレンジに焦がす光線が飛び、何かが左前方で弾けた。地面には何かの焦げ跡が残るだけ。もうお分かりだろう、跡形もなくさせられるのだ。


 俺の感知網に引っかかった感覚だとゴブリンか。

 やったのはカノン。俺たち一行の中で遠距離攻撃担当で、武器は今出した通りの〈熱線〉である。

 種族名、グランカノン・センチピード。カノンcanonでは無くカノンcannonである。文字通り、遠距離攻撃、砲撃を主体とする魔物であり、現状俺の召喚獣の中では最大の全長を誇る。それが彼女、カノンだ。


「クネイ、獣形態を。何か来ます」


「えー、カノンだってその〈熱線〉あるんだから手伝ってよー」


「私の獣形態はこの森の中では扱いにくいのは知っているでしょう。代わりに……アビー、クネイを手伝ってあげてください」


「はーい」


「むぅー……わかった」


 渋々と言った感じでクネイは足元に魔法陣を展開する。

 初めは薄らとしていたが回転しながら光り出すと共に彼女の身体は吸い込まれていき、ほんの数秒で姿を消す。そしてその輝きのまま逆向きに魔法陣が回転しだすと今度はクネイに比べ明らかに大きな影がせり出てきた。


 出てきたのは蜘蛛。黒曜のように硬質で、烏の濡羽のように艶やかで。全長は6mに届き、高さは3m弱と俺も見上げるほど。

 楕円形の頭胸部からはタランチュラのように太く、表面が鎧のような甲殻に加え、外側に向けては装甲板を彷彿とさせる堅牢な甲殻を有している脚が。見かけに反して可動域は高く、複数枚に分かれた甲殻が重なることでそれを可能にしている。

 頭胸部に比べ小柄な腹部は脚の動きを阻害せず、しかし蜘蛛として認識できるだけの要素を持っている。

 また、三つの角が上部に存在しており、内二つは薄く左右に張り出して真正面から見れば飛行機の尾翼のよう。 

 もう一つは後ろに向けて伸びる角だが、根元より少し上に前に向けて枝分かれする角がある。その先には前方に向け開いた5cm程の穴が存在していた。


 蜘蛛は本来脚が八本あるはずだが彼女には無い。脚は六本だけで脚の位置のバランスも六本に合ったものに近い。しかし実際はそう見えないだけであってきちんと八本存在している。

 彼女の鋏角の横側にさらに折りたたまれた脚が存在していて、その先端は爪では無く刃、光を返さないその色も合わさってまるで死神の鎌だ。


 多脚重戦車を思わせる体躯とは裏腹に小さなビー玉のような赤い目が八つ、頭部に並んでいる。 

 音を一切立てずに体を回転させて彼女はこちらをその目で静かに見る。


『それじゃあ私は上にいるね』


 するとクネイは腹の上部から左右に張り出した甲殻から糸を一本ずつ頭上に向け射出し、スルスルと登って行った。


 忘れがちであるが、彼女の本体は蜘蛛である。自らの成長に伴って糸も強化される。如何に巨軀であろうと糸を使って自分を移動させることは造作もないのだ。


 

 頭上にクネイの庇護を受けながらさらに森の奥へ進む。先のカノンの警告の魔物は何とか避けることが出来た。

 あれからさらに警戒を強めているため魔物との戦闘は避けられているが、どうしても避けられない魔物も出てきた。基本はクネイやカノンが勝手に片付けてしまうが稀に集団でいることもある。


「アビー!そっちに10だ」


 そんな時は背後に立つ彼女に指示を飛ばす。


「はーい」


 風のように脇を駆け抜けたアビーの両腕がドロリとゲル状に変化し人の形を捨てる。そのまま大きく伸びて片側5本ずつに枝分かれし、先端には何かしらの武器が形作られていた。


 向かう先にいるのはコボルトとゴブリン。



「えーい」


 気の抜けるような掛け声で振るわれるのは剣、斧、槍。鞭のようにしなり、風を切る音を立てながら刃が襲いかかる。

 両腕はさらに形状を変化させたため刃が敵に到達する時には計10体の魔物の周囲を囲むように刃が全方位から迫るようになっていた。

 アイアンメイデンのように迫る刃に抗えるわけも無く無慈悲にコボルトたちは倒れた。


「もっと刃減らしても十分かな」


 変幻自在、それこそ彼女の刃なのだ。



「はっ」


 両手から〈熱線〉で10余りのゴブリンを薙ぎ払ったのはカノン。掌から放出しているからアイ○ンマンをイメージさせるが、空を飛ぶことは出来ない。あと吹き飛ばすことも出来ない。貫通させてしまうのだ。

 ちなみに薙ぎ払ったあと彼女は拳を握るが、その時白煙が上がるのは何度見てもカッコイイ。ロマン心をくすぐられる。


「これなら指先からの方が数は多く倒せる気がするのですが……」


 一撃必殺の光線、その破壊力を遮るものは何も無い。



『それっ!』


 飛び蜘蛛のように空中より前脚の鎌を閃かせ、体長6mはある六本足の熊の背に突き立てるのはクネイ。

 血が突き立てた箇所から吹き出し、熊は暴れるが、ガッチリと食い込んだ彼女の強靭な脚爪は振り落とされることなくさらに鎌が深く突き刺さることになった。

 そして鋏角が静かに素早くその首を刈り取り、ズシンとその巨大は倒れる。

 倒れた時には既に姿はなく、頭上を舞う影だけが彼女の存在を示している。


『次っ!』


 縦横無尽、閃く刃は誰も捉えることは出来ない。



「───〈死霊爆破ネクロバースト〉」


 既に斃れた魔物の死体をさらに利用する外法中の外法。しかしそれこそ彼女の本領。魂を縛り付ける肉を壊すことで強制的に魂を祓い、副次的効果として魔物を倒すのはネロ。

 弾けた肉体は肉片と化し、その肉片も飛び散り再度爆破する。 

 クネイやカノン、アビーによって魔物が倒れれば斃れるほどに手持ちの武器は増えてゆき、その武器は榴弾じみた威力を持つ。


「死体にも救いを。これは主の身を守るため」


 豹死留皮、如何な魔物であれ斃れた後に彼女の前では便利な弾救済に過ぎないのだ。




「ふん、我は何もせんで良いのか?」


「何か出来るのか?」


「出来んな。消し飛ばしてしまうわ」


「そう言ってサボるのもどうかと思うよ」


 今回俺は召喚士らしく後方支援に徹している。他に近づいてくる魔物が居ないかだけ確認しながら倒れていた木に座って隣のニーアと一緒に芋の携帯食を齧る。それだけの簡単なお仕事だ。

 ニーアも召喚獣なんだから戦えよと言われるかもしれないが、彼女にとってこの程度の魔物は人差し指を一度振るだけで殲滅出来てしまう(どうやるかは聞かない方がいい)。

 ただ、ああ言ってるが加減もちゃんと出来るので命令せずとも万一の時は力を貸してくれるだろう。


「しかしクネイはよく動く。進化の過程であのような形を取ったのか?」


「ああ、確か一年くらい前かな。中型最後の進化だった。あれからどんどんでかくなって今の状態。最初期と比べたら大分成長したと思うけど今の姿は成長しすぎなんだよな……」


 糸を駆使して宙を駆け巡り中型以上の魔物を狩り続けるクネイだが本来の姿はもっと大きい。

 ただ、本人曰く「使い勝手悪いからこっちの方が楽」らしい。大は小を兼ねると言うが、大きすぎるのも問題のようだ。


 そうして携帯食を食べ終わる頃に皆の戦闘は終了し、ネロによって魔石が取り出されていた。

 アビーによる集計で集まったのは合計54個。コボルトなど小型の他にもクネイに瞬殺された中型の魔物が含まれるから若干の稼ぎにはなるだろう。


 立ち上がって、改めて感知を行うと半径1000m以内には魔物は居らず同じ冒険者の集団がいるだけだった。これならば彼女たちも休息を取りながら進んでも問題無さそうだ。もしも襲われたら俺が対処すればいいしな。


「みんなお疲れ様。周囲に魔物は居ない。このまま進むのは続けるけど、ゆっくり休んで欲しい」


 そうは言っても空気が完全に緩まないのは彼女たちの美徳だけど悪いところだな。休めって。

 でもクネイは楽な獣形態のまま、カノンはその背に座る。アビーは人型を崩して身体に引っ付いてきてネロは俺の影に潜った。各々警戒は崩さないが休むつもりではあるらしい。

 ニーアはいつの間にか居なくなってる。さっきサボった代わりに最低限警戒の仕事をしてくれるのだろうか。それならそれでこっちも楽ではある。彼女の感知範囲は俺のものを凌駕する。何倍どころではない、何十倍なのだ。

 本当によく傷を付けられたものだと思うよ。




 しばらく進むと地形が変化し始めた。ああ、物理的にじゃなくて環境の変化って意味で。どうやら森を一時的に抜けたらしい。

 目の前には草原が広がっていて鬱蒼とした緑の屋根から解放されて見える青空は清々しい。そろそろ夕暮れなのか西の空が赤くなっている。

 さっき戻ってきたニーアによるとこの森は二層構造になっていて、さっきまでいたのが一層、ここから少し行ったところのもう一つの森が二層と呼ばれている。一層には比較的弱い魔物が集まり、二層には強力な魔物が集まっているとか。

 それにはこの草原に自生する草が影響しているようで、それは魔物よけのお香の原料になるが、自生している状態でもそれなりの効果は見込める。そのおかげで一層と二層の魔物は交わることは少なく、強力な魔物が外には出てこないそうだ。

 と、言うのを俺は初めて知ったのだけど前に来た時はそんなこと言われなかったが……


「大方、冒険者なりたてがこんな奥まで来るとは考えて居らんのだろう。街道からここは直線でもそれなりに距離があるのでな」


 なるほどね。確かに教えても仕方ないものだ。

 にしても、ここまで街を出てから7時間と言ったところ。森に入ったのは前とは違う場所だからその分早く森に入って……森を進んだのは正味 5時間ってとこか。


 となると大分陽が落ちるの遅いんだな。早く野宿の用意をしないと真っ暗だ。多分緯度経度とか季節が関係してるのか……


 ちょっと待て。


 俺が街で過ごして、午後八時なのに陽が落ちて無いなんてそんな事あったか?

 

 以前この森で夜を過ごした時も午後六時には日没だった。それがたった数日で二時間も大きく伸びるのか?


 見上げても空模様に特におかしなところは見られない。違うのは日没の時間だけ。


 ……何が起きている?


 杖を引っつかみ空を見つめ続ける。

 様子の変わったこちらを見て周囲のクネイたちも雰囲気を変化させ、周囲を探る。



 刻刻と青みを増し、青紫へと様相を変化させる空はどこかおかしかった。

 雲は流れ渦巻いて、風も無いのにやけに速い。

 黒く染まり始める雲は背後の空と合わさって濃淡を生み出し、泥水のよう。


 澱み濁りきった青はまるで血のようで。

 それはさながら貴族の血。

 神話に語られる悪夢を彷彿とさせ以前読んだ一節を思い起こさせた。



 曰く、天より這いずり出る獣は幽世より常世へ逢瀬する。

 青き血を流す獣、それは長であり下僕。幽世の長であり常世の下僕。

 夢を捕らえて贄となし、天を捕まえ腕とする。獣たるは愚かこそ、いざ地の底に降り立たん。



 神話の主人公が遭遇した悪夢の主の一節だ。解釈としては……


「我ら死者、軍勢となりて群れをなし獣へと──か」


「なにそれ?」


「神話だ。死者はあまりにも数が多い。故に軍勢だが軍とは人が作るもの。死者は既に人ではない。つまり群れで、群れを作るのは獣。ならば獣になろうって話」


「無茶苦茶だね」


 ピリピリした雰囲気にアビーもいつもの間延びした口調は姿を隠している。


 空を見つめ渦巻く雲を睨んでいると唐突に


 開いた傷口のようにドロドロとしたものを落としながら目のように楕円形の何か。


 嗚呼わかった、あれは魔力だ。澱み濁りきった醜い魔力。それを吐き出すのがあの裂け目なのだ。

 波のように迫るその魔力は瘴気のように地面とぶつかるとそのまま這うように広がってこちらへ迫る。


 その中心から人型の何かがダラりと垂れ下がった。足を捕まれ宙ずりになる人間のように腕が垂れ下がっている。


 一目見るだけでも生理的な嫌悪感で目を背けたくなるその姿は腐肉と爛れた表皮に覆われ、眼窩は虚ろでそれらは重力に従い力なく垂れている。




『……なに、あれ』


「クネイ、全力で動けるように用意を。万一の時は主を連れて逃げてください」


『カノンは?』


「足止めを。貴女が一番足が速いのですから」


 唖然、呆然。

 目の前のそれを理解したくないと脳が叫ぶ中、辛うじて動けるカノンは呆けていたクネイに構えを取らせる。

 放出される魔力にモロに当てられたアビーは立ち尽くす。


「ネロ?」


 いつの間に出てきたのか、傍らに立つかつてのボロボロローブ姿の彼女も魔力に当てられたのか様子がおかしい。目の焦点はあっているようだが、身体が震えている。


「……れは……メ……」


「どうした、何を言っている?」


 口元をワナワナと震わせ、何を言っているのかも覚束無い。ブツブツと何かを呟いているようで、口元に耳を寄せ、聞き取ろうとする。そして聞き取れた言葉はその場の全員を震撼させるものだった。


「あれは勝てない。絶対に戦ってはダメ。あれは最悪の不死者アンデッド……」


 ネロはその者の名をこう呼んだ。


死望者ディザイアマン


 死を望みながらも死ぬ事が出来ず、生の中にありながら死の軛より解き放たれし者。


 神話に語られる存在である。

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