飾らない仕事②




世話係をする一ヶ月前、美恋は働いていたアパレルショップのオーナーに呼び出された。


「ウチを辞めた方がいいのかもしれない」

「え!? どうしてですか? 私、何かしました!?」


アパレルで働き始めてから一週間。 ようやく仕事に慣れこれからだという時に突然過ぎる話だった。


「いや、何も悪いことはしていない。 ・・・ただ、君が有名なIT会社の社長の娘だと誰かが噂を流し始めてな」

「そんな・・・」


美恋の父親は確かに社長をやっている。 ただ美恋は“社長の娘”というレッテルを張られるのが嫌だった。 普通に仕事をし生活をしたいというだけだった。


「ウチの従業員が君に変に気遣ったり、我々がひいきしているよう思われてしまってね。 我々が普通に接しようとしても、社長の娘ともなれば気を遣っているようにも見えてしまう。 

 そんな生活が嫌で自分のことを誰も知らない街へと越し、ここへ来てくれたんだろう? どこからそんな噂が出たのかは分からないのだけどね」


自分が社長の娘だと知り渡ってしまえば“一般人として普通の生活を送りたい”という望みが崩れてしまう。 考えてみれば確かに他の従業員との関係がギクシャクしているような節はあった。 

それにコネでここへ来たのも事実であり、否定することもできない。


「ごめんね、本当に君は何も悪くないんだ。 お父様にもよろしくね」


店に迷惑をかけるのは本意ではない。 だからここは呑み込むしかなかった。


―――これからどうしよう・・・。


幸い当面の資金については困るようなことはないが、今後のことを考えれば溜め息が漏れてしまう。 寒空の下、途方に暮れているとタイミング悪く父から電話がかかってきた。


『美恋か? 今日でようやく一週間。 アパレルの仕事はどうだ?』

「あ、うん! 物凄く順調だよ」


やってしまった。 嘘をついてしまった。 もう引き下がれない。


「私、頑張るからね。 見ていてね、お父さん」


父と会話をして思った。


―――お父さんに心配をかけたくない。

―――新しい仕事を探して、早く一人暮らしを安定させないと!


そう意気込んで同じアパレル関係の店を回ってみた。


「あの、ここで働かせてください!」

「あー、ごめんね。 間に合っているんだ」


断られたら次。 どこか一店舗でも自分を受け入れてくれればそれでいい。


「ここで働かせてください!」

「君、履歴書は持っているの?」

「リレキショ? 何ですか? それ」


店長は呆れるように去っていった。


「働かせてください!」

「もしかして今日面接の子?」

「め、メンセツ・・・?」

「あ、違ったのね。 ごめんなさい」


全て駄目だった。 寧ろ知らない言葉が出てきて困惑している。


―――リレキショやメンセツって、一体何なの?

―――やっぱり街へ越す前に、社会勉強をもっとしておくべきだった・・・。


お嬢様学校を出て、箱入り娘として育てられた美恋は一般常識に疎かった。 俯きながら歩いていると立っていた人とぶつかってしまう。


「ご、ごめんなさい!」


深く頭を下げ恐る恐る顔を上げると、そこには超人気アイドルのナツキが不思議そうな顔をして立っていた。


「な、ナツキ!? あ、ごめんなさい! 呼び捨てにしてしまって・・・」


慌てて口元を抑える。 美恋はナツキのファンではない。 アイドルにそもそも興味がないのだが、世間ではかなり騒がれていたため情報は入っていたのだ。 ナツキは慌てる美恋を見て笑う。


「いいよ、気にしなくて。 まぁ俺のことを呼び捨てにしたの、君が初めてだけど。 大丈夫? ぶつかって怪我はしてない?」

「はい、大丈夫です・・・。 もしかして、何かの撮影でしたか?」


周りを見るとたくさんの機材が置かれていた。


「新しいMVの撮影」


一人の女性が慌てて駆け寄ってきた。 おそらくファンの一人が現場に紛れ込み、迷惑行為だと思ったのだろう。


「あ、彼女は大丈夫だから。 俺が現場から離れてここにいたのが悪い」


美恋は部外者であるというのに、ナツキはそう言ってスタッフを追い返す。


「あの・・・」

「ねぇ、君何か考え事でもしていたの? 表情が暗いけど。 よかったら聞かせてくれない?」

「そんな! 私の私情なんて」

「今休憩中で退屈してんだよね。 俺は君の話が聞きたいな」


アイドルに興味がなくても、こんなにカッコ良くて優しい性格をしているのなら人気になるのも分かるような気がした。 そのままつい先程起こったことを全て話してしまう。 

相槌を打ちながら親身に聞いてくれていた。


「そっか、大変だったね」

「はい・・・」

「今仕事を探しているんだよね? よかったら、俺のもとへ来ない?」

「・・・はい!?」

「俺の世話係になってほしいなーって。 丁度ほしかったんだ」

「いえ、そんな重大な役目、私には」

「大丈夫だよ。 世話係はマネージャーとは違って、難しいことはしないから。 ただ俺の身の回りの世話をしてくれればそれでいい。 簡単だよ? 

 君みたいな可愛い子がずっと傍にいてくれたら、俺は嬉しいけどな」


そう言って顎を指で挟まれた。 いわゆる顎クイをされ恥ずかしくて目を合わせられない。


「で、でも私、リレキショとかメンセツとか何も分からなくて」

「履歴書と面接? あぁ、そんなものはいらないよ。 もし頷いてくれたら、ここで即採用してあげる」


その言葉を言われては頷くしかなかった。


「お願いします!」

「ありがとう。 君は採用だね」


―――よかった、これで仕事ができる!

―――お父さんにも心配をかけなくて済むし、一人暮らしもできる。

―――好きなアパレルには就けなかったけど、私のことを知らない人と働けるのならそれでいい。

―――寧ろそれが本望だ。

―――これで変に気を遣われることもなく、みんな自然に私と接してくれる。

―――これから頑張ろう!


そう思っていたのは最初だけだった。 簡単だと言われていた内容は確かに簡単だ。 

だがナツキのスケジュールが元々ハードということもあり、かなり忙しく世話係といっても一人でこなすにはあまりにも量が多過ぎたのだ。



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