第55話 結婚式まで一週間④

レオンスと別れて執務室に戻るとウラリーが待機してくれていた。

私を見るなり呆れたような表情をなる。


「あの馬鹿陛下は…」


独り言のように呟かれたのはレオンスに向けての言葉だった。おそらく休憩の合間に何があったのか察したのだろう。乱れた部分はしっかりと整えたはずなのにウラリーには敵わないみたいだ。


「ねぇ、庭園でレオ様に会ったのだけどウラリーが呼んでくれたの?」

「いえ、私はレナールにアリア様の場所を伝えただけです。陛下に伝えたのは彼でしょうね」

「そうなの」

「陛下がアリア様に会いたがっていると聞いたのでレナールに伝えたのですけどね」


ウラリーがレオンスに直接伝えなかったのは執務の妨げにならないようにする為だ。彼の側近であるレナールなら一番良い時機で伝えてくれると考えたからこその選択なのだろう。

つまりウラリーとレナールの連携があったからレオンスはあの庭園に来たというわけだ。


「折角休憩に出ていたというの疲れる事をさせられて…。アリア様、もう少し休憩されますか?」

「だ、大丈夫よ」


気遣いは嬉しいが別にそこまで疲れるようなことはしていない。ちゃんと休憩出来た。

どちらかと言うと私の下敷きになっていたレオンスの方が余計な疲れが出ていそうだ。離してくれなかったのは彼だけど無理やり退けば良かったかもしれない。

次があったらそうしようと思いながら執務机に戻って山積みになっている書類を片付けていく。


「アリア様は書類仕事が速いのですね」


目の前に用意された書類の量は決して少なくない。しかしアルディ王国に居た頃はもっと大量の書類を捌いていたのだ。

オディロンに自分の仕事を押し付けられていたせいで増えていたのだけどね。

あの頃は大変な思いをさせられたが今こうして役に立つことが出来るのだから彼を恨みはしない。


「慣れているだけよ」


レオンスの計らいでしばらく執務を行っていなかった。鈍っていると思ったけど身体は効率の良い書類の捌き方を覚えていたのだ。おかげで書類仕事も苦にならない。


「アリア様は本当に何でも出来るのですね」

「出来ないこともあるわよ」


厳しい環境で育ってきたせいで出来ることが多いというだけ。別に完璧超人というわけじゃない。

本当の完璧な人間だったらアルディ王国を追い出されることなく上手いことやっていけたはずだ。

二度と戻りたいとは思わないけどね。


「私よりウラリーの方が何でも出来るじゃない」

「そんな事はありませんよ」


謙遜しているが実際ウラリーほど有能な侍女は皇城に居ないと思う。前皇妃に気に入られ現皇帝の乳母を務めるだけある。


「謙遜しないで。私、ウラリーのこと尊敬しているもの」


嘘偽りない言葉を笑顔で伝える。

ウラリーは目を大きく開いて、少しだけ頬を赤く染め上げた。そのまま視線を逸らされてしまう。

失礼なことでも言ったのだろうかと不安になっていると急に頭を下げられた。


「お邪魔してはいけませんし、これで失礼致します。御用がありましたらお呼びください」


口早に告げて部屋を出て行ってしまう。一瞬しか見れなかったがウラリーは耳まで赤く染めて恥ずかしそうにしていた。

照れ隠しかしら。

もしそうだとしたら愛らしい人だ。くすりと笑いながら書類を持ち上げるとレオンスの署名が必要なものだった。


「届けに行かないと」


レオンスの執務室に向かうと中から誰かと話しているような声が聞こえてくる。

おそらくレナールだろう。邪魔にならないか不安になりながら扉を叩こうとした瞬間。


「はぁ?お前、求婚していないのかよ!」


聞こえてきたのはレナールじゃなくて兄の声だ。

どうしてレオンスの執務室に兄が居るのだろうと疑問に思うがそれよりも気になる単語があった。

求婚?

一体何の話をしているのだろう。


「妃にすると言ったぞ」


兄の言葉に返事をしたのは部屋の主であるレオンスだった。


「それのどこが求婚だよ!」

「求婚だろう?」

「雑にも程がある!アリアの事をもっと考えろよ!」


やっぱり私の話をしているのね。

思い返せばレオンスからまともな求婚をされた記憶はない。既に皇妃になると決まっているので今更特別な言葉は求めていないけど。もしも素敵な場所で結婚を申し込まれたら一生の思い出になるだろう。


「アリアはどう思う?」


中から聞こえた兄の声にびくりと震える。

どうやら私が扉の前に居ると気が付かれていたようだ。気配で誰が来たのか察せられるとは何とも恐ろしい人である。

扉を叩いてから中に入ると執務机の椅子に座るレオンスとソファに腰掛ける兄の二人から視線を向けられた。


「アリア、ちゃんと求婚して欲しいよな?」

「今更な気がしますけど……して頂けたら一生の思い出になりますね」


正直な気持ちを伝えると兄は「やっぱりな」と得意気な表情を見せた。レオンスを見ると眉間に皺を寄せて難しい顔をする。

ガタンと執務机を叩いて立ち上がったレオンスはこちらに向かって歩いてきた。

もしかして我儘な女だと思われた?

今更言うなと怒られる?

不安になっていると目の前に立った彼は深々と頭を下げた。


「気が付いてやれなくてすまない!」

「レオ様?」

「結婚式が行われるまでには求婚する!」


無理にしてもらわなくても良いのだけど。

そう伝えようとしたのに「任せておけ」と笑顔で言われてしまう。

あまり無理して欲しくないがこうなったレオンスは止められない。それくらいは分かる。

今するべき私の返事は一つしかないのだ。


「お待ちしておりますね」

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