第33話 いきがい

 小百合は小さな手で誠に薬を飲ませる。


「この薬を飲めば元気になるよ。だから飲んで。」


 小百合は笑顔で誠にそう言った。


 まだ涙が溢れている誠は「あぁ…」とだけ言って、素直に薬を口に入れる。


 誠が薬を飲むのを見ると、今度はあの老婆の鬼に言われたように、精気のつきそうなお粥を持ってくる。


 その小さな口で何度も「ふぅ…ふぅ…」と息を吹きかけて熱を冷ましている。


 そしてそのお粥を寝ている誠の口に運ぶ。


「まだ熱いかもだけど、食べて。」


 誠は涙を流しながら何度も「ありがとう…ありがとう…」といって食べた。


 食事を終えると誠はまた眠くなってくる。


 ふと気づくと、寝息が聞こえて来た。


 小百合が誠の寝ている横で既に眠っていたのだ。


 小百合の疲労は限界だった。


 そして寝ている小百合は寝言を言うのだった。


「パパ…もう一人にしないで…どこにも行かないで…」


 小百合は寝ながら涙を零している。


 その姿を見て、誠の胸はこれまでにないほど激しく締め付けられた。


 そして心に誓い、寝ている小百合に呟く。


「これからは俺が絶対守ってやる、もう絶対お前を一人にはさせない。」


 小百合の看病のお蔭か、誠の体調は次第によくなっていく。


 実は誠がかかった病気は精霊病という不治の病であった。


 発症したら、どんな薬をもってしても治ることはない。


 まだこの病気については解明されておらず、本来ただ死ぬのを待つだけであった。


 しかし、この時誠の中で奇跡が起きていたのだった。


 それを知るのはまだ先の話である。


 そして、二人の関係もまるで本当の親子のように柔らかいものになった。


 今では誠が小百合を見る眼差しがとても暖かいものになっていた。


 小百合も誠を本当のパパのように慕い始めていた。


 それはまるで、失った大切な何かをお互いが埋めていくような…



「小百合、俺はこの町で店を開こうと思う。お前が幸せになれるような立派な店を作る。もう力も仲間もいらない、お前さえいればそれでいい。俺の残りの人生はお前の幸せのために生きるって決めた。もし、お前さえよければ俺と一緒にいてくれないか?」


 誠は小百合に己の決意を伝えた。


 しかし小百合は断った。


「ダメ、私が幸せになるには私だけではダメ。誠も幸せにならなければ一緒にいない。だから…ねぇ…パパって呼んでもいい?」


 誠はまたしても小百合の言葉に号泣する。


「あぁ…もちろんだ…お前は俺の世界一大事な娘だ…お前がいてくれるだけで俺は幸せだ…お前がくれたこの愛こそが俺の生きる意味だ…」


 誠は初めて自分がなぜ生まれたのか…なぜ今まで生きて来たのか…その意味を知った…


 人はそれをいきがいと呼ぶ…


 こうして二人は町で小さな料理屋を営み、やがてその料理屋は、小百合の幸せを象徴するような立派な旅館となるのだった。

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