野々市市侵攻18


「「「シオン様っ! シオン様っ!」」」


 俺の勝利に沸き立つ配下たち。


「そ、そんな……溝口さんが……」

「香坂さんなんて……一瞬だったぞ……」

「こ、これほどなのか……」

「か、勝てるのか……」


 溝口の敗北に絶望する人類たち。


 舞台は整った。


 ――総員に告ぐ! 総攻撃を仕掛けろ!


「「「うぉぉぉおおおお!」」」


 絶望に包み込まれた人類に配下たちが総攻撃を仕掛けた。


 ――《ダークナイトテンペスト》!


「行け! 行け! 行け! 行け!」


 俺自身も攻撃を仕掛けながら、配下たちを鼓舞する。


「鳴らせ! 鳴らせ! 盾を打ち鳴らせ!」


 俺の声に応えて、アイアンとヒビキの部隊が一斉盾を打ち鳴らす。恐慌状態に陥った人類たちは光に集まる虫のように打ち鳴らされた盾の音に吸い寄せられる。


 ――サブロウ、部隊を動員して溝口の仲間たちを討ち取れ!


「承知! チームJ、いざ出撃ですぞ!」


 落胆し、足並みが乱れた今なら殺れる!


 サブロウの部隊が溝口を心配そうに眺めていた高ランクの人類へと突撃を仕掛ける。


 阿鼻叫喚の地獄絵図。


 聞こえるのは人類の悲鳴。地に倒れる多くの人類。


 一騎打ち――一対一による二回の決闘は、想定以上の成果をもたらしたのであった。



 ◆



 一騎打ちでの勝利から1時間後。


 強引な攻撃を仕掛け続けた結果、多くの配下を失ったが、それ以上に多くの人類を倒すことに成功。


 野々市市役所を覆う壁の門まで残り100mの距離まで、前線を押し上げることに成功していた。


 今日中にあの門を破壊したかったが、まだ敵は多いな。


 俺は野々市市役所を覆う壁の門を見て、最後の仕上げに取りかかる。


 ――《統治》!


 俺は目を瞑り、地面に右手を翳して念じる。


 地面は揺れ動き、翳した右手の先には周囲の空間を呑み込むような直径30cmほどの黒い渦が発生。


 スマートフォンの画面には見慣れた文章が表示される。


『《統治》を開始しました』


『有効範囲内にいる敵対勢力に《統治》を宣言しました』


『180分以内に有効範囲内にいる全ての敵対勢力を排除して下さい』


『Alert。有効範囲内に敵対勢力の存在を確認しました。直ちに排除して下さい』


『有効範囲内の地図を表示しますか? 【YES】 【NO】』


 立て続けにスマートフォンの画面に流れるメッセージ。


 俺は【YES】をタップした。


 スマートフォンに映し出されたのは――


 全体の数は感覚的に7万人。


 降伏を意味する――黄色のドットが全体の1割を占めていた。


 ニュートラルを意味する――白いドットは全体の2割を占めていた。


 そして、敵対を意味する――赤いドットは全体の7割であった。


 この状況下でも、7割近くが敵意を示すって……どれだけ俺が憎いんだよ。


 俺は統治で知り得た人類が抱く感情の内訳に、軽く目眩を覚える。


 とは言え、この状況を馬鹿正直に伝えるつもりはないけれどな。


 俺は【拡声器】を取り出した。


『金沢解放軍の人類諸君に告げる! 《統治》のアラートは届いたかな? 凄いな! 侮っていた……俺は、お前たちの絆を侮っていた! まさか、こんな絶望的な状況下に置かれても、心が折れた者――アスター皇国に屈する者が全体の4割(・・)しかいないとは!』


 俺は虚偽の結果を人類に告げる。


『人類諸君に問う! 君の隣にいる同志は心が折れていないか? 心が折れた同志を支えられているのか? 6割の傲慢な死を選択した仲間たちに、強引に道連れにされた4割の人類はどんな気持ちでこの戦いを見ている?』


 俺は人類の反応を見ながら、言葉を続ける。


『本当に君たち金沢解放軍は素晴らしい! 多数決で今の行動――俺たちに抗うことを決めたのか? 6割対4割。全員が一致団結した気持ちで挑めていないのは少し残念だが……反抗する意志がある者は多数派だ! この状況下に置いても多数派! たとえ、4割の仲間は心が折れ――生を望んでいたとしても、少数派の意見だ!』


 俺は大袈裟に耳を傾けるジェスチャーをする。


『ん? 数が多い? 君たちもこのような状況で過半数の仲間が……ん? 心が折れた者はそんなにもいない? そうなのか? このスマートフォンには確かに4割の人類が心が折れたと表記されている! ひょっとしたら、お前たちも気付かない深層心理を見抜いたのだろうか? この世界を創ったクソッタレな黒幕の技術は凄いなっ!』


 さて、4割……約半数の仲間の心が折れたと思い込んだら、どうなる?


 全員の気持ちが一致団結して、俺たちに挑んでいると思っている。事実、心が折れた者は1割だった。


 同調圧力。しかし、人類……特に日本人は多数派の意見に流される傾向が強い。


 無理だと思ったのは自分だけではない。死にたくないと思ったのは自分だけではない。4割……半数近くの仲間がそう考えていると思い込んだら?


 俺は再び、スマートフォンの画面に視線を落とす。


 降伏を意味する――黄色のドットが全体の3割へと変化していた。


『む? これは妙な現象だ! 俺はお前たちの健闘を讃えたつもりであったが、心が折れた者の数が増えたぞ? 心が折れた者は……半数を超えたか? どうした? 生を願うのが、自分だけではないと知ったのか? 今、多数決を取ったらどっちに転ぶだろうか? 『金沢市の賢者』並びに『金沢市の聖女』聞こえているか? お前たちの仲間の半数は生を……アスター皇国への降伏を望んでいるぞ? 今一度多数決でも取ったらどうだ? それとも、先程の勇者のように死地へと追いやるか?』


 俺は揺さぶりの言葉を掛ける。


『ふむ……。このままお前たちを蹂躙するのは簡単だが、寛大な俺はお前たちに最後のチャンスを与えよう! これより48時間、俺たちは攻撃しない。生を望む者は――武装を解除し、我が支配領域を訪れよ! 最後に、撤退する我々への攻撃は数万の同志の命を捨て去る行為と理解する。それでは、人類諸君! 賢明な判断を期待している!』


 ――総員撤退!


 俺は勧告の言葉を告げ、疲労がピークに達していた配下と共に支配領域へと撤退するのであった。

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