野々市市侵攻③
「敵は怨敵――魔王シオン! 奴らにあの日の……僕たちが英雄を失ったあの日の惨劇を繰り返させるわけにはいかない!」
「私は……私は……親友の莉那……いえ、私たちの英雄『黒剣の勇者』を奪い去った魔王シオンを許せません! 皆さん、どうか私に力をお貸し下さい!」
「「「うぉぉおおお!」」」
『金沢解放軍』のリーダーである二人の参戦に人類たちの士気が向上する。
「まずは一致団結してあの目障りな変態を滅ぼします! 魔法部隊構え! ――撃てぇぇぇえええ!」
『金沢の賢者』が手にした剣を振り下ろすと、後方に控えた人類たちが一斉に変態――ヒビキに向けて魔法を放射する。
――サラ! ヒビキを守れ!
「り! ――《マジックシールド》!」
「「「《マジックシールド》!」」」
俺の指示に応えて、サラは配下と共に魔法の障壁をヒビキの前に展開する。
「小賢しいですね……。皆さん、眷属です! 眷属に攻撃を集中して下さい! ――《フィジカルブースト》!」
『金沢の賢者』は周囲の人類に
「ケガをした者は私の元に! 私たちの……人類の絆で魔王シオンを討ち倒しましょう! ――《ヒールオール》!」
『金沢の聖女』は周囲の人類の傷を癒やす。
『金沢の賢者』はバッファーで、『金沢の聖女』はヒーラーなのか?
俺は配下の群れへと身を後退。戦線から離脱した状態で二人の能力を分析する。
年は若く、コテツのように前線で身体を張るタイプでもなく、珠洲市の市長のように元から権力を有している訳でもないのに……求心力があるのか。
『金沢の賢者』、『金沢の聖女』共に、個人の力としては脅威を感じないが……人類が勢い付くのは面白くないな……。
俺は配下の群れに身を隠し、元いた場所へと後退するのであった。
◆
「と言う訳で、勇者様御一行の生き残りが姿を現したが……失われた英雄――『黒剣の勇者』様、準備はいいかな?」
「わっ……シオンさんがとっても悪い顔してますぅ」
俺の姿を確認するといつの間にか後退していたカノンが楽しそうに茶々を入れる。
「失われた英雄か……。確かに、あの日『佐山 莉那』は死んだ。今の私は――リナ=シオン。仲間のため……アスター皇国のため……成すべき事を成すだけだ」
茶化すような俺の言葉にリナは真剣な眼差しで応えた。
「それじゃ、成すべき事を成すために……前線に移動するか。『剣聖』と誉れ高い、コテツも一緒に行くぞ」
「昔の話を……承知しました」
コテツは照れ笑いを浮かべ、頭を軽く下げた。
「シオン様! シオン様! ね、ね、ボクも一緒に行っていいよね? ボクだけお留守番とか嫌だよ?」
リナとコテツが俺と共に前線へ向かおうとすると、コテツ共に待機を命じられていたセタンタが飛び跳ねながら同行を求めてくる。
「当然だ。リナ、コテツ部隊は俺と共に前線へ向かうぞ!」
「え? ってことはオイラもっすか?」
セタンタとは対照的にやる気のないのブルーがしょぼくれるが、俺は気にせず前線へと足を向けた。
一歩、また一歩と前線へと近付く度に戦場の騒音と匂いが五感を刺激する。
しかし、精神状態――士気というのはバカに出来ない。『金沢の賢者』と『金沢の聖女』が戦場に姿を現し……鼓舞をすると、人類の勢いは目に見えて高まった。創造された配下に対してどれほど効果があるかは不明だが、今後は配下の士気を意識した行動も考慮する必要があるだろう。
こうして考えると、端から見るとふざけているようにしか見えないサブロウの行動も理に適っているのかもしれない。
まぁ、あそこまで吹っ切れる自信も必要性もないのだが……。
っと、そろそろ前線か。
10メートルほど先では、配下と人類が激しい戦いを繰り広げていた。
俺は金属同士が衝突する音、怒号、悲鳴――戦場特有の騒音が響き渡る中、【拡声器】を手に取った。
「久しぶりだな。『金沢の賢者』こと、安藤英也氏。そして、『金沢の聖女』こと、香山沙織氏。魔王シオンだ。覚えているかな?」
俺の悪意に満ちた声が【拡声器】に乗って周囲に響き渡る。
「――な!? わ、忘れるわけがない! 貴様は僕たちの大切な仲間の命を――」
「って、覚えている訳ないか? むしろ初対面に近いか?」
俺の声に反応して声高に叫ぶ『金沢の賢者』――安藤英也の叫びを最後まで聞くことなく、俺は言葉を続ける。
「ふ、ふざけるなぁぁあああ! 僕たちは……あの日の……あの日の惨劇を一日たりとも忘れたことはない!」
「あの日の惨劇……?」
「そうだ! 貴様が僕たちの大切な仲間……『黒剣の勇者』――佐山莉那の命を奪い去った惨劇の日だ!」
「ん? 俺の記憶とは少し異なるな?」
「ふざけるな! 貴様が奪い取った命は『黒剣の勇者』だけじゃない! 『白銀の勇者』――宮本将門、『弓の勇者』――江守一、『炎撃の魔女』――斎藤瑠璃子、『守護者』――牧野雄也。貴様は僕の大切な仲間を……人類の希望を……」
「あぁ……思い出した! 惨劇の日ってのはアレか? 金沢市が誇る賢者様と聖女様と守護者様が『黒剣の勇者』様を罵倒し置き去りにして逃げ去り、その後は守護者を置き去りにして逃亡したあの日のことか?」
安藤英也の感情的な声音とは対照的に、俺は冷静な声で真実を告げる。
「確かに、惨劇だよな。仲間を見捨てて逃亡するなんて惨劇だ。賢い者と書いて、賢者だったか? 自分が助かるための賢い判断だったな。あと、聖女は逃げるときに『黒剣の勇者』を罵倒してたよな? 親友……? じゃなかったのか?」
「嘘よ! 皆! 騙されないで! 私たちは見捨てて逃げてないわ! 莉那は……身を挺して私たちを逃がしてくれたのよ! 莉那は私の親友よ! 私は……私は……莉那を置いてあの場から離れたくなかった! でも、私は莉那の……莉那の……親友の最後の願いが私たちの撤退だった!」
『金沢の聖女』――香山沙織の感情的な声が周囲に響き渡る。
「リナの願い……? 俺の記憶によると、リナは『待って』と言ってなかったか? そんなリナ――『黒剣の勇者』をお前は罵倒しながら逃げ出した……違ったか?」
俺も当時の記憶は細部まで覚えてはいない。但し、【瞬間記憶】の保有者――カノンは細部まで記憶していた。
「嘘よ……全部嘘よ! 止めて! 莉那の高潔な死まで冒涜する気なの! 許さない……私はあなたを絶対に許さない!」
香山沙織はヒステリックな甲高い叫び声をあげる。
「嘘ね……。俺は魔王であると同時にアスター皇国の王だ。流石に、こんなにも大勢の前で嘘つき呼ばわれりされるのは心外だな」
「黙れ! この悪魔! 私は許さない! あなたを絶対に許さない!」
「このまま俺とお前で話していても永遠に平行線を辿るだけだ。と言う訳で……俺は身の潔白を晴らすために、証人を召喚しよう」
「ふざけないで! 何が証人よ! 誰があなたの仲間――魔物の言うことなんかを信じるのよ!」
「ハッハッハ……落ち着けよ、聖女様。証人は俺の隣にいるから」
突然はじまった言葉の応酬で戦いが停滞した最前線へと証人――リナが俺と共に姿を現したのであった。
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