石川工業大学制圧


「シオンさん?」

「何だ?」


 追撃に出立する幹部たちを見送っている俺に、カノンが声を掛けてくる。


「人類の戦力を減らす追撃が重要なのは理解しているのですがぁ……魔王カオルの侵略に対しての防衛措置は取らないのですかぁ? 今なら間に合いますよねぇ?」


 魔王カオル擁する侵略者たちはアスター皇国最南の支配領域となる白山市の支配領域を侵略中だ。侵略の進捗は未だ2階層目。俺の現在のレベルは19――つまり、【真核】が設置されている最奥は19階層。幹部たちを防衛に集中させれば、撃退することは難しいことではなかった。


「侵略者の数は24人だったか?」

「はい。恐らく魔王カオルの主力と思われる24人の眷属が侵略中ですぅ」

「防衛を確実に成功させるためには、誰を派遣すべきだ?」

「そうですねぇ……侵略者の内二人は元人類。リナさんやコテツさんほど強くは無いと信じたいですが……油断は出来ません。他にもイザヨイさんと同じユニーク配下と思われる眷属が5人いましたし、元魔王と思われる眷属も二人ほど……。確実に防衛を成功させるなら……幹部全員を防衛に派遣すべきだと思います!」


 カノンは侵略者の戦力を分析し、俺の質問に答える。


「ここで魔王カオルの主力を全員倒せるのであれば……防衛する価値はあるが、全員倒せると思うか?」

「うーん……侵略者も退路の確保の為か、道中の配下を殲滅させています。よって、【転移】による回り込みは不可能ですぅ……。逃がさずに、確実に倒すとなると……少し厳しいかもですぅ」


 全力で逃走する者を倒すというのは中々に難しかった。


「俺も同じ考えだ。魔王カオルの侵略に対して防衛に討って出るとしよう。その場合、防衛に割く人員はアスター皇国の幹部――全員の力が必要となる。そして、侵略者たちは強敵だ。ここでカノンに質問だ。幹部たちを防衛に向かわせたとしよう。ポジティブな未来を想定して防衛に成功したと仮定しよう。それで、幹部たちはそのまま野々市市役所を攻めることは出来ると思うか?」

「――あ!?」

「更に……今回の《統治》は3時間で成功したが、野々市市役所の《統治》――金沢解放軍を壊滅させるのに必要な時間はどれくらいだ?」


 《統治》の成功条件は――《統治》を仕掛けてから3時間後に半径3km圏内の敵対勢力を全て消滅させることだ。


 ならば、人類と土地を奪い合う《統治》と言う行為は3時間による決戦なのか? ――答えは、否だ。


 《統治》とは3時間後に半径3km圏内の敵対勢力を全て消滅させることが出来ると、確信したときに実行する行為だ。《統治》を成功させる為には、事前に《統治》圏内の敵を減らす――人類と大規模な戦闘を繰り広げる必要があった。


 入念な準備――大規模な戦闘の結果、3時間後に半径3kmの敵対勢力が消滅出来ると確信したときに実行するのが《統治》だ。


 ならば、今回の野々市市役所を《統治》するのに必要な時間はどれくらいだ?


 敵の数は非戦闘員合わせて約三十万。魔王カオルとの小競り合いを続けていた結果、数だけでなく質も悪くはない。更には、野々市市役所とその周辺の施設は堅牢な壁で囲われており、地の利は完全に敵にあった。


 これらの要素を踏まえると……一週間以内と言うのはまず無理だ。半月……も、厳しいか? 1ヶ月以内には終わらせたいが……どうだろうか?


「……最短で1ヶ月。長引けば3ヶ月の可能性もありますぅ」


 俺が頭の中でシミュレートしていると、カノンが自分の導き出した想定を答える。


「少し慎重過ぎるが……妥当な計算だな。そして、最初の質問に対しての答えだが――なぜ魔王カオルの侵略を放置して、追撃するのか? 答えは、野々市市役所を《統治》する時間を最短に近付けるためだ」


 魔王カオルが俺の支配領域に侵略を始めたのは3時間前だ。今から防衛に出向き、防衛に成功したとしても稼げる時間は3時間。しかも、確実に防衛を成功させる為に必要な戦力は――幹部全員。


 幹部たちは頼もしい成長を果たしてはいるが、先程統治による戦いを終えたばかりだ。更に今から魔王カオルの主力と戦闘することになれば、流石に幾日かの休養が必要となる。


 ならば、当初の計画通り幾つかの支配領域を魔王カオルへと献上し、倒すべき敵の優先順位を明確にすべきである、と言うのが俺の達した結論であった。


「なるほどぉ……。まだまだ軍師としては未熟でしたぁ……。でも、私の軍師としての経験値は上がりましたよぉ!」


 カノンは少し落ち込みを見せるが、すぐに立ち直り笑顔を見せる。


「軍師としての経験値ってなんだよ……。まぁいい。カノン、俺たちも追撃に加わるぞ!」「え? は? わ、私もですかぁ!?」

「意味不明な経験値じゃなくて、目に見える経験値を稼ぎに行くぞ!」


 こうして、俺はカノンと共に追撃戦へと出向くのであった。



 ◆



 3時間後。


 追撃戦は成功。追撃戦の対象となった支配領域付近にいた人類の数はおよそ1万人。混乱しながら逃げ惑う人類の3割を掃討することに成功、5割の人類が投降したため、簡易的な牢屋を作り能登に位置する支配領域にて軟禁状態にした。


「皆の者、ご苦労であった。明日18:00より野々市市役所へと侵攻を開始する」


 俺は追撃戦を終えた配下たちを含むアスター皇国に属する全ての者に明日の行動を伝える。


「本日の戦いで疲労が蓄積しているだろう。しかし、それは敵も同じだ。今が正念場。明日も皆の活躍を期待する。ささやかではあるが、戦闘に参加した者には質の高い食事を用意した。各自、短い時間ではあるが、ゆっくりと休養してくれ」


 俺は労いの言葉と共に配下たちへの伝言を終えた。


 俺――魔王を除く全ての者が食事と睡眠を必要とする。これは厄介な問題であった。俺自身が必要としないので、どのタイミングで食事と睡眠を与えるべきか判断し辛いからだ。


 不眠不休で戦える者は、魔王以外に存在しない。一日3回の食事と8時間の睡眠……を戦時中に与えるのは無理だが、アスター皇国の王として高い士気を維持するために考慮すべきと考えた。


 昔みたいに配下は使い捨てと考えられれば楽だったが……今ではそのような暴論は通じない。6k㎡しかなかった支配領域が石川県の70%以上を支配するまで拡大し、配下も元魔王や元人類が増え……領民と言う庇護下の存在も増えた。


 俺自身の価値観が昔よりも高まったのは事実だが、昔よりも自由が減ったと感じる現状に俺は苦笑を浮かべるのであった。

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