石川工業大学の攻防⑤


『有効範囲内にいる敵対勢力に《統治》を宣言しました』


『180分以内に有効範囲内にいる全ての敵対勢力を排除して下さい』


『Alert。有効範囲内に敵対勢力の存在を確認しました。直ちに排除して下さい』


『有効範囲内の地図を表示しますか? 【YES】 【NO】』


 俺は【YES】をタップし、スマートフォンに半径5km圏内の簡易的な地図を表示させる。


 統治圏内に表示された赤いドット――人類の数は387。


 但し、《統治》圏外ではあるが地図の有効範囲内である5km圏内には数えるのも馬鹿らしくなるほどの無数の赤いドットが表示されていた。


 最初にすべきことは……


 ――サブロウ、部隊を率いて圏内の人類を殲滅せよ!


 俺は人類の位置が記された地図の画面をスクリーンショットして、サブロウに送付する。


「チームJ、了解しました!」


 サブロウは俺が見ているのを知っているかのように敬礼しながら、声を上げる。サブロウは何故か頑なに部隊の名称を変えようとしない。強制的に止めさせることも可能だが、部隊に所属する元魔王の配下たちも『チームJ』と言うイタイ名称を気に入っているらしいので、そのままにすることにした。


 我の強い元魔王たちだが……実力は折り紙付だ。


 俺はサブロウに圏内に残った人類の殲滅を任せ、次なる準備へと移る。


 さぁ、敵はどう動く?


 今までのように傍観するのか、防衛に来るのか?


 慌ただしく動く《統治》圏外の赤いドットの動きを眺めていると……


 ――~♪


 スマートフォンの画面が切り替わり、着信を告げる電子音が流れる。


 電話の発信者は唯一支配領域に残った眷属――ヤタロウ。


「シオンだ。どうした?」

『魔王カオルが動いたのですじゃ』

「……早いな」

『恐らく、シオン様の動向を監視していた者がおったのじゃろう』

「敵の数は?」

『24。装備から判断するに、主力ですな』

「魔王カオルは?」

『分かりませぬが……恐らく不在かと』

「そうか……。その後も動向の監視を続けてくれ」

『了解じゃ』


 魔王カオルの動きは想定よりも迅速だった。罠を疑い、様子見をしてくれれば多少の時間が稼げたのだが……仕方ないな。


 俺はヤタロウとの通話を終えると、再びスマートフォンに地図を映し出す。


 ――!


 金沢解放軍は魔王カオルの動きと連動するかのように、集団で進軍を開始した。


 さて、人類はどう動く?


 こちらの大軍を無視して、《統治》の失敗を目指して回り道をするか……こちらに戦いを仕掛けてくるか……。


 回り道をするようであれば……事前に移動をして挟撃を仕掛ける。


 こちらに向かってくるようであれば……力でねじ伏せる。


 《統治》を成功させる条件は厳しいが、こちらには相手の居場所と動向が目に見えて把握出来る、人類から見ればチートとか嘆きたくなるような地図がある。円の中心にこちらがいる以上、敵がどれだけ回り道をしても対応することは可能だ。


 さて、敵の動きは……


 へぇ……。正面から来るのかよ。


 スマートフォンの地図に映し出された赤いドットは、石川工業大学前に布陣している青いドットの方角へと進軍していた。


 味方の布陣は完璧だ。


 サラ、クロエ、フローラの部隊は石川工業大学のキャンパス内に侵入し、窓から攻撃の準備をしている。アイアンの部隊は石川工業大学の門を塞ぐ形で待機しており、その背後にはコテツの部隊が待機している。石川工業大学前の道路ではヒビキの部隊を先頭にリナ、タカハル、レイラ、レッドの部隊が待機している。


 イザヨイは急な事態に備えて、俺の側での待機を言い渡してある。


 ――サラ、クロエ、フローラ! 攻撃の準備をしろ!


 ――アイアンの部隊は正門を死守しろ!


 ――ヒビキは防御の陣を組み、ヘイトコントロールの準備をしておけ!


 ――残りは合図があるまで待機だ!


 俺は地図とサラの視点を交互に入れ替えて、状況を確認する。


 次第に、サラの視点からは地面を踏みならす足音が響き、地図を表示しなくとも迫り来る人類の姿が視認出来た。


 ――クロエ! 敵が射程範囲に入ったら攻撃を仕掛けろ!


 魔法を使うサラ、フローラの部隊よりも弓を扱うクロエの部隊の方が射程範囲は広い。特に今は高さの利もあり、その射程範囲はさらに伸長している。


 命令を下した三十秒後。


 人類との距離が300mほどに迫ると――


「放てぇぇぇえええ! ――《イーグルアロー》!」


 クロエが石川工業大学キャンパス内の建物の屋上から人類へと矢を放つ。


 クロエの放った先制の矢は先頭を歩いていた一人の人類の眼窩に突き刺さるが、遅れて放たれたダークエルフたちの矢の多くが、頭を覆うように構えた人類の盾に防がれ、乾いた音と共に地に落ちた。


「クソッタレ……だから、工大は死守すべきと言ったんだ!」

「文句を言っても仕方がねぇ! 盾を掲げて接近戦に持ち込むぞ!」

「「「うぉぉぉおおおお!」」」


 人類たちは距離の不利を悟ってか、盾を頭上に掲げながら突撃を開始する。


「にはは……そこから先はあーしの攻撃範囲っしょ! ――《ファイヤーアロー》!」

「私たちも続くわよ~――《ファイヤーアロー》!」


 人類たちが接近してくると、サラとフローラの部隊が火の矢の雨を降らせる。


 ――アイアン! ヒビキ! 敵を引き付けろ!


(是)


 アイアン率いる1,000体のリビングメイルが一斉に盾を打ち鳴らし、突撃してくる人類を誘導。


「穢らわしい豚たちよ! 私たちは――」

「「「ブヒィィィィ(消耗品)!」」」

「卑しき豚たちよ! 私たちは――」

「「「ブヒィィィィ(肉奴隷)!」」」

「素晴らしい! 愚かな人類よ……これより先に進みたければ私たちを踏みつけて行きなさい! ――《パーフェクトボディ》!」


 ヒビキは獣化と共に衣服を吹き飛ばし戦闘態勢パンイチになると、眩い光の中でポージングを決め、ヒビキの配下であるオークたちは盾を打ち鳴らす。


 突撃してくる人類はある者はアイアンたちの打ち鳴らした石川工業大学の正門へと、ある者は光り輝く変態ヒビキへと……憎悪を募らせ突撃した。


 激しくぶつかる人類の武器と配下の構えた盾の金属音が周囲に響き渡る。


 ――総攻撃だ!


 アイアン、ヒビキの部隊に群がる人類へとコテツ、タカハルたちが攻撃を仕掛ける。


「ハッ! 来るのがおせーよ!」


 タカハルが獰猛な笑みを浮かべながら、オークに群がる人類へと拳を見舞う。


「あはは! 一番乗り!」

「コラッ! セタ坊! 突出するでない!」


 セタンタが楽しそうに笑みを浮かべながら槍を振るい、セタンタを追いかけるように飛び出したコテツが刀を振るってリビングメイルを執拗に攻撃する人類へと攻撃を仕掛ける。


「うぉぉぉぉおお! やるぞぉぉおおお! 潰すぞぉぉおお!」

「入れ食い状態じゃねーか!」

「鬼の恐さを教えなきゃね!」


 レッド、ルージュ、ノワールが力任せに鈍器を振り回して人類を吹き飛ばし、


「レッドは相変わらずか……」

「レッドはバカっすからね」


 防御を一切考えないで暴れ回るレッドの部隊をフォローするかのように、リナの部隊がレッドたちの死角をフォローする。


 ――レイラ、左が手薄だカバーしろ!


 俺は冷静に戦況を見守るレイラの部隊に詳細な命令を下しながら、好き勝手暴れる配下たちをフォロー。


「数だ! まずは数を減らせ!」


 リーダーだろうか? ミスリルシリーズの装備を身に纏った一人の男性が周囲に指示を出し、人類はその指示に答えるように一番弱い配下――ゴブリンにターゲットを絞る。


 ――リナ、あいつが『金沢の賢者』か?


「違う。別人だ」


 俺はリナに念話で尋ねると、リナは目の前の敵を斬り捨てながら端的に答える。


 んー? 『金沢の賢者』と『金沢の聖女』は後方でお留守番か?


 ――リナ、『金沢の賢者』か『金沢の聖女』が現れたら教えてくれ


「わかった」


 リナは配下のゴブリンを守りながら、一言で答えた。


 乱戦だな……。


 どの配下の視点に変更しても、スマートフォンの画面に映る景色は無数の人類と配下が争う乱戦だ。


 こうなってしまえば、俺の出る幕はない。配下の力を信じるだけだ。


 俺に出来ること――人類の行動を確認するために、戦況と地図を交互に確認していると……


 ――~♪


 スマートフォンの画面が切り替わり、着信を告げる電子音が流れた。


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