石川県の現状


「ったく、誰だよ……式典に酒を持ち込んだバカは……」


 式典から抜け出した俺は一人自室でぼやく。


「田村先生じゃないですかぁ?」


 ――!


 突然聞こえたカノンの声に俺は身体を震わせる。


「田村……先生?」

「はい。学校で先生をしているので、皆さん田村先生と呼んでいますよぉ」

「教師なら未成年も参加する場に酒を出すなよ……」

「ふふふ……お酒は幹部の皆さんからのリクエストなのですよぉ」

「ほぉ。幹部からのリクエストね……。具体的には?」


 俺は目を細めてカノンを視線で射貫く。


「え、えっとぉ……そ、それは……私も噂で聞いたと言いますかぁ……」


 ――俺の問い掛けに正確に答えよ! あと、スカートを捲し上げろ!


「え!? ちょ……!? 具体的には、タカハルさんとサラさんとヒビキさんとヤタロウさんとコテツさんとサブロウですぅ! 後半の命令は何故ですかぁぁああ!」


 スカート捲し上げながらカノンが首謀者の名前を告げる。


「俺に隠し事をしようとした罰だな。ってか、創造した配下の幹部以外ほぼ全員じゃねーか! その情報は本当なのか? タカハルたちはともかく、コテツもだと?」

「は、はい! 何でも親睦を深めるにはお酒が一番良いらしいですよぉ」


 俺はカノンの返事を聞いて頭を抱える。


「それで……カノンは何でここに――俺の部屋にいるんだよ」

「シオンさんが抜け出すのを見たので、尾行しましたぁ! えへへ」


 カノンはなぜか誇らしげに尾行した事実を答える。


「はぁ……まぁ、いいや」


 俺は盛大にため息をつくと、自室に用意していた椅子に腰を掛ける。


「それで、シオンさんはお部屋に戻って何をするんですかぁ? えっとぉ、参謀としては配下の皆さんと親交を深めるのも魔王としての重要な責務であると進言しますぅ」


 カノンがドヤ顔で俺へと進言する。


「落ち着いた頃に顔は出す。今は静かなところで考え事をしたい」

「あらら……それなら、私もお邪魔ですかぁ?」

「いや、せっかくだ……俺の考えを整理するのに丁度いい。少し付き合え」

「はぁい!」


 俺の言葉にカノンは嬉しそうに笑みを浮かべて、俺の肩に腰を下ろす。


「それで、何を考えるのですかぁ?」

「今後の戦略だな」

「と言うことはぁ……金沢市の人類に対しての戦略?」

「そうなるな。現在、金沢市の人類は金沢市の南部と白山市を統治しており、県南を統一した魔王カオルと一進一退の攻防を繰り広げている」

「ですねぇ。人類は魔王カオルの北上を防ぎ、魔王カオルは人類が支配領域を解放するのを防いでいますねぇ……。最後に金沢市の人類が支配領域を解放したのは、ネットの記録によると1ヶ月前。対して、魔王カオルが最後に統治したのも1ヶ月前ですねぇ」


 奇しくも金沢市の人類と魔王カオルの争いは均衡していた。今でも、互いに隙あらば領土を広げようと狙ってはいるが……小競り合いのみの小康状態となっている。互いに最大戦力を投入すれば、支配領域の解放或いは魔王による《統治》を果たすことは可能なのだが――


「均衡している理由は……」

「時期的に考えても、シオンさんの――アスター皇国の存在でしょうねぇ」


 俺の言葉にカノンが続く。


 小康状態に陥ったのは1ヶ月前。

 1ヶ月前に何が起きたのか? ――答えは、俺の県北統一だ。


 県北の統一を果たした今、次に俺が侵略する先は――金沢市南部。意表を突いて、富山県に進出という手もあるが……意表を突くメリットが見当たらない。


 富山県の人類や魔王を刺激するのは愚策だ。金沢市であれば《統治》しても敵対する組織に変化は生じない。


 それ故に、金沢市の人類と魔王カオルは俺の存在を警戒する。


 金沢市の人類からすれば全戦力を魔王カオルに投入することは、俺の《統治》を許す結果に繋がってしまう。人類から見れば、魔王カオルも俺も――等しく敵だ。能美郡を解放したとしても、金沢市南部が俺に統治されては意味がない。


 同様に魔王カオルも全戦力を投入して《統治》を仕掛けると、人類の主力部隊が防衛に回ってしまう。その隙を突いて、容易に俺が金沢市南部を《統治》するのは面白くないだろう。


 そして、俺自身も金沢市南部に《統治》を仕掛けると……人類の主力部隊が防衛に回ってしまう。その隙に、魔王カオルに白山市を《統治》されるのは面白くない。


 このように、三者三様の思惑が重なり合った結果が――今の小康状態だ。


「金沢市の人類か、魔王カオルが派手に争いを仕掛けてくれれば……楽なのになぁ」

「向こうも同じ事を考えていると思いますよぉ」

「だよな……。とは言え、このままの状態が続けば……他県の魔王に遅れを取ってしまう」

十三凶星ゾディアックは着々と支配領域を拡大していますねぇ」

「と言う訳で、一計を案じようと思う」

「ふふふ……シオンさんお得意の悪巧みですねぇ」


 カノンが悪巧みをする悪代官のような笑みを浮かべる。


「で、自称参謀よ。素敵な案はあるか?」

「な!? ここで私に振るのですかぁ……!?」

「参謀なんだろ?」

「はい! この稀代の軍師カノンにお任せあれぇ!」


 カノンは一瞬狼狽したが、気を取り直して胸を叩く。


「この状況に陥るのは初めてではありません!」

「ほぉ。と言うと?」

「今回の状況は……魔王カンタ、魔王アリサと対峙した状況と酷似しています!」

「ふむ。それで?」

「あの時も三者の思惑が入り乱れ……膠着する可能性がありました。しかし! 一計を案じ、見事に困難な状況を打破しましたぁ!」

「一計を案じたのは俺だけどな」


 俺の言葉をスルーして、カノンは得意気に話し続ける。


「魔王カオルの種族は――魔族種! つまり、今回はヤタロウさんを魔王カオルの配下に偽装させ……金沢市の人類を襲撃するのです! さすれば、金沢市の人類は魔王カオルへと復讐の刃を差し向けるでしょう! フッフッフ……いかがですかぁ?」


 カノンは不敵な笑みを浮かべ、期待に満ちた眼差しで俺を見る。


「おぉ!」


 俺は大袈裟に驚き、カノンに拍手を送る。


「こ、この反応は……」

「正解、その策は却下だな」


 無慈悲に告げられた俺の言葉にカノンは肩を落とすのであった。


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