珠洲市役所への侵攻⑦


  《統治》が完了するまでの残り時間は57分。


 耐えきれるか……?


 俺は固唾を飲みながら、スマートフォンに映し出された地図を眺める。


 今、俺に出来る最良の策は……


 俺はスマートフォンを操作してヒビキに電話を掛ける。


『ご主人様? どうされましたか? まさか……私は知らずの内に粗相を……!? さぁ、どうぞ私を罵って――』

「死ね!」


 今は1秒でも時間が惜しい。変態ヒビキとの通話を即切断し、タカハルに電話を掛ける。


『シオンか? どうした? ヒビキが『ありがとうございます!』と悶絶しているが、何かしたのか?』

「アホは放置だ。今居る場所に線を引け」

『線? こんな感じか?』

「見えないが、多分大丈夫だ。出来るだけ長い線を引いてくれ」

『了解』

「その線が――デッドラインだ。その線を越えさせないように戦え」

『あいよ』


 ――全配下に告げる。タカハルが今引いた線がデッドラインだ。各自、今から侵攻してくる人類に、その線を越えさせるな!


 ――リビングメイル各位は、線より10メートル先に防衛ラインを張れ!


 ――リリムとダークエルフは、遠距離攻撃の準備を!


 俺は矢継ぎ早に命令を飛ばす。


 防衛ラインを守る配下の数は500。30分もすれば、北側の偵察に出向いていたクロエたちとリナたちの部隊が、各々100の配下を引き連れて参戦となる。


 地図で確認する限り、東側以外からの侵攻はないと思うが……今回の《統治》は失敗が許されない。念の為に西南北の各地にも配下を100体ずつ配置した。


 俺が出来ることは、ここで状況を確認しながら指示を飛ばすだけ。俺はもどかしい現状に奥歯を強く噛みしめ、スマートフォンの画面を眺めるのであった。



 ◆



 地を揺らす数多の足音を共に、千を超える人類の群れが侵攻してきた。


 まだだ……。もう少し……。


 俺は、眷属の視線を借りたライブ映像と、全体像が表示された地図を交互に起動しながら、タイミングを図る。


 人類までの距離は約30メートル。頃合いか……!


 ――放て!


 俺の命令を受けたリリムとダークエルフの群れが、魔法と弓矢を侵攻してくる人類へと解き放つ。


 爆発音を打ち鳴らすリリムの放った魔法の数々、風切り音を奏でるダークエルフの放った無数の矢。そして、戦場に響き渡る人類たちの怒号。


 珠洲市の行方を左右する防衛戦の火蓋が切って落とされた。


 ――ヒビキ! 100体のリビングメイルと共に前線で敵を引き付けろ!


 ヒビキが100体のリビングメイルと共に前進。敵との距離が10メートルと差し迫ったところで、リビングメイルたちが派手に盾を打ち鳴らす。


 輪唱のように盾の音が鳴り響く戦場の中――黄金色の眩い光がリビングメイルの群れの中から漏れ出す。


「全ての攻撃を私は受け容れよう――生ある全ての存在よ、我が肉体に酔いしれん! ――《パーフェクトボディ》!」


 戦場に突如として舞い降りた一人の変態に全ての者が視線を奪われる。


「ったく、脱ぐのはえーよ……」

「きゃははっ! カインっち見て! あいつらの顔! マジウケル~」

「ひ、姫様、目の毒です!」


 すでに何度も行動を共にしているタカハルとサラは慣れているようだが、初見の人類にはかなりのインパクトを与えたようだ。


「ば、化け物だ……!」

「落ち着け! アレは変態だ!」

「変態だと……!? 俺たちはナニと戦っているのだ……」


 突如舞い降りた変態に戸惑う人類の群れに、タカハルが獰猛な笑みを浮かべながら突進する。


「ハッ! ナニと戦っているだって? 魔王様だよ! ――《飛燕脚》!」

「きゃはは! チームシオンみたいな? ――《ファイヤーブラスト》!」

「は? シオン帝国って言っただろうがっ! ――《崩拳》!」

「ご主人様……! 見てますか! 私を……この私の恥ずかしい姿をっ!」


 戸惑う人類にタカハルとサラが奇襲を仕掛け、ヒビキは順当に人類のヘイトを集める。


 ――タカハル! ヒビキ! 突出し過ぎるな!


 ――優先順位は眷属の存命! 次いで、デッドラインの死守だ!


「ハッ! 俺の命は俺自身が守る! うぉぉおおお!」

「こ、こいつは……宇ノ気の獣王!?」

「クソっ! ひ、怯むな……!」


 タカハルが魂を揺さぶるような咆哮と共に獣化。鬣を靡かせる威厳溢れる姿に、人類が震える。


「最優先は私の命……! つまり、それはご主人様の……愛! フォォォォオオ! 頑張るぴょん!」

「な……!? 変化しただと……!?」

「なんで……なんで……俺が初めて目にする本物のうさ耳がコイツなんだ……!?」


 ヒビキも獣化して、己の身体能力と変態性を高める。その姿に多くの人類が震える。


 縦横無尽に己の四肢を振るい人類をなぎ倒すタカハルと、謎のポージングを決めながらも、人類の攻撃を驚異的な回避能力で避け続けるヒビキ。


 《パーフェクトボディ》の衝撃も相まって、戦況は優勢になったと思われていたが……


「馬鹿者どもがっ! 落ち着かぬかっ!」

「「「はい!」」」

「数の利は我らにあり! 奴らを掃討するぞ!」

「「「はっ!」」」


 浮き足だった人類たちは『剣聖』の一喝で正気を取り戻すのであった。


 ――リビングメイルたちよ! 『剣聖』を取り囲め! 守りに徹して動きを封じ込めよ!


 俺は10体のリビングメイルに命令を下し、『剣聖』を取り囲む。


「小癪な! 肉体も持たぬブリキ風情が儂を止められると思うなっ!」


 『剣聖』は取り囲むリビングメイルに刀を振るう。リビングメイルたちは盾を構えた状態で『剣聖』を取り囲み、その動きを封じる。


「佐山様!」

「師匠!」


 周囲の人類が『剣聖』の助太刀に入ろうとするが、


「儂は大丈夫じゃ! 各々、目の前の敵を掃討するのじゃ! やつらの支配を阻止せよ!」


 『剣聖』は助太刀を断り、手にした刀で取り囲むリビングメイルを斬り伏せる。


 CP300を費やして創造したリビングメイルを1分で倒すのかよ……。


 残り時間は46分。

 46体のリビングメイルで『剣聖』の足止めが出来れば儲けものなのか?


 俺は化け物のような強さを誇る『剣聖』の存在に辟易とするのであった。


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