vs魔王ヤタロウ⑤


 某日5:42。日の出の刻。


「やれやれ、厄介な相手じゃのぉ」


 儂は強大な侵入者の様子をスマートフォンで観察しながら、ため息を吐く。


 金沢を制した凶悪な魔王――魔王シオンの軍勢は夜間に強行軍を決行。荒野へと姿を変えたばかりの支配領域には罠が仕掛けられていないことをあっさりと見破られ、こちらの動き――日の出と共に奇襲を仕掛けるのも露呈したのか、今は4階層と5階層を繋ぐ階段の前で万全の陣を敷いておった。


「相手は40を超える支配領域を抱える……金沢市の覇者じゃろ? かたや、儂はしがない7つ……いや2つ奪われて5つの支配領域しか持たぬ弱小勢力じゃ。もう少し、油断と言うか、王者としての戦い方があるじゃろ」


 『ラプラス』によれば、魔王が支配領域の外に出るにはレベルが10必要らしい。つまり、魔王シオンのレベルは10以上じゃ。しかも、配下は一騎当千。儂が苦労して引いたレアな配下を悉く倒しおった。装備しているアイテムも全て初見……恐らく、魔王シオンの錬成はBランクと推測出来る。儂が勝てる要素は――SSRの配下カエデくらいかのぉ?


「ん。お館様、大丈夫?」

「んー、ダメかもしれんのぉ」

「困った」

「困ったのぉ」


 カエデが苦渋の表情を浮かべる儂の身を案じる。


「さくっと、敵の首領を殺す?」

「可能か?」

「ん。100回試せば5回は成功する……と、思う」


 成功率は5%か。ガチャの排出率なら高い確率と言えるが……カエデの命と儂のセカンドライフをチップに賭けるには分が悪いのぉ。


「1日だけ様子を見るとするか……奴らが夜間しか動かないようであれば、明日仕掛ける」

「ん。了解」


 日没までおよそ12時間。奴らは半日もの時間をあの場で待機するじゃろうか? 待機するのであれば……勝率は下がるが、明日仕掛けるしかあるまい。


 儂は祈る気持ちで、スマートフォンに映し出された強大な侵略者を眺めるのであった。



 ◆



 翌日。日の出時刻。


 奴らは日中一歩も動かなんだ。日没と共に行動を開始し、今は7階層と8階層を繋ぐ階段の前を陣取っておる。


 儂に残された選択肢は2つ。


 一つは、全戦力を投入しての全面対決。奴ら24に対し、儂らは千近い配下がおる。勝率はどうじゃろう……? 儂とカエデの力も考えれば、五分五分? いや、今回の戦いには勝てるじゃろうが、最終的な勝負では負けるかのぉ。なんせ、奴らは撤退と言う選択肢があり、それを示唆する場所を陣取っておる。


 最悪の結末は、適度に儂の配下が殺され……奴の主力は撤退。そして、再度攻めて来る。


 泥沼のような持久戦となり、最後に個でも数でも劣る儂が負けるのは濃厚じゃ。


 勝機があるとすれば、乱戦の最中カエデが相手の大将――魔王シオンを討ち取るじゃな。


 一つは、降伏。『ラプラス』によれば、【真核】を差し出し、服従の意思を伝えれば、儂は配下共々魔王シオンの傘下に下ることが可能らしい。問題は、魔王シオンが降伏を受け入れるか? そして、降伏すると儂は魔王という身分が剥奪される。


 それが意味することは――《乱数創造ガチャ》が出来なくなる。


 儂の日課にして、生き甲斐である《乱数創造》が出来なくなるのは……かなりの痛手じゃ。


 折角見つけたセカンドライフの生き甲斐を奪われ、今では儂の孫のように……可愛がっておるSSR配下のカエデも奪われる。


 考えただけでも地獄じゃ。


 しかし、考えようによっては、降伏すればカエデの命も助かるのか……。


 カエデのようなSSR(すぺしゃるすぅぱぁれあ)な配下であれば、誰もが欲するであろう。それ程までにカエデの存在は……――!?


 それじゃ!? この作戦なら勝率はどうじゃ……? かなり高い気がするのぉ。


 儂がここまで生き長らえたのも、カエデの存在が大きい。ならば、儂の人生を左右する局面もカエデに託すのはありじゃな。


 一計を思い付いた儂は配下を引き連れて、戦場へと出向くのであった。



 ◆


 儂は《転移》にて主力の配下と共に、8階層と7階層を繋ぐ階段へと移動。《転移》に漏れた配下に対しても、8階層への移動を命じた。


 集結するのに要した時間は3時間。


 儂は千の配下を引き連れて、魔王シオンへと対峙した。


「たかだか24人の侵略者に対して、大層なお出迎えだな」


 太陽光対策じゃろうか? サングラスを装着した魔王シオンが、どこか台詞染みた口調で声を上げる。


「フォッフォッフォ。相手は金沢を制した凶悪な魔王じゃ。これでも、まだ足りぬよ」


 相手に気圧されたら、その時点で勝敗は決する。儂は精一杯の虚勢を張って答える。


 魔王シオンの軍勢は千の魔物に囲まれながらも、誰一人臆することなく武器を構える。


「魔王シオンよ! 儂から一つ提案じゃ」

「……何だ」


 少しの間を置き、魔王シオンが答える。


「主は《降伏》と言うのを知っておるか?」

「……知っているが、それがどうした?」

「フォッフォッフォ。主も《降伏》を知っておったとは、『ラプラス』の一員じゃったか」

「……」

「む? どうしたのじゃ? 儂も『ラプラス』の一員よ。何にせよ《降伏》を知っておったのなら話は早い」

「……。《降伏》を申し出たいのか?」


 魔王シオンが不敵に答える。


 と言うか、此奴頭の回転が早いと思っておったが、返答にいちいち時間を空けおる。熟考するタイプかのぉ?


「フォッフォッフォ。馬鹿を申せ。儂からの提案は……互いの配下を一人ずつ選出し、勝負を執り行う。敗者は勝者の魔王に《降伏》する。勝負する配下の命も大切じゃ。殺し合いまでいかなくとも、負けを認めるのもありとしよう」


「……」


 魔王シオンが押し黙る。


「どうじゃ? これなら、勝者は普通に戦うよりも多くの戦力を得られる。儂が言うのも何じゃが……儂の配下はレア物揃いぞ?」


 これこそが儂の秘策じゃ。これで、奴はSSR配下のカエデを手中に収めるチャンスを手にしたのじゃ。断れまい。SSR配下であるカエデの誘惑に勝てる存在など――


「断る!」


 ――!?


「よく聞こえなんだが、今何と――」

「断る!」

「なぜじゃ! 主にとっても願ったり叶ったりの誘いのはずじゃ!」

「は? ふ・ざ・け・る・な! そんなふざけた提案は強者が弱者に提示するものだ」


 魔王シオンは芝居染みた苛つく口調で答える。


「――!? き、貴様はこの軍勢が見えぬのか!」


「何も、ここで殲滅させる必要は無い。適度に殺して、撤退。体制を立て直し……それを繰り返す。そうすれば、確実にお前を滅ぼせる……とは言え、俺も鬼じゃない。貴様の命は助けてやるよ。そこの自慢の影鬼とセットで『配下にして下さい』と言わせてやるよ」


「ぐぬぬ……カエデが欲しいのなら儂の提案を受けぬかっ!」


「だ・か・ら……そんな提案を受け入れる必要は無い。今すぐ《降伏》をするなら、それ相応の扱いを約束するが?」


「巫山戯るな! 誰が《降伏》なぞするものかっ!」

「交渉は決裂だな」

「いちいち、間延びした話し方をしおって……滅ぶがよい!」


 こうして、儂の作戦は失敗。頭に血の上った儂は全面対決へと突入した。

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