vs魔王カンタ②


 シオンの支配領域を出発した翌日。


 私たちは金沢市の北部を支配する魔王カンタの支配領域に辿り着いた。


 魔王カンタの支配領域は、9つの支配領域から形成されていた。9つの支配領域の内、3つが森林タイプの支配領域、2つが都市タイプの支配領域、4つがダンジョンタイプの支配領域であった。


 ダンジョンタイプ以外の支配領域が拡張されるとどうなるのか? 答えは、ダンジョンタイプと同じで、第二層に続く階段が出現するだけであった。森林タイプ、都市タイプ、荒野タイプ、ダンジョンタイプ……名称はそれぞれあれど、結局は1階層を構成しているフィールドが違うだけで、中身は同じであった。




 私は、出発前にシオンから告げられた言葉を思い出す。


「リナ。今回の侵略は厳しい戦いになる。優先順位を誤るなよ」

「優先順位?」

「最優先すべきは、リナ、君の安否だ。次いで眷属の安否。他の配下の安否はどうでもいい」


 シオンが私に告げたこの言葉を、私はどのように受け止めればいいのだろうか? 私を気遣ってくれる優しい主と受け止めるべきか……配下――仲間を見殺しにする冷酷な主と受け止めるべきか。


 答えはきっとどちらでもないのだろう。


 考えるのは――命令を下すのはシオンの役割だ。ならば、私は配下としての役割を果たすとしよう。


「これより魔王カンタの支配領域への侵略を開始する!」


 私は仲間を……そして己を鼓舞しながら、鬼種がひしめく支配領域へと足を踏み入れたのであった。



 ◆



 鬱蒼とした木々が生い茂る森の中、アイアンを先頭に私たちは奥へと歩みを進める。


「「「ウキャッキャキャ!」」」


 木々の間から姿を現わしたのは、お腹が不自然に膨らんだ、全長70cm程の小型の鬼――餓鬼の群れ。


「俺たちを見て『食事だ♪』と、はしゃいでやがるぜ」


 私たちの中で唯一『言語(鬼種)』を習得している、レッドが餓鬼の言葉を通訳する。


「下等な鬼が舐めた口を」

「私を成長させる糧と考えれば~、あの子たちは私の食事かな~?」

「フッ。こいつらでは足しにもならなそうだな」


「先は長い。さっさと倒して進むぞ」


 獰猛な笑みを浮かべて、武器を構える仲間たち。私はダーインスレイブを構えて、一足先に餓鬼の群れへと突っ込んだ。


 愛剣――ダーインスレイブを振り下ろす。それだけで、餓鬼は土人形のように両断されてゆく。


「ウギィィィイイ!」


 側面から飛びついてきた餓鬼の噛み付きによる一撃を、腕に装備した手甲で受け止める。シオンから渡された手甲は頑丈で、餓鬼のギザギザとした不揃いの歯は私の腕には届かない。


 シオンとカノンは私を褒めてくれるが、凄いのは私じゃない。渡されたアイテムだった。


 剣道の師であるお祖父様の言葉を思い出す――『弘法筆を選ばず』


 私がその境地に達するのは、まだまだ先のことになりそうだと感じるのであった。



 1時間後。


 侵略状況は遅々としていた。要因は先程から絶え間なく襲い来る餓鬼の対処に追われていた為だ。無視して進むことも出来たが、シオンからの命令は――『敵を殲滅しながら進め』であった。餓鬼など経験値の足しにもならないが、シオンには何か考えがあるのだろう。私たちは粛々とシオンの命令に従い、襲い来る餓鬼たちを殲滅し続けるのであった。


 6時間後。


 ――撤退せよ。


 頭に突然響いた――シオンからの命令。私たちは魔王カンタの支配領域から撤退した。


 全員が支配領域の外へと撤退すると、私のスマートフォンが震え出す。


「もしもし」

『リナか。お疲れ。とりあえず、交代で休息を取ってくれ』

「いいのか?」

『あぁ。先は長い。ゆっくりと攻めようぜ』

「了解だ」

『休息中に魔王カンタの眷属が攻めて来たら……必ず返り討ちにしてくれ』

「逃がすなと?」

『そうだ。敵の戦力は可能な限り削りたいからな』

「了解だ」


 電話の発信者はシオンであった。シオンは言いたいことを言い終えると、一方的に電話を切断した。


 私はシオンからの指示を仲間達に伝え、交代で休息を取ることにしたのであった。


 3時間後。私たちは再び魔王カンタの支配領域へと侵入するのであった。



 ◆



 魔王カンタの支配領域への侵攻を開始してから6日目。


 私たちは侵攻を開始した初日から、6時間攻めて3時間休むと言うサイクルを繰り返していた。


 これは私たちのレベリングが目的なのか?


 私たちはシオンの意図も掴めぬまま、今日も襲い来る餓鬼を倒し続けた。


 いつまで、餓鬼を倒し続ければいいのだろうか?


 もはや作業と化した餓鬼の殲滅を続けていると――


「てめえら! やってくれたな!!」


 大気を震わせる怒声が響き渡る。


 ――!?


 怒声を発した主――身の丈が3メートルに迫る頭に角を生やした大男が、10体の鬼を引き連れて姿を現わした。


 ――撤退せよ!


 頭に響くシオンの指示。私は仲間と共に、即座に支配領域の出口を目指して疾駆した。


「逃がすかよっ! いけ! 絶対に逃がすんじゃねーぞ! ぶっ殺せ!!」


 殺意をまき散らし、怒号と共に追いかけてくる1人の大男と、10体の鬼。


 ――!?


 1体の配下――眷属ではないリビングメイルが、きびすを返して、1人盾を構えて11体の鬼と向かい合う。


 クッ!? シオンの命令か……。シオンは恐らく万全を期す為に、リビングメイルに殿しんがりを命じたのであろう。


 すまぬ……許せ……。


 背後からは鬼たちの怒声と、鉄がひしゃげる音が聞こえてくる。


 私は後ろを振り向かず、出口を目指して走り続けるのであった。


 1人の仲間を犠牲に、支配領域の外へと駆け出した私たちに次なる命令が下される。


 ――追撃してきた鬼を殲滅せよ!


 私は、息を整えてダーインスレイブを構えながら、現れるであろう敵に備える。


 ダクエルと3体のダークエルフが、淡く輝く矢――ルナティックアローを弓につがえて構えている。ルナティックアローはシオンの命令なしでの使用は許されない。つまりは、4人のダークエルフには個別にシオンからの命令が下ったのであろう。


 程なくして支配領域の入口から、次々と鬼が姿を現わした。


「クソがっ! クソがっ! 皆殺しだ! 1人残らずぶっ殺せっ!」


 支配領域の奥からは唯一外へ出られなかった存在――魔王カンタの荒れ狂う叫び声が聞こえてくる。


 シオンは何を仕掛けたのだろうか?


 魔王カンタの怒声が響く中、私たちは10体の鬼と対峙するのであった。 

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