説得


 右足を押さえて震える目の前の女性――『黒剣の勇者』は俺を鋭い視線で睨み付ける。


「聞こえなかったか? 『黒剣の勇者』様? 仲間は逃げたが、お前はどうする?」


「くっ……殺せっ!」


 くっころとか……お前は女騎士なのか? ってか、あれって相手はオーク=豚だよな?


 は?


「俺は吸血鬼だ!」


 思わず、怒声を上げてしまう。


「――!?」


 突然の俺の怒声に『黒剣の勇者』の身体がビクッと震える。


「っと、すまん。殺せ……? つまり、死にたいのか?」


「魔王よ。貴様は何が言いたいのだ」


 何が言いたい? 眷属になって欲しいと言いたい。


  俺は今後の活動――他の魔王が支配する支配領域への攻撃の為に、戦力になり得る眷属を欲していた。


 眷属はある種、配下だ。配下は俺に逆らえないのはカノンが実証してくれた。だからこそ俺は目の前の女性――『黒鉄の勇者』を戦力として純粋に欲していた。しかし、そのままストレートに伝えても、俺の望みは叶わないだろう。


「お前のその目は生きることを諦めていない。絶望と怒りに囚われたお前は、何を望んでいる? 自分を裏切った仲間への復讐か? 自分を捨てた仲間への復讐か? それとも――仲間を殺した俺への復讐か?」


 答えが前者なら最高だ。後者なら……違う説得を試みよう。


「魔王よ。貴様は何が言いたい? 私に何を言わせたい? 貴様たちは私たち人類を滅ぼすのが目的じゃないのか! ならば、早く殺せ! 殺して、目的を果たせばいい!」


 『黒剣の勇者』が放った言葉の意味を、考える。


 俺の目的? 人類を滅ぼすのが俺の目的? 黒幕が言うには、人類だけじゃなく、俺以外の魔王も滅ぼすのが目的となるが……。正確に言えば、それは俺の目的ではなく、黒幕の――『世界救済プロジェクト』の目的だ。


 俺の目的は生き延びること。出来れば、自由を謳歌しながら生き延びたい。


 まぁ、その目的を果たす手段として――人類を滅ぼすというのは否定しないが……。


「俺の目的は生き延びることだ。何か勘違いしてないか?」


「は? 貴様は何を言っている? 生き延びるのが目的だと! 多くの人の命を奪いながら、どの口が言うか!」


 『黒剣の勇者』が吠える。多くの人の命を奪いながら……うん。配下への殺人示唆を含めれば、100人以上は余裕で殺したな。


 とは言え、俺には反論がある。


「多くの人類の命を奪ったことを、否定はしない。但し、それは正当防衛だ」


「正当防衛だと?」


「そうだ。俺はある日を境に、支配領域の中に閉じ込められた。俺は支配領域の外に出ることは出来ない。そして、閉ざされた支配領域へ俺を殺しに、毎日人類が侵略してくる。俺は生き延びるために、侵略してくる人類を殺した。これは、正当防衛じゃないのか?」


「……」


 『黒鉄の勇者』は押し黙る。


「俺から人類の元へ出向いて殺したのではない、俺を殺しに来た人類を――生きるために、殺したのだ。俺には生きる権利すら与えられないのか? 『黒剣の勇者』よ。お前なら、どうしていた? 理由もわからずに殺しに来る敵へ……命を投げ出したのか?」


「そ、それは……私たちも生き延びるために……」


 『黒剣の勇者』の目の奥に迷いが見え始める。


 チャーンス!


 ――カノン、『黒剣の勇者』へ同情を誘え!


「えっ?」


 俺の命令を受けたカノンは体をビクッと震わせると、『黒剣の勇者』へと近づく。


「あ、あの~……私のことは覚えていますかぁ?」


 にへらと不器用な笑みを浮かべながら、カノンは『黒剣の勇者』に声を掛ける。


「――な!? 魔物が話した……!?」


 『黒剣の勇者』は日本語を話すカノンに驚く。


「えっとですねぇ……私は△△町の支配領域を支配していた元魔王ですぅ。覚えていませんかぁ?」


「――!? 私たちが侵略した……あの妖精の魔王? でも、姿が……」


「貴方たち……勇者に追い詰められた私は魔王であることを辞め、シオンさんに庇護を求めました。ゴブリンさん、コボルトさん、ウルフさんたちと幸せな暮らしをしていた日常は……貴方たちに壊されました」


 力ない声で、語りかけるようにカノンは言葉を紡ぐ。


「私たち魔王も、元は貴方たちと同じ――元々は人間です」

「――!?」


 カノンの言葉を聞いた、『黒剣の勇者』は驚愕で目を見開く。


 あれ? 人類って俺たち魔王が元人間って知らないのか? あぁ……全ての人類から記憶を消し去るってこういうことだよな。


 しかし、カノンは同情を誘うのが上手いな。可憐なピクシーの容姿も相まって、『黒剣の勇者』は陥落寸前じゃね?


「ある日、突然目が覚めたら魔王になっていて、支配領域に閉じ込められました。そこで、私たちは唯一の生物――貴方たちが魔物と蔑む生物とひっそりと生活をしていました。それはいけないことですか? 私は仲間である魔物の皆さんを助けるために、侵略してくる人類を殺しました……人間の法に当てはめるなら、それは罪でしょう。しかし、私はその行為に後悔はしていません。例え、私が元人間であったとしても」


「た、確かに倒した魔王も死ぬ間際に「同じ人間だろ?」と言っていた。しかし、それは見苦し命乞いと思っていたのに……」


 『黒剣の勇者』は誰に伝えることなく、消え入る声で呟く。


「今の俺たちが命乞いをしているように見えるか?」


「そ、それは……ならば、教えて欲しい。吸血鬼の魔王よ。貴方は私に何を言わせたいのだ。死に逝く私に何を望むのだ」


 『黒剣の勇者』は涙を流し、俺に問い掛ける。


 お!? 貴様から貴方へと呼び方が変わった。


 説得もいよいよ大詰めか? ここから伝える言葉が重要だな。嘘八百を並べて眷属に引き込むか……真実を話して誠意を見せるか。


「死に逝くつもりなら……死んだと思って生まれ変わらないか?」


 思考する時間を稼ぐために、軽いジャブのつもりでフランクな言葉を投げかけた。


「――?」


 言葉選びは失敗か。『黒剣の勇者』はキョトンとした顔を見せる。


 誠意を見せて信頼出来る眷属ルートを目指そう。嘘八百を並べて仲間にしても、真実を知った後のフォローは果てしない面倒を巻き起こす予感もするし……。失敗したら、次があるだろ。


 シンキングタイムは終了した。


 俺は、『黒剣の勇者』の説得に本腰を入れる。


「俺が君に望むのは――君だ」


「え?」


 『黒剣の勇者』の目に警戒の色が宿る。


 あれ? 何か失敗したか?


「シオンさんは『黒剣の勇者』のような女性が趣味だったんですねぇ。でも、突然告白するのは、どうなのでしょうかぁ?」


 カノンがジト目を俺に向ける。


 あれ? 言葉が上手く伝わっていない?


 俺は一度咳払いをして、先程の言葉を修正する。


「えっと、なんだ。俺が望むのは、『黒剣の勇者』である君を仲間に……違うな、配下として迎え入れたい」


「配下……?」


「そう。配下だ。配下と言っても、そこのカノン……えっと、そこの妖精な。そいつみたいな感じだ」


 ――カノン、俺を褒め称えろ!


「え、えっとぉ……シオンさんは、や、優しいですよぉ。頼めばお家もくれますし、自給自足に近い状態ですけどぉ……食べ物にも困りませんし。ちょっと、頭が回りすぎるけど……頼りにはなりますし……ただ、スカートを――」


 ――カノン、黙れ!


 魔王から配下への命令は絶対のはずなのに、褒め方に違和感を覚えたのは気のせいだろうか。カノンとは一度、話し合う必要がありそうだ。


「っと、まぁ、こんなフランクな関係だ」


「……」


 『黒剣の勇者』の目から警戒の色は消えない。


「正直に話すと、俺の配下になったら人類と戦う……殺し合う場面は必ず生じる。他にも、君には他の支配領域への侵略もお願いする予定だ。決して、安全な環境とは言えないだろう」


 俺は誠意を示して、デメリットを正直に話す。


「しかし――俺も俺の配下も君を背後から攻撃はしない。俺の配下は君を置いて、逃亡したりしない。これだけは約束しよう」


 全CPを費やした貴重な眷属。しかも、眷属化が困難な『黒剣の勇者』を捨てて、逃げることなど、配下に許すはずもない。俺は、誠意をもって真実を話す。


「――ッ!?」


 『黒剣の勇者』は表情を苦痛で歪ませる。


「どうだろうか? 俺を助けてくれない? 君が迫害したカノンを助けてくれないか? もし、助けてくれるなら――この杯に入った液体を全て飲み干して欲しい」


 俺は優しい口調で『黒剣の勇者』の前にしゃがみ込み、【血の杯】を手渡す。


「こ、これは……」


 『黒剣の勇者』は受け取った【血の杯】に視線を集中させる。


「但し、それを飲んだら後戻りは出来ない。君は俺の配下となり、人類の敵となる」


 全CPを込めて創造した【血の杯】を投げ捨てたら……眷属化は諦めて殺そう。そして、人類の眷属化もしばらく諦めよう。


「『黒剣の勇者』――どうする?」


 俺は、最後となる言葉を『黒剣の勇者』に告げたのであった。

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