外伝 カノン②
魔王になった私には、6k㎡の支配領域と、『世界救済プロジェクト』と言う名のアプリがインストールされたスマートフォンだけが残りました。
えっと……何をすればいいんだろ?
自宅にある自分の部屋。自分の匂いが染み込んだベッドの上に座り、スマートフォンを操作します。
取扱説明書はないのかな……?
私は取扱説明書を読むのが大好きです。中には、「え? あんな分厚いの読んでるの? バッカじゃない?」と文句を言う人も……イテテ。
脳に痛みが走ります。
あれ? あの台詞を言ったのは……イタタタタ。
ダメだ、思い出せない。思い出そうとすると、酷い頭痛に襲われます。
これが、あの少女の言っていた……全ての人々の記憶を消した効果なの?
思い出すのを諦め、再び説明書に思いを馳せます。
説明書……説明書はないのかなぁ。
私はいつもの癖で、スマートフォンの検索バーに『世界救済プロジェクト』と入力します。
検索結果は、宗教関係と思われる記事のみでした。
んー。ないなぁ。かなり古い機械でも、メーカーが説明書をPDF化して、ネット上にアップしているケースは多いのに、『世界救済プロジェクト』には、説明書がないみたい。
感覚で操作とか、好きじゃないのになぁ……。
私は愚痴を溢しながら、スマートフォンの画面に表示された『世界救済プロジェクト』のアプリをタップします。
『【世界救済プロジェクト】スタート☆ まずは、自分のステータスを知ろう。【ステータス】』
【ステータス】をタップします。
名前:カノン
適正:カオス
種族:魔王
LV:1
CP:100
肉体:E
魔力:E
知識:E
創造:E
錬成:E
BP:10
特殊能力:魔王
支配領域創造
配下創造
アイテム錬成
瞬間記憶
ステータス? 意味は社会的地位とか、身分だっけ?
でも、ちょっと違うよね?
あ!? あれだ! 中学生の頃、お小遣いが足りないけど……どうしても活字が読みたくて、無料のウェブ小説サイトを漁っているときに見た……ゲームの世界みたいな異世界物語……えーと、タイトルはなんだったかな? ジェネシスオンラインだったかな? あの小説に載ってた、ステータスだ。
あの小説に載ってたステータスとかなり違うけど、認識は合っているはず。
ステータスを一通り眺め終えたので、スマートフォンを操作すると――
『魔王のい・ろ・は☆
い! まずはBPを振って、能力を強化しよう!
ろ! 続いて支配領域を創造して、自分好みに仕上げよう!
は! 最後に支配領域を守る配下を創造しよう!
これで準備は完了だ! 激しい争いを繰り広げて、世界を救済してね!』
画面には、脳内で少女の声が再生される文章が表示されました。
これが説明書のつもりなのかな?
大雑把過ぎない? 海外製品の説明書でも、もう少し詳しく記載してあるよ。
私は軽い憤りを感じながら、スマートフォンを操作します。
すると、画面には【ステータス】【支配領域】【所持品】【配下】【支配領域創造】【配下創造】【アイテム錬成】【BP消費】【スペシャル】とラベルの付いたアイコンが表示されます。
どの項目も意味不明です。説明書! 説明書を下さい!
私は、とりあえず目に付いた【スペシャル】と言う項目をタップします。
『スペシャルサービス☆ どのような質問でも、一つだけお答えします』
待望の説明書……じゃないかぁ。
1つ……1つだけなのかぁ。
説明書を下さい! ←これは質問じゃないよね?
説明書はどこですか? 答えが『存在しません』とか、あり得るよね?
私は悩みました。質問したい内容は1つじゃ納まりません。全てが知りたいのです。
中途半端に質問をしても、新たな疑問が生まれるだけだよね?
うーん……うーん……。『世界救済プロジェクト』でしょ……。
あ!?
私は大きな1つの疑問が生じました。
私はスマートフォンを操作して、疑問を入力します。
――『この世界って救済する必要があるのですか?』
そもそも滅亡に至る原因のほぼ全てが人間です。
そんな理不尽な世界を、理不尽な人間が創り上げた世界を――救済する必要があるのでしょうか?
しばらくすると、スマートフォンの画面に答えが返ってきました。
『マーベラス! 最高の質問です! ボーナスとしてBPを10ポイント贈呈します』
……え?
何これ……。
そして、スマートフォンには私の投げかけた質問の答えが表示されます。
『このコワレタ世界を救済する必要があるのか……貴方の目で確認して下さい。大丈夫。貴方の【カオス】適正は最高です。貴方なら、確認出来るでしょう。そして、このコワレタ世界を救済するのか、破壊するのか、ご自身でお決め下さい』
論点のすり替え? 結局、答えは私に投げっぱなしなの?
私の投げかけた質問は、理不尽な解答で返ってきたのでした。
◆
とりあえず、何をしよう?
説明書と呼ぶには、余りに幼稚な『魔王のい・ろ・は☆』に従いましょうか。
私の経験則では、古今東西、全ての事柄はマニュアルに従った方が、良い結果を生みます。マニュアルとは、叡智と幾重もの経験を元に、最適解を示した結果なのです。
と言う訳で、BPを振り分ければいいのかなぁ?
困りました……。どれに振り分ければいいのかなぁ?
肉体、魔力、知識、創造、錬成。どれも、重要そうに感じます。
とりあえず、1ずつ振って、変わった点を確認してから、有意義な項目にBPを振るのがいいのかな?
私は上から順番に1ポイントずつ、振り分けました。
――?
ステータスの画面に変化が生じません。正確には、ある1つの項目が変化しています。
その項目とは、BPです。20あったBPが15に減少しています。
つまり、BPは振れてるってことだよね?
私は、再度上から順番に1ポイントずつ振り分けようと、肉体の項目をタップします。
あ!?
BPは15から14へと減少し、肉体の値がE→Dへと変化しました。
そして、身体に変化を感じます。
何て言えばいいんだろ……軽くなった? 力が
これが、肉体の変化?
続いて、魔力の項目をタップします。
BPは14から13へと減少し、魔力の値がE→Dへと変化。更には、特殊能力の欄に【アースジャベリン】が追加されました。
……魔法?
私は、【アースジャベリン】と言う単語を聞いたことはありません。魔法を使った事も勿論ありません。でも、なぜか、本能で私は【アースジャベリン】の使い方が理解出来ます。
私は窓から外を眺め、誰もいない道路に意識を集中させます。
そして、右手を差し出し、念じます。
――アースジャベリン!
意識を集中させた先の地面が震え、尖った土の塊が隆起しました。
「わわわ!?」
土煙が収まると、そこには無残に破壊されたアスファルトの欠片が散らばっていました。
これが、魔力の変化?
出来れば、もう少し華やかな魔法が良かったなぁ……って、地味な私には土属性がお似合いかな……あはは……。
私は自室で、自虐的な乾いた笑い声を漏らしました。
えっと、次は知識だね。
私は【知識】の項目をタップします。
BPは13から12へと減少し、知識の値がE→Dへと変化。
――!?
私は、自分の身に起きた現象に歓喜します。
説明書はあったんだ!
知識がE→Dへと変化した瞬間、私の頭に無数の知識が流れ込んだのです。
紙媒体でも、電子媒体でもなく、頭の中に直接ダウンロードするって言う、乱暴なやり方だけど……説明書は確かに存在したのでした。
今の私は様々な事が知り得ています。
1+1の答えが2であると知っているように、水の沸点が100℃と知っているように、1185年に鎌倉幕府が設立したのを知っているように……まるで、学習したように様々な『世界救済プロジェクト』に関する知識を得ました。
肉体のステータスとは、腕力、耐久、敏捷、反応が反映された値。知識のステータスとは、造詣の深さを表した値。また、知識が成長すると多種族の言語が理解出来る。スライムとは、ランクFのモンスター。低俗な魔物の残滓。肌を焦がす程度の溶解液を扱える。物理に強く、魔法に弱い。ステータスの値E→Dへ成長させるには、BPが2必要。D→Cに成長させるには5必要。C→Bに成長させるには……あれ? これはわからないや。
所々、分からない事もありますが、まだ見たこともない、聞いたこともないモンスターの情報などの知識も得たのです。
つまり、知識は説明書?
私は、知識にBPを全て振り分けるべきか、真剣に悩みます。
残りのBPは12。そして、創造と錬成にBPを1ずつ振ってます。
このままでは、創造と錬成に振ったBPが無駄になってしまいます。
私は創造と錬成にBPを1づつ振り分け、知識にBPを5振り分けました。
結果として、創造と錬成はE→Dへと成長。知識はD→Cへと成長し、更に多くの知識を得ることが出来ました。
新たに得た知識で、C→Bへ成長させる為に必要なBPは10であることを知りました。
私の残りBP5。そしてレベルが上がって得られるBPは5。
つまり、私はレベルを2に上げれば知識がBへと成長するのです。
私は、何も知らない真っ暗闇の状況から、一筋の光を見出したのでした。
――この時は、この選択がもたらす結末を知り得もしませんでした。
名前:カノン
適正:カオス
種族:魔王
LV:1
CP:100
肉体:D
魔力:D
知識:C
創造:D
錬成:D
BP:5
特殊能力:魔王
支配領域創造
配下創造
アイテム錬成
瞬間記憶
アースジャベリン
言語(亜人種A)
言語(亜人種B)
念話(獣)
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