毟り取る男、富賀河透流 4

 富賀河ふかがが通されたのは、手前にクローゼット、その少し奥にベッド、その向かいにカウンターテーブルとテレビ、さらに奥に何やら扉がある、ビジネスホテルの一室のような、手狭てぜまな部屋だった。


「こんな部屋なわけ?」


 豪華なゲストルームを期待していた富賀河は、非難の色をにじませて声を上げていた。


「すみません。粗末な部屋で……。あちら、シャワールームになっていますので」


 そう言って剣ヶ峰つるぎがみねは部屋の奥を指し示した。奥のドアはシャワールームに繋がるものだったらしい。


「トイレはこの、向かいのドアを開けたところにあります」

「男女別なんだよ! プライバシー、プライバシー!」


――家の中で男女別のトイレだ? 余計なところに金使ってないで、この部屋どうにかしろよ……。


「では、ボクはいったんおいとまします。夕食の準備ができたらお呼びしますので……」

「ああ、そう言えば……ネット、繋がるんだよな? この家ン中なら」


 あ、そうですね、と思い出した素振りを見せると、剣ヶ峰はメモ帳を取り出して、WiFiワイファイ接続のためのSSIDとパスを書きつけて富賀河に渡した。


「どうぞ、これで。では失礼しますね」

「おう」


 ペコリ、と二人揃ってお辞儀をすると、剣ヶ峰と安芸島あきしまは入ってきたドアから退室していった。

 すぐさまドア越しに、安芸島のキャッキャと笑う声が聞こえる。二人きりになってまたイチャつきだしたのだろう、と富賀河には推測がついた。


――胸クソわりぃな。


 富賀河は靴を脱ぎ散らかしながらベッドに近づく。


「こんな狭ッ苦しい部屋でムダにふかふかのカーペット敷きやがって……」


 ドンッ、とベッドに身を横たえると、富賀河は枕元のリモコンを取り、テレビの電源を入れた。


『……とのことです。続いてのニュースです』


「おっ。日本語のテレビやってんじゃん」


 画面内では一目でアジア人と判る女性が、テーブルにひとり掛けてカメラに顔を向けている。流れてくる音声は、富賀河をどこか安心させる日本語。画面右半分にはニュースのトピックリストが並ぶ。

 何気なしに画面を眺めていた富賀河は、そのリスト上、トピックのひとつに目が止まった。


「『アプリ規制法の施行』……『』だと?」


 上から二番目にあるトピック。それは大いに富賀河の関心を引いた。

 トピック位置からすると、今現在アナウンサーが読み上げているインフルエンザの話題の次になるようだった。


『続いては、アプリ規制法の延期に関するニュースです』


 ほどなく、規制法延期トピックの順が回ってきた。


『「電子ソフトの個人間取引に関する規制法」、通称「アプリ規制法」ですが、この規制で最も影響を受けると思われる「ダウト」アプリの運営事業者が、当初施行が予定されていた二月一日にアプリの変更対応が間に合わないとの申告を関係各局にしました……』


 ここで、画面が政治家か役人であろう、富賀河が見たこともない中年男性のインタビュー画像に切り替わる。


『え~……規制法は、アプリの運営会社からの申し出を受けまして、急きょ、急きょではありますが、施行開始を一日延ばし、翌二月二日より施行とするよう、調整をしているところであります』


 富賀河はスマホを取り出し、時間を見る。


【一月三十日 十六時二十分(EST)】


「時差が十四時間か……。日本は一月三十一日の六時ちょいかな。ホント直前だな」


 富賀河はテレビから目を離し、完全にベッドに倒れこんで仰向けた。


「どうせなら中止しちまえよ。そんなクソ法律はよぉ……」


 言いながら、富賀河はスマホを顔の上に持ってくる。SNSやメールメッセージの確認をしようと思ったのだ。

 剣ヶ峰から受け取っていた紙片を取り出し、WiFi接続の設定をした――のだが。


「繋がんねえじゃねえか……」


 もう一度設定しなおしてみるが、やはりステータスバーのアンテナマークは「接続済み」にならない。


「ふざけやがって……」


 富賀河はベッドから起き上がると、部屋の入り口に向かって早足で歩いていく。その勢いのまま少し重いドアを開けると、首だけをドア枠から出し、大声で叫んだ。


「おい! おい!」


 ……。

 誰も、何の音も、富賀河の呼び掛けに応じない。


「おい、剣ヶ峰サン! おい……コラ!」


 ひときわ大きな声を出すが、やはり、何の応答もない。


「クソがッ!」


 富賀河は室内に首を引っこめると、怒りをぶつけるように勢いよくドアを閉めた。

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