後日談/1-③
西区に住んでいる鍛冶屋一家、ドワーフにして祖父のドゥーヴルと、ヒューマンにして孫娘であるウェルダは現在、引っ越し作業の真っ最中であった。
とは簡単に言うが、彼らの稼業は鍛冶。それに使う道具の量は計り知れず、また簡単に持ち運びができないもの、運搬不可能なものも多く存在する。
それでも彼らに引っ越しを決意させたのは、西区での商売が立ちいかなくなってしまったからだ。
自分たちと懇意にしてくれていた商会はすでになく、あとから声をかけてきたキナ臭さが尋常ではなかった商会も、結局は取り潰しにあっている。よって、物を作るにも素材の購入が困難になったり、作れたとしても販売するには自力でどうにかしなければならない。
「めんどくさい話じゃのう……」
「けどお祖父ちゃん、いくらドワーフの腕があっても、無理なものは無理だよ」
ドワーフは石工や
同業者が自分が作った物よりも優れた物を作れば、ムキになって考えなしに素材を揃え原料をやたらと消費して上回りに行くし、飲食店など始めようものなら、自分が経営している店の食糧を自分で漁り、酒を煽る。自分が飲めないのになんであやつらは酒飲んどるんじゃ、という理論である。
これについては、ドワーフ自身が種族単位で理解している。そのため商売は、それができる種族に完全に依存しているというわけだ。
「それにさ、これを機会に中央樹に行けるんだから良かったんだよ。それにひょっとしたら、あの人たちとまた会えるかもしれないじゃん」
先日、ついに開催を宣言された星降り祭。地区巡りにやってきた遥かなる星界からの旅人を一目見ようと、渋る祖父を連れて見に行ったあの日ほど、ウェルダが驚いた瞬間はなかった。地区巡りの最終地区、西区にやってきた旅人たちのなかに、なんと見知った顔がいるではないか。
他にも知らない人が三人ほど増えていた。気難しそうな女の人とか(すごい怖そう)、やたらと仕事が出来そうな男の人とか(美形だった)、男の子の格好をした女の子とか(そういう文化?)と一緒になって、みんなに向かって手を振っていた。
自分と目が合った月夜が、笑って笑顔を向けてくれたのがちょっと嬉しかった。ウェルダの周りにいた人間は、自分に手を振ってくれたんだと騒いでいたが。
「あんの小僧か……」
宗一郎が打った刀を見たあの日から、ドゥーヴルは鍛冶作業に没頭していた。しかし原料である鉄や鉄鉱石はだんだん仕入れられなくなり、こうして鍛冶工房を畳まなければならない事態に陥ってしまった。
「でも誰なんだろうね、うちを雇いたいっていう人」
突如送られてきた手紙には、ドゥーヴル氏の腕を評価した結果、こちらで雇いたいという旨が書かれていた。一応手紙のやり取りをしてみた結果、中央樹に家と仕事場を用意すると返信された。後日、やたらと仕立ての良い服を着た人たちがやってきて、引っ越し費用の立替等をしてくれたのである。
新たな雇い主はレイナードと書いてあったが、そんな商会の名前は聞いたこともない。
依頼先は冒険者協会。依頼内容は引っ越し作業のお手伝い。依頼階級は青錫級。
そんなわけで本日引っ越しと相成ったドゥーヴルとウェルダは、引越しの手伝いに来てくれる青錫級冒険者たちが来るまでの間に、できるだけ荷物をまとめていたというわけだ。
「あ、来た来た」
時計は持っていないが、感覚的には依頼通りの時間帯。少し入り組んでいる道の向こう側から、冒険者らしき数人の人間が馬に荷車を牽かせてやってきた。
人数は四人。そして全員が……女性である。
明るい茶色の長い髪を腰より下まで伸ばした、ちょっと童顔でなんか巨乳な女性。
すごく背が高く、キリッとした表情の女性。
金髪の長い髪をツインテールにした、自分と同じか少し年下くらいの可愛い女の子。
短めの髪型がよく似合っていて、儚い、というよりは気弱な感じがする女の子。
新しく姿を見せた女性冒険者たちは、そんな感じで構成されていた。男手が一人もいないのがちょっとだけ不安になる。
「あ、やっぱりドゥーヴルさんとウェルダちゃんだ」
「はえ?」
茶髪の長い髪の女性が、いかにも自分たちを知っている風な口調で話しかけてくる。ウェルダはもちろん知らない。義祖父のドゥーヴルに視線で質問しても、知らぬと首を振るばかり。
「あ、そうだよね。ちょっと待ってね。……と、お庭借りなきゃ」
ごめんごめん、と茶髪の童顔美少女が庭に移動してから、左手首に装着した腕輪を人差し指でピンと弾く。ほかの人間も倣うようにして、同じように左手首に装着した腕輪を弾く。
すると、全員が一瞬だけ魔力の渦に飲み込まれ、それが散った直後には、抱いた印象は同じなのにまるで別人になっていた。
ドゥーヴルとウェルダは、同時に驚きで目をむく。そこに立っていたのは、つい先日の地区巡りで見たはずの、遥かなる星界からの旅人だったのだから。
「こんにちはウェルダちゃん。それにドゥーヴルさんも、お久しぶり」
「な、なんじゃ、主ゃらだったんか……」
「あ、あなたたちだったの……」
四人のうち三人の正体を二人が認めたところで、再び腕輪を弾く一同。すぐさま、先ほど姿に戻る。どうやら姿を偽装しているらしい。
「でも、なんでそんなまどろっこしい真似なんてしてるのよ? 普通の姿で堂々と来ればいいんじゃ……ってそうか、もう見た目はみんなに知られちゃってるんだもんね」
「そういうこと」
「まあ、それなら納得だけど。アイツも含めて、あと二人も男の人がいたでしょ? そっちは?」
「別のお仕事中。今日は階級を上げるための実績積むのも兼ねて、みんなで来てるんだ」
「階級? じゃあ、どこか旅立つわけ?」
「いますぐってわけじゃないけど、その下準備も兼ねてね」
「そっか」
不思議なもので、パーツはどこもそれほど変わっていないというのに、抱く印象が少し変わるだけでここまで別人に見えるものらしい。
「ところで、うちは大きい荷物が多いし、重いやつも多いわよ? 女だけで大丈夫なわけ?」
なんとなく感じた寂しい気持ちを誤魔化すために、ウェルダは話を変える。
実際、女手だけで運びきれるような気がしない。まだ売れていない鉄器具や武器、鉄盾などの防具もかなりまとめてあるし、二人の私物も数多い。もちろん、鍛冶道具も運べるものはすべて荷物になっている。
その荷物群は庭にまとめて置いてあった。荷馬車が来たときに積み込みやすくなるように、というウェルダの配慮からである。
「うん、大丈夫だよ。リサちゃん、お願い」
「は、はい」
一瞬だけ金髪から銀髪紅眼になった女の子だ。どこから取り出したのか、年季の入った木製の大きな魔法の杖を取り出したその少女が、杖を構えて何かの名前を唱える。
「【
かん、と杖の先で地面を叩く。
軽快な音とともに、柔らかな緑色の光が庭に出された荷物を包んでいく。
「これで大丈夫。持ってみて」
「魔法?」
うん、と頷く月夜。
実は魔法を見たことがないウェルダは、半信半疑で自分にとっては少し重かった荷物を手に取ってみる。
「うわっ、わっ!?」
あまりに軽くなっていたため、勢いをつけて持ち上げようとしていたウェルダは、そのまま勢い余って後ろに転び尻餅をつきそうになる。
「すごい……。普通に持ち上げようと思ったら腰を痛めちゃいそうなくらいの重さだったのに、金槌の頭よりも軽いなんて……」
「これなら安心して運べるよ。途中で魔法が切れたら馬がびっくりしちゃうから、持ち上げて荷馬車に置いたら魔法が切れるようになってるよ。そのときには気を付けてね」
「わ、分かった」
ウェルダが魔法を見たことがなかったのは、客層が違っているからだ。
ドゥーヴルの打つ武器は基本的に、金属由来の白兵戦に向いたものばかり。エルフやハーフリングが作るような自然物素材に由来する武装はまず作らない。ドゥーヴルは作る武器に付与魔法を使うこともないタイプのドワーフだったので、やはり魔法を見る機会にはまったく恵まれていなかった。
もちろんウェルダは魔法の存在自体はちゃんと知ってはいるが、それよりも鍛冶技術に興味が注がれていたので、彼女自身も魔法に歩み寄ることがなかったのである。
そうして引っ越し作業が始まった。
「ご老人。奥にあるタンスはいいのか?」
「タンス? ……ああ、ひょっとして服箱のことか? ありゃいいんじゃ。服なんざ三つもありゃあ着回しもできるでな」
「――そうか、ではこちらで運んでおこう」
「あん?」
すたすたと一直線にタンスに向かった有雨は、中身をぶちまけないように角度にだけ気を付けながら、あっさりと割と大きなタンスを持ち上げてみせた。縁志が語ったあの姿そのままである。
力自慢なところがあるドワーフでさえ、その重さに運搬は面倒だと思ったものをあっさりと持ち上げるヒューマンの女。
いったいナニモンじゃい、と思った直後に、遥かなる星界からの旅人であることを思い出すドゥーヴル。彼らは本当に反則の塊なのだった。
「えっと、ウェルダちゃん、だっけ。こっちの荷物はちょっと荷馬車から溢れちゃうかもだから、一度、僕の荷物入れに入れて運んじゃってもいいかな?」
「べ、別に運ばれて恥ずかしい物じゃないからいいけど……その、あなたに持てるの?」
「う、うん。これくらいなら僕でも大丈夫。それにセンパイと作ったインベントリもあるからね」
「いんべんとり?」
遥香が持とうとしているウェルダの私物は、彼女がこっそり集めたり作ってもらったりした鍛冶道具である。アンビルだとかトングだとかが収納されているため、かなり重い。
重さを軽減する魔法をかけられていると言っても、すぐさま切れるようになっているのでは彼女では文字通り、荷が重すぎるのではないだろうか。
ウェルダのそんな心配をよそに、遥香はベルトに装着していたポーチにウェルダの私物が入った木箱をすぽんと収納し、そのまま次の作業を始めてしまった。
「……なんか、遥かなる星界からの旅人って本当になんでもありなのね……」
明らかにポーチの口と突っ込んだ荷物の大きさが合っていない。そのでたらめさに、ウェルダは伝承が本当のことだったということを肌で実感するはめになった。
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