終話-③



 昼食を終えた一同は、午後のうららかな、という割には大樹の中なのに妙に当たりの強い陽射しにさらされつつ一服している。

 全員分の食器をまとめ、木製のカートに綺麗にまとめながら収納していく月夜。


「それで、半年後にこの国を出ることは確定だとして。大導師保管書庫省っていうのがある書導大国ドクトゥスにどういうルートで行くのか、暫定的にでも決めておかない?」


 片付けを終えた月夜が席に着きながら、改まった様子で提案する。

 女神フィオルネフェルトから世界地図を受け取りはしたものの、まだ一度しか目を通していない。次に向かう最大の目的地は間違いなく書導大国ドクトゥスだが、マグナパテルに隣り合った国というわけでもない。


「それもそうだな」


 と、地図を預かっていた縁志が、腰のポーチから貰い受けた地図を取り出してテーブルに広げる。


「マグナパテルはここで、ドクトゥスは……結構離れてるんだね」


 大樹国家マグナパテルは、地球の地図でいうところの欧州側にある。そして目的とする書導大国ドクトゥスは、マグナパテルからは遠く東に位置する国だった。仮にこの星が地球と同程度だとしても、移動するには最低でも車、できれば飛行機を使いたいと思える距離である。車だとしても、当然大半は舗装済であることが前提となる。


「仮に自動車があったとしても、一秒たりとも休まず止まらず運転して、それでも三日以上はかかる距離だな。私と縁志は運転免許を持ってはいるが、それはあくまでもコンクリートで舗装されている道路を走行することを前提とした、普通自動車免許でしかない。だがここで求められているのは、クロスカントリーラリーのような過酷なレースじみたものだろう。無理がある」


 場合によっては死者が出ることもある過酷なラリーレイドに例える有雨。宗一郎らは今日まで、この世界でコンクリート舗装を見たことはない。よって質の良し悪しはあっても、街道のほどんとはオフロードだ。しかも魔物まで出現する可能性を考慮すると、彼女の例えはそれほど遠くはない。


「しかも途中には、かなり高い山だったり砂漠だったりと、過酷な自然環境も揃い踏み。本当に車なんかを用意したとしても、その都度整備する必要があるし、環境対策も整えなきゃだよな。しかも車だけじゃなくて、俺たち自身の環境対策も用意しないとか」


 できなくもないけど手間はすげえなと呟く宗一郎。できるのか、と思わず言いたくなるが、本題はそこじゃないので必死で流す縁志たち。

 有雨が示した三日以上、というのは直線移動かつ最速で移動し続けた場合の数字だ。宗一郎があとから付け足したように過酷な自然環境までも考慮すると、その数字を実現できるわけがない。


「しかも、途中にあるいくつかの国も素通りですもんね、これ。どこにシンボルがあるのかも分からないのに、ちょっともったいないような気がする」


 遥香の指摘通り、マグナパテルからドクトゥスまでの間に二つか三つは国がある。国としての規模はそれぞれといった感じだが、素通りしてドクトゥスに入り、大導師保管書庫省で調べた結果逆走するはめになった、では少々間抜けが過ぎる。


「ならやっぱり、最低でも道中にある国は回っておきたいところだよね」

「そうなるな。しかしそれだと、今度は別の問題が浮かび上がるわけだ」

「別の問題?」

「ああ。どういうルートを使ってドクトゥスを目指すか、だな。この地図を見る限りでも、北回り、東へまっすぐ、そして南回りの三つのルートが見受けられる」


 北回りのルートは国が多く森林地帯が広がっていて安全度は高いが、最も遠回りになるルート。

 東へまっすぐのルートは、国の数はそこそこだが山岳地帯が多い。上下への移動も増えることから、まっすぐイコール最速ルート、というわけでもない。

 南回りのルートは、大きな砂漠を通ることとなる。国境こそ定められてはいるものの、どこまで自治が届いているのかは定かではない。だが一度南下を終えてしまえば、あとはドクトゥスに向かって文字通りまっすぐ東に進めばよい、というルート。


「一長一短がすごすぎる」

「どれ選んでもって感じだよね」


 宗一郎と月夜が呆れ交じりに出した感想を、誰も否定できないでいる。


「どうせいまはまだ暫定だし、消去法で行こう。まず北ルート」

「冬明けの出発を目指してるからね。まだ雪が多く残ってそうだし、結局、時間が一番かかりそうなルートだから、現時点では見送りでいいんじゃないかな?」

「オッケー。次、東ルートは?」

「山岳地帯だからなあ。平坦な場所なら雪も解けちゃいるだろうが、山に入ればまだ残っている可能性はあるんじゃないか?」

「けど、寄り道できそうな場所も結構ありますよね、これ」

「うーむ……」


 南東へ延びる形で、海岸線が続いているところもある。その先には大き目の島が記載されていることから、確かに寄り道し甲斐のあるルートでもあった。


「……一応保留ってことで。そんじゃ最後に南ルート」

「道中の七から八割が砂漠だな。オフロード仕様で、かつ六人以上が同時に乗れる移動手段を構築できるなら通れるだろうが、通れるだけとも言える。だが、こちらの環境を完璧に整えられるのなら最速となるな」


 要求仕様が難し過ぎる。

 まず絶対に馬車は無理。馬が死んで、その日の夕食が豪華になるだけだ。しかも水分や飼葉の用意もしなければならない。

 砂漠に入る直前にも街はあるだろうから、そこで馬を売り払って砂漠という環境に強く荷駄の運搬も可能な、強靭な動物を探すことも視野に入れなければならない。砂漠が形成されているのなら、この世界にも地球でいうところのラクダに近しい動物がいるだろう、という考えである。

 仮にラクダに相当する動物を入手できたとしても、それ以前に砂漠の環境に耐えられ、踏破することが可能な乗り物を作らねばならない。


「いやあ、見事に悩ましいなこれ」


 どのルートも、なにかしら苦労をさせられそうなものばかりが揃っている。最も安全そうな北回りも、道としては最大級の遠回り。なかなか選択するにも困るラインナップである。


「究極を言えば、最終的にドクトゥスに到着できればそれでいいんだけどな。ただ、あまりにのんびりかつ遠回りし過ぎるのも、それはそれでってなるのが悩ましいところだ」


 頭を掻きながら、今回悩んでいる部分を指摘する縁志。

 長期戦になるのだから、必要以上に慌てる必要はない。だが、だからと言って必要以上にのんびりと構えるのもどうか、ということになってしまう。極端な話、半年後に旅に出発して、最大の目的地である書導大国ドクトゥスに到着したのは十年後、というのは勘弁願いたい。


「仮にそんな環境を整えきろうと思ったら、そういう付与魔導のために色んな触媒を用意しないとだな。まあそっちができたとしても、装備その他を考えないと駄目だけど」

「つまり、現時点ではあまり現実的ではない、ということだな。なら、いまは東ルートを前提にして準備を進めていくのがいいだろうな。予備ルートとして北回りも想定しておくのもいいだろう」


 了解、と返事して、宗一郎は手作り鉛筆でメモをしていく。タイトルは東ルートに必要そうなもの。そのままで実に分かりやすい。

 以降はそこに必要になったものを書き足していくらしい。


「ま、将来的にどうなるかはまだ分からないしな。半年あるなら、三ヶ月後くらいを目処にしてもう一度話し合おう。そのころになれば、少しは話が違ってもいるだろ」

「そうだね。予定変更になる可能性だって充分あるわけだから、今から全部決めてもしょうがないよ」


 まずは確実に必要になるものを。

 レイナードから入っている便利グッズの注文の品を作り終えたら、すぐさまそちらの製造に手を付けられるようにと、一同はテラスから屋敷の中に戻りながら、雑談ついでにリストアップしていく。


「……なんかこれ見てると、ちゃんとした準備をしてから旅立とうと思ったら確かに冬前には間に合わねえわ。やっぱトールのおっさんが言ってたのは間違いない感じ」

「やっぱり宗一郎くん、かなり忙しくなっちゃうよね」


 疲労が重なりそうな宗一郎を、月夜はいまから心配している。せめて体力が付くようにと、月夜は得意の調理技術で宗一郎を支援しようと、ひそかに心に決めるのだった。


「うん。明日からも頑張ろう」


 自分に対する決意。

 思わず言葉にしてしまったことで、全員からも応答を貰う。

 少しだけ気恥ずかしくなりながらも、月夜を始めとして、その場にいる全員が明日からもまた頑張っていくことを決意するのだった。

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