第十二話-⑥

 突如テーブルの上に出現する、非常に高品質な羊皮紙。両手で左右に広げてみれば、中に描かれていたのは……素直に受け取るのであれば、この世界の地形、だった。


「……これは?」


 羊皮紙を手に取って開いた縁志が問う。

 紙自体は一枚しかないので、宗一郎たちも席を立って縁志の横から覗き込んでいる。

 大陸の輪郭などははっきりと描かれているし、おそらくはこの世界にある国の領土も線引きされている。国名や首都と思われる都市の名称、地域名まで記されていた。これが精緻なものなのか、それとも大雑把なものなのかは判別がつかないが。

 どことなく絵画を思わせるタッチなので、高い確率で後者だと考えられる。


『〈この世界の全体図、つまり世界地図ですね。図柄自体はこの世界で描かれたものを拝借していますが、その紙自体は特別製です。地図の右下を見てみてください〉』


 言われた通りに、世界地図の右下に向かって視線を滑らせる。そこには、矢印と十字架を融合させたかのような記号がひとつ、朱色に光っている。宗一郎が所持している十二宮、人馬宮サジタリウスのシンボルだった。


『〈その光っている記号が、現在皆様が所持しているゾディアック・シンボルです。いまは他の記号の部分は暗くなっていますが、近づけば光り始める仕組みです。徐々に明るくなっていく、という感じですね〉』

「……なるほど、これを使って探し出せばいい、ということですね」


 形としては非常に大雑把だが、それでもかなり前進したと言える。なにも分からないところから手探りで始めていくよりは、間違いなく参考にできる資料があるというのは大きい。

 そしてもうひとつの指針である書導大国ドクトゥスのことも合わせて考えれば、これからやるべきことも見えてくるし、そのための準備も始められるというものだ。


『〈次に、地図に記されているマグナパテルの図柄に指で触れてみてください〉』


 指示に従い、やたらと目立つ柱の図柄に触れる。


「わっ!」

「絵柄が変わった!」


 世界全体を示す絵柄が消え、一瞬だけ無地となった羊皮紙の表面に滲みだすように、別の絵柄が浮かぶ。巨大な柱の絵……宝王大樹マグナパテルを中心に、大樹を囲む四つの台地。血管のように縦横無尽に走る線はおそらく、主要な街道だろう。家のようなものが並んでいる記号はいくつか種類がある。台地の上にある記号が幾つもの家が並んでいるが、台地以外の場所に記されている家が並ぶ記号は規模が小さい。見るからに、都市から村落までを分けているのだろう。

 東区台地からさらに東へ伸びる街道から少し外れた場所にも、小さな家の記号。と、花畑のような記号も隣に並んでいる。


「……これがリサの故郷の村、かな」

「そうみたい」


 綺麗な薄紫色の花の記号によって、村の記号が包まれている。ほぼ間違いなく、ラベンダー畑のことだろう。

 もちろん地図のほかの場所にも村落を示す記号はあるが、色で染められているのはリサの故郷の村だけ。この差異になんの意味があるのか分からず、フィオルネフェルトを見る。


『〈今しがた見ていただいた通り、それはただの世界地図ではありません。国ごと、地域ごとに縮尺を変更できるという仕組みが施されています。世界地図であれば大雑把にでも記されていますが、初めて足を踏み入れる場所については、まったくなにも描かれていない、真っ白な状態になります。新たな場所を記すには、インクが必要になるのです〉』


 ある意味で、至極もっともなことを言う。

 確かに地図に何かを書き足すのであれば、インクは必要不可欠である。言われてみればその通りで返す言葉もないのだが、ここまで便利な機能を持たせておいて、そんな基本的なところを要求してくるのか、と思わずにはいられない一同。


『〈その地図に何かを書き足していく場合、それに適した魔法インクを調合する必要があります。色が必要であればそちらも。色を使った場合の結果として、今回はリサの故郷であるラヴァンドラ村をこの天葉域の庭園にある色素を使い塗りました。ここから出て以降は、ご自身でインクを調達、もしくは調合なさってください〉』

「ああ……なるほど。了解っす」


 地図に触れ、紙とインクの様子を眺めた宗一郎は頷きながら解析している。

 インクの出来、つまり品質が高ければ高いほど、地図にはより詳細な情報が記載される、という仕組みなのだと宗一郎はこの時点で看破していた。

 シャーペンだのボールペンだの、そういった便利な文房具はこの世界にはない。

 鉛筆や植物紙はその気になれば作れるが、インクのほうが有利である場合もある。今回の世界地図もインクのほうが利便性は上だろう。どのみち、製造や魔導文字筆記の際にもインクを要求されることは多々あるので、調合すること自体はまったく問題はない、と宗一郎は判断した。

 すぐさま地図の仕組みとインクの必要性を看破した宗一郎に微笑むフィオルネフェルト。製造に関することになると変化する宗一郎の目つきは、女神にとっては好ましいものであるようだ。


『〈それと、最後に。宗一郎さまが所持なさっている人馬宮のシンボルですが、内包されている強化効果は健在ですし、付与されているスキルも問題なく使えます。人馬宮サジタリウスであれば、移動に困ることはないでしょう〉』


 人馬宮サジタリウスの十二宮には確かに、ひとつだけとあるスキルが封入されていた。そのスキルを使えば移動に困らないということも確かである。

 幸い、他のスキルと競合することもなく併用可能だし、これからの旅路で間違いなく役に立つものだ。


『〈リサもこれまでの話はすべて聞いていますし、わたくしから補足もしておりますので、事態はきちんと理解しています。それにこの天葉域にいる間ほどではありませんが、リサがいればわたくしが降りられることもあるでしょう。いつでも、と言えないのが少々残念ですが〉』

「いえ、とても心強く、ありがたい配慮です。感謝します、フィオルネフェルト様」


 縁志が代表して感謝の意を伝え、宗一郎たちも倣って一礼する。

 フィオルネフェルトは笑顔をもって返答とし、そのままリサへの憑依を解く。

 新たな目的を得た一同は気持ちを新たにしながら、最後に天葉域での景色を存分に楽しんでいった。

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