第十二話-③
「それで、問題のほうはもう大丈夫なんですか?」
既知の技術を、まるで世紀の大発明のように扱われても居心地が悪い。よって宗一郎は露骨に話題を変えた。
「うむ。おまえたちの旅の支援については、以降も継続してレイナードに任せることとなった。余にまで上がっている報告となると、例の薬物はほぼ完全に根絶できたとのことらしい。有用な死体については錬金術ギルドが確保・保管しているが、そこは徹底的にかつ厳重な管理をすることとして保管を認めた。流出したら厳罰に処すことを前提にしてな」
厳罰の内容については、あえて誰も触れないでいる。知らないほうが幸せになれる類の情報だと瞬時に察したのだ。
「リッジウェイ商会については、財産をすべて没収した上で取り潰しとなった。関連する商会については精査中の部分もあるが、いずれにせよ似たような結果に終わるだろう。余から伝えられるのはこの程度になるので、そなたらに関わる詳細については、あとでレイナードから聞くがよい」
「分かりました」
「それと、『原初たる心神会』という宗教組織についてだが、どうやらかつてはマグナパテルにも地下組織として存在していたようだ。そちらも詳細はレイナードに説明させるが、我が国においては歴代の遥かなる星界からの旅人がすでに壊滅させていたらしい。そこまでは追えたが、すぐさま調べられる範囲ではこの程度が限界であった。残りは市井の図書館と、あとは王城書庫を自由に調べるがよい。禁書庫には気を付けるように」
『原初たる心神会』とは、老人が死ぬ間際に残した単語だ。軽く調べてもらっていたが、宗教組織として存在している、と分かっただけでも現時点では大きな収穫だろう。
「もしも王城書庫でも情報が足りぬとなったら、あとは世界最大の蔵書量を誇る、書導大国ドクトゥスにある、大導師保管書庫省に行くのが確実であろうな。……と、余からはこんなところか」
思いのほか、重要な情報を提供してもらったことになる。確かに、動いているのが宗一郎ら六人だけであったら、この程度の情報を得ることでさえ、もう少し時間をかけていただろうことは容易に想像できる。王家から後方支援を受けられる、というのはかなり心強いことなのだと、ようやく実感した形である。
「さて、あまり席を空けていると大臣どもがうるさいのでな。余はこの辺りで失礼する」
「あっはい、どうもありがとうございました」
「なに、この程度は容易いことよ。それでは、またな」
うっすら不穏な別れの挨拶だったが、宗一郎たちはあえて気付かぬふりをして、退室していくエグウィル王を見送る。
なんとなく妙な沈黙に包まれる。ず、と茶を飲む音だけが響く空間は、異様なまでに気まずいものがあった。
「……とにかく、そういうことだ。国王から直接の感謝、と考えると色々と面倒だろうが、そこはもう割り切って受け取ってほしい」
「うす、了解……」
要するに、深く考えると泥沼に陥る案件だということだ。レイナードの言う通り、あまり考えないほうが得策だろう。
「それと、私からはもうひとつ。リサ、
「え。あ、はい。そうですね、えっと――」
唐突に話を振られ、リサはしどろもどろになってしまう。
だが、変化はすぐに起きた。
「……そう、ですね。時間はあまり関係ないので、入る時期自体は、いつでも構わないと思います。ただ、あまりにも遅れると良くないかもしれないので……」
「分かった、感謝する。なに、押しはするだろうが、季節が幾つも巡るほどというわけでもないから、心配しなくていい」
「はい。それでしたら問題ないです」
今度こそ宗一郎の気のせいではなく、リサの瞳はいま、間違いなく金色に変じている。それがどういう意味を持つのかを知っているのか、レイナードは特に慌てる様子は見せなかった。
「……時期が押すってのは?」
「ああ。星降り祭の開催時期そのものが押し気味でな。謁見も終わったことだし、まず先に旅人の地区巡りを済ませたほうがいいだろう、という話になっているんだ」
「……色々終わっても忙しいな」
「すまないが、どうにか乗り越えてくれ。これらが終われば、晴れておまえたちは自由に行動できる」
「まあ、チュートリアルだと思えばいいか」
「その言葉の意味は分からんが、それで納得してもらえると助かる」
なかなかタイトなスケジュールではあるが、こなせば少しは楽になる。そんな未来が来ることを信じて、次の試練である昼食会へと挑むために、心を決める宗一郎たちだった。
◆
星降り祭が開催されてから、少し経つ。
宗一郎たちが最も疲弊した催し物はやはり、貴族たちとの夜会と、そして見世物と化す地区巡りだった。内容は本当にパレードじみたもので、豪華な馬車に学校の制服で乗り込み、別に何かを成したわけでもないのに、とにかく盛大に出迎えてくれる民衆たちに向かって手を振るという作業。
「西区で、ドゥーヴルさんとウェルダちゃんがぽかんとした顔でこっち見てたのが見えたよ」
とは月夜の談。
一度くらいは顔を拝んでやろう、程度の気持ちだったに違いない。それがまさか、主役がすでに知った顔だったとしたらそれはもう驚くこと間違いなしだ。
とにかく、宗一郎たちが各地区の台地を回り挨拶し、最後に中央樹の「うろ」にある大きな広場で縁志が代表して挨拶をして、星降り祭の開催を宣言した、というのが一連の流れだった。
よって現在、街はどこも活況である。
どういうテンションの上がり方をしたのか、街自体は存在していない北区でさえも、現在は冒険者が集まって大層な賑わいを見せている、という話まで聞こえてきていた。
そのようにマグナパテルが盛り上がっている中で、宗一郎たちは現在、マグナパテル王宮内部にある、一部の関係者にしか知られていない特殊通路に続く入り口の前にいた。
今回も彼らの格好は、この世界にとっての異世界、つまり地球は日本での普通の格好とされる衣服を身にまとっている。
要するに今回も、学校の制服とかスーツ。
リサは、先日行われた謁見式で着用していた装束である。
「この扉より先は、王族であっても立ち入りを禁止されている。よってここから先はどうなっているのか、我々でも分からん。心配はないと思うが、一応気を付けて行けよ」
マグナパテル王族の役目のひとつが、遥かなる星界からの旅人たちをこの扉まで案内すること、であるらしい。自分がその役目を仰せつかるとはな、とこぼしたレイナードは、少しだけ誇らしげでもあった。
「……防寒具とか用意しときゃ良かったかな」
現在位置は、宝王大樹の中でも人類が活動できる最上層。この時点でもかなりの肌寒さを感じさせるのだが、ここよりも上に登るとなると、かなりの防寒対策を要求される気がした。
「いえ、大丈夫ですよ。わたしも天葉域に入るのは初めてですけど、中はそれなりに暖かいはずですから」
と、リサが断言する。
ここにきて
「では、参りましょう」
大きさはほどほどで、それなりに装飾が施された扉にリサが触れれば、扉に触れた彼女の手のひらから光が波紋状に広がっていく。そのまま、固く閉ざされていた二枚の門扉は、誰の力も借りずに勝手に内側に向かって開いていった。
互いに顔を見合わせていく日本人一行。
ある意味で、ここからが彼らにとっての本番なのだった。
「……じゃ、じゃあ、行こうか」
「……うん」
なぜかセンターに立たされていた宗一郎が音頭を取り、隣にいる月夜が返答する。レイナードに見送られる形で、一行はリサの先導に従って門の向こう側にある道へと踏み出した。
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