第八話-②
◇
「それらしき組織を発見した」
宗一郎の部屋を訪ねてきたレイナードは、全員が集まっていることを確認した直後に、その言葉を口にした。
「近頃になって、僅かにではあるが勢力を伸ばしている商会がある。名をリッジウェイ商会。表に出している数字に勢いはあるものの、古くからある他の商会を敵に回すほどではない。……が、顧客にずいぶんと偏りが見られる」
「冒険者ばっかり?」
「ああ、まさにな。協会を通じて正式な依頼を通している部分もあるが、どうやら、裏では非合法なものを扱っているようだ」
リッジウェイ商会は最近になって、主に冒険者に需要のある商品を扱うようになってから成功者の側に立つようになった商会である。
扱う商品はどれもが無難。二級品の武具を中心にして、割合は少なめだが消耗品も取り扱うようになった。
路線変更しても、商売としての油断はなかったらしい。方向性を変えた直後にしては、割としっかり調べて品揃えを変えて対応している、とのことである。
「そこ一ヶ所に絞り切ってんの?」
「いや。他にも幾つか怪しいと睨んでいる候補はある。が、私の手の者だけでそれを調べ上げるには手が足りない。そこで済まないのだが、おまえたちの手を借りたい、というわけだ」
「なるほどな」
客人の手を借りねばならないというのは業腹だが。などと簡単に言語化できそうなほどに、レイナード本人としては不本意な願いを立てているらしい。
その気持ちをありがたく思いつつも、宗一郎たちはこの問題をさっさと解決したい、ということで意見を一致させている。
彼らの最大の目標は、日本への帰還。
現状では完全に寄り道でしかないが、これを解決しておかねば帰還手段を探すための行動すら満足に取れない状況なのだ。
冗談だと思いたいところだが悲しいことに、今回起こっている事件のせいで、宗一郎たちは手掛かりを探すための行動さえ封殺されていると言っても過言ではない。
そんな現状を打破するために、宗一郎たちは積極的に手を貸しているのだ。
レイナード側もそれを承知の上で助力を乞うているのだから、歯噛みする思いだろう。
「一応聞くんだけど、そこが怪しいと思った根拠は?」
「おまえたちに任せようと思っている商会の最大の問題点は、西区の有力な職人を秘密裏に買収している点だ。これにより東区に流入するはずだった有力な製品が種類問わず、まず一度このリッジウェイ商会一ヶ所に握られる仕組みが形成されていることにある」
「……ウェルダとドゥーヴルのおっさんが言ってた話はこれか」
「なんだ、知っていたのか?」
「や、触りだけ。詳細はほとんど知らない」
特にドゥーヴルはリッジウェイ商会を正面から毛嫌いしていた。ドワーフならではらしい妙な言い回しをしていたが、リッジウェイ商会の世話になるならば今の状態のほうがマシだと叫んでいたのである。
当時の宗一郎はその物言いからなんとなく、ロクでもない商売をしているのだろうと勝手に想像していた。
まさか本当にロクでもないことをしているとは思わなかったわけだが。なるほど実直な面が強いドワーフ相手だと、なにかしら拒絶したくなる面が強く出ていたのだろう。
「それ、すぐに表沙汰になりそうですけど」
月夜が全員の気持ちを代弁するが、レイナードは首を左右に振る。
「それが、ならなかった。どこからそんな資金を調達しているのかは現在調査中だが、西区の老舗商会にそれなりの額を上納金と称して支払っているらしい。むしろ、リッジウェイ商会の売り上げが伸びるほど上納金の額が増加していくからか、最近はむしろ手を貸しているところもある、という報告も上がってきている」
想像以上に詳細な調査報告で、想定以上に面倒なことをしでかしているらしいことが分かった。ドゥーヴルが毛嫌いするのもなんとなく理解できるというものである。
「そのリッジウェイ商会以外で怪しいと踏んでいるところは、どういった理由で?」
「最近、西区の端のほうにある廃街という退廃地区のさらに奥で、妙な事件が起こっている。どうにも要領を得ないのだが、人が獣と化しているという事件が多発しているんだそうだ。その事件が多発している地域には、とある老舗商会が牛耳っている麓との直通路が存在する、という噂がある。廃街も麓にあるため、関連性は高いと睨んでいる」
「獣化?」
「そちらについての詳細はまだ分からん。ただ報告書を読む限りでは、人間が突如、獣化現象を起こしてしまうようだ。問題なのは、その獣化現象に妙な薬品が関係している可能性がある、という報告が上がっていることだ」
「ああ、なるほど……」
確かに面倒で、しかし見て見ぬふりはできない案件である。
宗一郎が『根』で戦闘した冒険者二名の血液サンプルを錬金術活用で調査したところ、検出されたセルクアッドという猛毒には特殊な加工が施されていることが判明していた。
感情の制御が極めて困難となり、強い興奮状態となり感情の発露が極めて大きくなるという厄介な猛毒がセルクアッドである。
これに施されていた特殊加工とは、感情制御の不能と強い興奮状態に加え、発露される感情が憎悪、憤怒といったマイナス方向に強い威力を示すものだけに限定されているというものだった。もしもこの毒に犯されてしまった場合、黒鉄上位の冒険者といえど貫通されてしまえば暴徒と化すことは間違いない。
もしも、何の訓練もしておらず毒耐性を獲得していない一般人がこれを吸収した場合、最低でも精神崩壊を起こすだろうと予測できる。
宗一郎の判断はそういったものだった。
関連性は大いに高いだろう。
国家の治安も担う王家としては、これを見過ごす理由はない。
問題は二点。ひとつは、事件発生場所が退廃地区であり、ある種の治外法権と化していること。もうひとつは、その地域をひとつの商会が陣取っていることだ。
「確かにスラム街であるなら、商会にとってはこれ以上ないほど便利な場所でしょうね。犯罪行為を担わせるにはうってつけの人材が山ほどいる、というわけですから」
縁志がある意味で真理を突く。
その老舗商会とやらが、そんな退廃地区をわざわざ抱え込んでいる最大の理由はそれだろう。
レイナードもその点を懸念しているらしく、重々しく頷いてみせる。
「私が使える手駒の数はそう多くはない。他にも任務を与えている以上、限られた駒で調べるしかなくてな……」
「確かにそれなら、俺たちにお鉢が回ってくんのはしゃーないわなあ。んで、俺らはどっちで、なにをすればいいん?」
「おまえたちに担当してもらいたいのはリッジウェイ商会のほうだ。主な目的は監視。内部に侵入して決定的な証拠を掴めれば言うことはないが、こちらについては無理に強行する必要はない」
「殿下、そこでひとつ許可を頂きたい」
ここまでの話で、壁に背を預け黙していた有雨が声に毅然さを乗せて声を発した。全員が有雨に注目するが、彼女はまったく怯むことなく一直線にレイナードを見据えている。
「なんだ?」
「場合によっては、戦闘に発展する可能性があるでしょう。その際、リッジウェイ商会を物理的に破壊してしまう可能性がある。そのために事前に許可が欲しい」
物騒なことを言い出す有雨に、宗一郎らは思わず互いを見合う。
「黒幕、とまでは言いませんが、近しい人間がいる可能性は否定できない。不意の遭遇戦となった場合、周囲になんらかの被害は出てしまうでしょう。もちろん、なにもなければそれが最良ですが」
「……ユウは、そうなる可能性がある、と考えているわけか」
「確定ではありませんが」
しかし有雨の瞳は、戦闘に発展する可能性が非常に高いことを雄弁に語っている。
直立不動で真っ直ぐに王太子を見据える彼女の胆力に怯える周囲の人間たち。
そんな有雨の眼力にまったく怯まないレイナードも大したものだと観客たちは考えるが、そういったやり取りはもう少し一般人がいない場所でやってほしい、などと声なき声で訴える高校生組プラス成人一名。だが、声にしていないので当然その意思が届くことはなかった。
さらに数分が経過。
熟考を終えたらしいレイナードは、改めて有雨と視線を交差させてから神妙に頷いてみせた。
「分かった、許可しよう。こちら側からあえて付け足す条件があるとすれば、無理をするな、といったものくらいか。強いて言えばやり過ぎるなとも言えるかもしれんが、それこそ言うだけ無駄か」
「……ご理解頂けて何よりです」
許可を得た有雨は、再び壁に背を預け話を聞くだけの体勢に戻った。
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