第8話 パンチラされても嬉しくないっ!
「アカリちゃん、凄いですね」
水瀬の素直な感想だった。
「何であんなに落ち着いていられるんですか……」
「だねぇ……、むしろウチらスタッフの方がピリピリしてる感じだもんね」
先ほどからトラップ班はモニターを凝視するように集中して見ており、トラップを発現させるタイミングを常に見計らっていた。
というのも人体を切断するほどの高出力のレーザーは出しっぱなしに出来ないのである。
なぜなら常時発現させると壁面や床が焦げてしまい、映像として美しくないし、万が一にもそれをアカリに当てる訳にもいかないからである。
そのために、さっきの場面でも、魔法少女的な若者がダッシュした際に、手動でレーザーのスイッチを入れて、タイミング良く若者をところてん状態にしたのである。
「ちなみに、何で最初にアカリちゃんは歌ったんですか?」
「あれはただの曲の宣伝だね……。せっかくの人形テーマだからってだけで、特に深い意味は無いよ。マネージャーが先週くらいに私に突然電話してきて、ロンリードールを歌いたいって言ってきたから、まぁ何となくオープニング感も出るし、良いでしょ」
「あ、そうなんですか」
そんなことを私が水瀬と話している間もトラップ班は、残りのアンダー3人がいつどんな行動を取るのかを集中して見ていた。
しかし、思った以上に、デスゲームではあまり勝手に動かない方が良いという認識がアンダーの間にあったのか、それとも『今から人形です』というアカリの言葉がちゃんと通じたのか、3人はアカリの方を向くばかりで、特に行動は起こさなかった。
「いやー、でも、本当にあのアンダーの前で服を脱いで、誘って殺すとはねぇ……」
「ですねぇ……」
私も水瀬もアカリの手腕に感服していた。
アンダーを殺す具体的な手順や方法を詰めているときだった。
アカリが『最初にステージ衣装から着替えますから、服を脱いだ私に欲情して、それで突進してきたアンダーを殺します』という方法を提案してきたときは本当に驚いた。
まず現役のアイドルが後ろ姿とはいえ、自分から『脱ぐ』ということを提案してきたことに驚いたし、それでアンダーを欲情させるという発想がアイドル本人から出てくるのも驚いたし、そしてアンダーの行動をコントロールして実際に実現するのも本当に驚いた。
私もモニター越しにアカリの後姿を見ていたが、確かに、アカリの黒くて丸いくりくりとした瞳に、不思議と吸い寄せられる感覚があった。
私は女性であるにもかかわらず、しかも、モニター越しであっても、不思議な引力を感じたので、男性が直接あの瞳を見てしまったならば、思わず駆け出したくなるのも無理は無いと感じられた。
私は現役アイドルの恐ろしさを改めて実感した。
「あの“ところてん“で掴みはオッケーなんだけど……」
と私は水瀬に言いつつ、モニター越しにアカリの様子を観察していた。
「……、うっわ……。これはえっぐいっすね……」
「そうだね……」
私は水瀬と共に、思わず感想を漏らした。
***
黒いショート丈のワンピースに着替えたアカリは、こちらに振り返ると、ぐるりと人形の群れを観察していた。
目の前には先ほどまでアンダーだった肉塊が転がって、血と消化器の臭い匂いが部屋中に立ち込めているにもかかわらず、それには一片の関心も持っていないようだった。
一方で、瞳の奥には相変わらず黒い炎が宿っており、無表情ではあったが、どうやら脳内で色々な計画をシミュレーションしているように見えた。
――どうやって貴方達を殺しましょうか?
アカリの脳内の声が聞こえてくるようである。
すると、唐突に近くにあった2頭身モンスターのデフォルメされたぬいぐるみを手に取り、アカリが1人で喋り始めた。
「やほー、ラムダー! 久しぶり」
――うん、久しぶりだね! 相変わらずアカリは可愛いね!
アイドルの渾身のモンスターの声真似だった。
頑張ってそのモンスターのような低い声を出そうとしていたが、正直あまり似ていなかった。
それでもアイドルが一生懸命頑張る姿というのはとてもキュートである。
自分で自分のことを『相変わらず可愛い』と言うところも流石はアイドルといったところか。
「えへへ、ありがとーラムダー。ラムダも格好いいね!」
――そんなことないよー。でも今日は僕と遊んでくれるんだね!
「……、うん、そうだけど、何か問題でも……?」
――いや別に問題というか、アカリ、また人形を増やしてて、僕と遊んでくれる時間が……。
アカリの顔が怒りに豹変していった。
すると唐突にそのモンスターのぬいぐるみの顔を首から引きちぎった。
ぶちっ、という音と共に、二頭身モンスターが頭と胴体に分離した。
ぬいぐるみの首の部分の綿が飛び出し、縫い目は悲惨にもブチブチと破かれていた。
そうしてアカリはそのモンスターの頭部を、目の前にあるアンダーの肉塊へと叩きつけた。
「ウッセーんだよ! 私が誰と遊ぼうと勝手だろが!」
アカリは一人芝居の末に人形に対して自分勝手にキレていた。
口調まで豹変していた。
普段のゆるふわとは真逆のキレ方だった。
普段ならこんな一人芝居は支離滅裂なヤバい奴だと思われて終わるのだが、ことデスゲームの収録中にこんな奇行をされたら、それはつまり『次に私の機嫌を損ねた奴は、首を吹き飛ばすから覚悟をしておけよ』という意味に他ならない。
流石にここまでやられたら、他のアンダーも気づくようで、冒険者風のアンダーがごくりと唾を飲み込んだ。
俺も冷や汗が止まらなかった。
こんな理不尽は無いだろ……、と神様を呪った。
すると、唐突にアカリがアンダーの1人であるミニスカメイド風の男に近づいた。
相変わらずゆるふわな雰囲気はまとっていたものの、目は全く笑っておらず、その口元は楽しそうにわずかに歪んでいた。
「やほー、フジサワー! 久しぶり」
「……う……、うん! 久しぶりだね! 相変わらずアカリはかわ」
「ウルセェな! テメェは人形だろうが、勝手に人形が喋り出すんじゃねぇよ!」
さっきのアカリと人形とのやりとりを思い出し、それに従ってミニスカメイド風の男は会話をしようとしたが、アカリは人格が変わったかのように唐突にキレ出した。
まさに理不尽の権化である。
そしてそのまま、アカリは唐突にどこからともなく巨大なホッチキスを取り出して、こう優しい声音で通告した。
「黙ってられないダメ人形は口を閉じないといけませんねぇ」
黒い炎がアカリの瞳の中で燃え盛っていた。
アカリは勢いよくミニスカメイドの両唇を上下からむんずと掴み、そしてそのままホッチキスで両唇を大きく挟んだ上で、ホッチキスを勢いよく閉じた。
ばちん、という気の抜けた音と共に、針が上唇から下唇に貫通して刺さった。
下唇にもぎ到達し、その先端が折り曲げられているように見えた。
「んんー! ンンー!!」
ミニスカメイドが呻き声を上げた。
しかしそれに対してもアカリは「だから勝手に人形が喋ってはいけませんよー」とゆるふわの雰囲気のまま優しく言って、ホッチキスを左右にずらした上で、ばちん、ばちん、ばちんと何度も何度も唇に重ねていった。
そうしてようやくばちんと綴じられながらも、黙っていられたところで、ようやくアカリはにっこりと満足したように、ホッチキスを唇から離した。
ようやく終わったとアンダーが泣き顔のままホッとした瞬間、最後にホッチキスの針が何本も刺さった唇に膝蹴りを食らわせた上で、そのアンダーから距離をとった。
もちろんパンチラ付きである。全くありがたみがない。
蹴られたミニスカメイドはあまりの痛みにのたうち回っていたが、もはや呻き声をあげることはなかった。
アンダーの口は裂けて血だらけだったが、一応裂けたことで口を開くことは出来るようだった。
そして膝蹴りをしたアカリの膝にもべったりと血がついていた。
アカリはその血を見ると、面倒そうな表情を浮かべて、その男のメイド服で血を拭った。
そして、次なるターゲットを見定めるために、アカリは部屋の中をぐるぐると歩いて回った。
足の踏み場も無いくらい人形に溢れていたが、人形を適当に蹴り飛ばしつつ、足場を作っていた。
そして蹴られるたび、アカリに一番近かった人形がポーンとどこかへと飛ばされていく。
まるで次に蹴られるのはお前達だ、と言っているようだった。
しばらくすると、アカリはRPGゲームの冒険者風の格好をしているおじいさんの目の前に立った。
そして緩くウェーブがかったショートボブの髪を軽く左右に揺らしながらこう言った。
「サートーシーさん、遊びましょー」
アカリは笑顔だった。
しかしどこまでも底の見えない笑顔で、恐怖を呼び起こす黒い笑顔だった。
「……」
サトシと呼ばれた冒険者風のおじいさんは何も言わなかった。
これまでの流れから、人形役に徹するのが良いと悟ったのだろう。
「遊ぼーよー」
「……」
「ねぇねぇ」
「……」
「つまんないの……」
「……」
アカリは頬を膨らませてむくれたが、あくまでサトシは何も言わないつもりのようだった。
そして、それは実際に正解のように見えた。
しかし当然それで終わるアカリでは無かった。
「あれー、サトシさん、私、今気づいたんだけどー、どこかで見たことがあるようなー?」
アカリは小首を傾げつつ、棒読みで言った。
ウェーブの髪が片側に寄って、ゆらゆらと揺れていた。
そのまま、下手な演技をするように、棒読みを続けた。
「サトシさんって、以前私の握手会に結構来てくれてたりしましたかー?」
「……」
「サトシさんによく似た人にが来ると、いっつも会場が変な生臭い匂いになるんですよねー」
「……」
「それで右手を毎回私の顔に近づけて『なんか匂う?』って聞いてきてましたよねー」
「……」
「確かその人の右手の親指の付け根に、大きいほくろがあったのを覚えているんですけどー」
――広げて見せてくれますか?
アカリは唐突に低い声でそう告げた。
するとサトシはおもむろに立ち上がり、恐怖と怒り困惑の表情を混ぜながら、右手を振りかぶってアカリに殴りかかった。
するとアカリに右手が届く瞬間、ジュっ、という音が一瞬だけした。
サトシの右手はアカリの左頬に強くぶつかり、そのままアカリの顔の前で腕からポロリととれた。
アカリの左頬は少しだけピンク色になった。
軽い内出血が出来てしまった。
「う……うわあああ!」
とサトシは叫んだ。冒険者風おじいさんの心からの叫びだった。
右手首から先が無くなり、血がドクドクと流れ出ていた。
アカリはそんなサトシの絶叫も特に意に介した様子もなく、殴られた左頬を少しだけ触れて気にしながら、落ちたサトシの腕を拾い上げた。
そしてサトシの握り拳を無理やり引き剥がした。
「あぁ、ちょうどこんな感じでしたねー」
相変わらずの棒読み口調で、サトシの親指の付け根にあるほくろを本人に見せつけていた。
「痛い痛い! 右手が……!」
サトシは右手首のあまりの痛みで叫んだことで、ここまで我慢して溜め込んだ言葉が一気に流れ出てきたようだった。
「なんなんだこれは……! 意味がわからない! どうかしてるぞ!」
「はぁ……、孫ほどの年の離れた女の子に、ザーメンをべったりつけて乾燥させたくっさい右手を出して、内心を隠せずに嫌な顔をするのに性的興奮を覚えて、無理やり握手をさせにくるおじいさんの方がよっぽど気が狂っていると思いますけどねぇ……」
アカリは見下しながら冷たく言った。
「そ……、それは、一体なんの話だ! 何を言っている!」
「おーおー、元気ですねー。でもあなたは今は人形さんです。口を閉じなさい」
「な……! なんだおま」
とサトシが言いかけたところで、アカリは持っていたサトシの右手をもう一度たたんで握り拳にした上で、サトシの口内に突っ込んだ。
アカリの左手はサトシの髪をガッチリと掴んでいた。
もちろん途中でつっかえ、サトシも吐き出そうとしたのだが、それでもアカリは無理やり右手を口内に叩きつけて、数発右手を殴って口内へと押し込んだ後で、さらに膝蹴りを右手に正面から力強く入れた。
バキっと顎の骨が砕ける音がした。
「これで静かになりました」
サトシは気絶して倒れた。
「あーでも、これ、血がなくなって死ぬかもしれませんねぇ……。まだ死んじゃダメなんだけどー……」
アカリは血が流れ続けているサトシの右手首を見て、思案げにそう言った。
しばらく右手を顔に当てて考え込む姿勢をとっていたが、唐突に何かを思いついたのか、アカリは巨大なテディベアに近寄って拾って持ってきた。
「すみませーん、これの右手部分をレーザーで切ってくださいー」
と天井に向かって言いながら、そのテディベアの右手部分を中空に差し出した。
すると、またしても、ジュっと言う音とともに、巨大テディベアの右手がポロリと床に落ちた。
布が焦げる匂いが立ち込めた。
そしてその右手部分をサトシの右手首にあてて、綿をぐいぐいと断面に当てるように、右手を嵌め込んだ。
「これでよし」
まんまるな茶色の右手がサトシの右手首から先に生やされた。
大きさや色が不釣り合いで、とても違和感のある見た目だったが、確かに右手の内部には綿が詰まっていることから止血にはなるのだろう。
「さて、次はどの人形と遊ぼうかなぁ……」
そうアカリは言うと、最後のアンダーということで、早い段階で俺と目があった。
――遂に来てしまったか……。
と俺は思った。
またもぬいぐるみを蹴り付けつつ、右手の欠けた大きなテディベアを片手に俺の方へと近づいてきた。
普段は神様に祈らない俺ではあったが、思わず今だけは神様に祈らずにはいられなかった。
「おにーさん、イケメンじゃん。私好みじゃないけど」
これまでとは変わった声の掛け方だったが、それでも人形という役に徹すべきで、これは無視すべきだろう。
「……」
「やっぱり、格好良い人には長く緩く辛く苦しんで欲しいんだよねぇ……」
――アーメン。
俺は改めて祈った。
「……」
すると無言でアカリは俺の手を、その辺に落ちていた布を使って縛り上げて、動けなくした。
「おにーさんにはこれをあげるね。私の一部だから、大事にしてね」
アカリはそう言うと、テディベアの右手首から出てしまっている真綿を、大きめに引きちぎると一気に俺の口に突っ込んだ。
しかも何度も何度も。
「これは私の大事な一部だよ。それをおにーさんの体にも分けてあげるんだから、大事にしてね。もしこれを大事に出来なかったら……」
アカリはニコっと笑った。
吐き出すな、吐き出したら命は無い、どうやらそういう意味らしい。
アイドルらしい可愛らしい笑みではあったが、もはやそれを楽しむ余裕は俺にはなかった。
しかし、アカリにやられたこと自体は大したことがなかった。
鼻呼吸をしていれば問題なく呼吸ができたし、口からも空気を吸うことがかろうじて出来た。
――これなら大丈夫だ……!
と俺は思った。
時計の表示は1:13を示していた。
あと22時間以上、俺はこの状況に耐えなければならないらしい。
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