デスゲーム・クリエーターも楽じゃないっ! ~国営通信社デスゲーム課の日常~

皆尾雪猫

第1話 デスゲーム・クリエーターも楽じゃないっ!

「この仕事は楽じゃないぞ」

入社早々に先輩からそう言われた。

当時の私は『まぁ、そうだろうけど、私ならできるっしょ』と気楽に考えていた。

先輩の言葉の重みがわかっていなかった。

あれから3年経った今でも分かっているかは怪しいけど。


それでも入社当時よりは理解したと思う。

『確かに、楽じゃない』

でもその分、とっても楽しくて、めちゃくちゃやり甲斐のある仕事だと今は思っている。

この、デスゲーム・クリエイターという仕事は。


 ***


2101年。4月

22世紀に時代が移り変わったこの年。

私、小鳥コトミが国営通信社に入社してはや4年目に突入した。


私の所属は、あの有名な制作局ドキュメント部デスゲーム課。

お馴染み、土曜夜21時から各種メディアで絶賛放送中の『人間観察ドキュメント・生死の狭間で』、通称デスゲームを主な制作番組として掲げる、あの、デスゲーム課である。

あの、一大エンターテインメントとなっており、社会現象となった結果、もはや常識と化した、あの生ける伝説的番組、デスゲームである。

もはやその時間帯、他の民放は最早デスゲームに勝つことは諦めてクソ番組しか流さなくなってしまったともっぱらの番組である。


――え、デスゲームをご存知ない? まじ?

いやいやいや……、名前くらい知ってるでしょ?

え、知らない? そんなバカな……。

毎週国民の3割はリアルタイムで、3割は何らかの手段で見てると言われるあの番組を?

冗談……、じゃないのね……。


かつて、ローマの詩人、ユウェナリウスはこう書き残した。

「今では一心不乱に、もっぱら2つのものだけを熱心に求めるようになっている。

そう、パンと見世物を」と。

国民は政治なんてものに興味はなくて、パンと見世物があれば満足する、という古代ローマの衆愚政治を風刺した言葉である。


そして、ここでいう『見世物』の1つとして、古代ローマのコロッセオで行われていた決闘がある。

人間対ライオンとか人間対人間とか色んなパターンがあったそうだが、ただ一つ共通するルールが、どちらかが死ぬまで続くということだ。

必ずどちらかが死ぬ。つまりこの『決闘』とは文字通りの意味での死闘なのである。

そして当時のローマ市民はこの決闘をエンターテインメントとして享受した。

人間や動物が血飛沫を飛び散らせ、命を散らしていくのを見て、熱狂したそうだ。


要するに、私の配属先は、この現代版の『見世物』を作る部署である。

……、あでも、私は別に国民を衆愚政治に陥れよう、という大層な目的があるわけではない。

私は純粋に、より良い、より視聴者が楽しめるデスゲームが作れれば、と思っているだけである。

みんなが楽しめればそれでオッケーなのだ。

まぁ国営通信社の上層部や総務省は何を思っているのか、どういう目的でこれを作っているのかは分からないけれど。

それでも私はデスゲームを制作できれば満足なのである。


そんな私も遂に今年から可愛い後輩ちゃんを指導することになった。

22歳の水瀬澪という元気いっぱい女の子だった。

目がくりくりしていてリスのようで、明るくハッキリ喋るので、とても好印象だった。

しかし、可愛くとも、私の仕事が緩くなったりする訳では無いので、厳しく指導していくことにする。

だから私も先輩に習ってこう言った。


「この仕事は楽じゃないよ」

すると明るく楽しく元気良く、水瀬は返事をしてくれた。

「はい! がんばります!」


 ***


今日のデスゲームはダンジョン探索をモチーフにしたものだった。

だだっ広い体育館のようなスタジオに、洞窟のようなセットを作成するという非常に大規模なものだった。

そのダンジョンの中を謎解きをしつつ進んでいき、協力をして脱出を図るという、システム的にはシンプルなものだった。

もちろん死のトラップはそこら中にあるのだが。

こんな大規模なセットをわざわざ1番組のためだけに作製できるのも、国営通信社ひいては人気番組デスゲームの看板のなせる技であろう。

そう、私好みに色々と作れてしまうのである。


「それじゃ水瀬さん、ダンジョン内の仕掛けの動作確認をしていくからね」

「はい!」

明るく楽しく元気の良い水瀬の返事だった。


「この『テスト』ってスイッチが入っていることを確認して、試運転をしていくから」

「なるほど」

「これがレーザー、落とし穴、キラーマシン、毒ガス、めくらまし用の煙、ナイフ、回転扉、大岩、檻、蟻地獄、砂嵐、虫、スカラベなどなど、これを一つずつ押して言って、内部カメラで簡単に動くか確認していって。いっぱいあるからちゃっちゃとね」

私は1つずつ指差し確認をしながら動作確認を進める。


半分くらい進んだところで、水瀬に交代をした。

水瀬はボタンを押すと、いちいち「おおー!」「なるほど〜」「格好良いっすねー」「やばいっすね、これ」「これは絶対死にますね」「はいここで死んだ」などと新鮮な反応を返してくれていた。


最初は水瀬の反応も新鮮でよかったが、私自身の作業もなく水瀬のテストを見ているだけなので暇になってしまった。

そこで水瀬に話かけた。

「そういえば水瀬って医学部出身なんだっけ?」

「はい、そうです」

「どうして医者にならなかったの?」

「え、医者なんかより全然デスゲームを作る方が楽しそうじゃないですか! むしろ、デスゲームクリエイターになるために医学部に通ってたんですよ、私!」

……ガチの人だった……。

と私は思った。


水瀬の話を総合すると、子供の頃からデスゲームをみてきて、是非とも製作側になりたいということで、頑張って勉強して医学部に入ってこの国営通信社に入ったらしい。

そしてどうして医学部なのかというと、派手に血飛沫を撒き散らす仕掛けや、見た目は大変なことになっているけどギリ死なないトラップを考えるために、人体解剖学の知識が必要なのだそうだ。


――こいつ、可愛い割にヤベェ奴なのかもしれねぇな。

と私は思った。


さらに水瀬が言うにはアナウンスの養成学校にも通っていたとのことだった。

デスゲームの最初に『フハハハハハ……、只今より諸君らにはデスゲームをしてもらう』といった定番のアナウンスをするために是非とも必要だということだった。

やっぱりあの冷徹で残酷なアナウンスと、突然の恐怖に怯えるアンダーの顔が無いとデスゲームは始まらないですよねぇ!

とのこと。


――やっぱりこいつ、ヤベェ奴だわ……。

私は一層思いを強くした。


 ***


ダンジョン探索系のデスゲームはクリエイターの手腕が問われやすい。

というのも、ダンジョン内の謎を解けたら出られるというシンプルなゲームの性質上、トラップが無数に考えられ、しかも謎解きの難易度もちょうど良く設定しなければいけないのである。

難易度設定がハードすぎると、解けずにグダグダな番組進行になるし、イージー過ぎても、誰も死なずにゴールされてしまい、番組的に全く盛り上がらない。

デスゲームで誰も死なないと、それはただのゲームであって、神様である視聴者様からお叱りの言葉をたんまり受けてしまうのだ。

もちろんその後で上司からのお叱りの言葉もついてくる。


アンダーを何人使うのか、理不尽な死をどこまで仕掛けるか、アクション要素をどれくらい入れ込むか、謎解きをどれくらい設置するか、謎解きのヒントをどこまで設置するか、謎解きによってどのようなアイテムを得られるようにするのか、仲間割れを起こさせるシステムを仕込むか、仕込むとすれば迷宮のどのあたりで設置をするか、最初に疑心暗鬼を起こさせるか、信頼関係が醸成されたところで仲間割れをさせるのか、最後の最後に2人になった時点で仕組むのか。


はたまた、ゲームの本質部分とは関係無いところでも、どのような迷宮の内装にするのか、古代エジプト風か、シンプルなただの白い壁にするか、病院風か、廃墟風か、案内人のようなものを入れるのか、ゲームマスターを介入させるか、介入するとしてどこまで放置するのか、どの時点で介入するのか、洋服を脱がせるイベントを挿入してお色気を入れるのか。

この辺はやはりクリエイターの好みが出るところで、人気クリエイターだとリアルタイムでの視聴率が良いという統計も出ているほどだった。


そしてやはり、死の演出をどうするのか。もちろん期待した場所でアンダーが死んでくれるのかはやってみなければわからないが、想定通りに動くとして、溺死か、圧死か、轢死か、縊死か、絞死か、焼死か、斬死か、水死か、凍死か、爆死か、窒息死か、中毒死か、転落死か、腹上死か。

……まぁ腹上死は無いか――いやでもハナから否定するのもやめておこう。

数十年前には『やらないと出られない部屋』と言うゲームもあったそうだし……。


アンダー同士で殺し合いをさせるバトルロワイヤルものとは違って、アンダー同士の協力プレイが求められるため、なかなか当初の想定通りに行かないことも多いので難しいところも多いが、ダンジョン探索系は固定ファンが多い人気のデスゲームであると言える。


「アンダー入りますー」

管理部の人がやってきて、睡眠薬で眠らされたアンダーが運ばれてくる。

モダンな棺桶といった様相の細長い箱が5個、馬鹿でかい台車に乗って運ばれてきた。

といっても行き先を指定すれば自動で運ばれるので、特に力仕事という訳ではない。

そうして迷宮の最初の部屋に運ばれ、寝転がらされ、暫くして睡眠薬の効果が切れると、遂にデスゲームスタートである。


「水瀬、最初のアナウンスやってみるか?」

「……! いいんですか!?」

「まぁ、養成学校通ってたなら出来るだろ。試しにやってみてよ」

私の提案に水瀬は一気に顔を明るくした。眩しい笑顔だった。

目がくりくりと大きく動いた。

本当に嬉しいという気持ちがありありと伝わってきて、こちらも笑顔になってしまう。

「やらせていただきます!」

「原稿はこれね、それじゃよろしく」」

「ありがとうございます! がんばります!」

「アンダーはあと10分くらいで起きるはずだから、それまでに練習できるよ。アンダーが全員目覚めたのを確認したらあなたのアナウンスでゲームスタートだから」

「はい!」


水瀬はブツブツと原稿を声に出して読み始めた。

私はそんな一生懸命な様子を苦笑しつつ見ていた。

「まぁ、そんな気負わなくて大丈夫だよ……」

そう水瀬に言ったが、すでに水瀬は集中していたようで、特段返事はなかった。


私はぼーっと水瀬の練習を聞きつつアンダーが寝転がっている最初の部屋内の映像を確認すると、アンダーがのそのそと目覚めはじめてきていた。

「そろそろだよー」と声をかけた。

「はい!」


そう元気に返事をすると、水瀬は急いでブースに移動しマイクの前に移動をした。

そして、ボイスチェンジャーの作動を確認した上で、『内部全体』というスイッチに手をかけた。これを0から上へと移動させれば、声が迷宮内部全体に響いて、アンダーに声が届く。

目を輝かせてワクワクしている様子の水瀬を、私は横で見守った。

――うんうん、マイク操作は大丈夫そうね。


「おはよう諸君」

そこまで言うと、水瀬はマイクの音量をゼロにしてアンダーに聞こえないようにした上で、「凄い!」と驚いた様子を見せた。

あの、低いイケメンボイスでアンダーに絶望をもたらす声が、まさに自分の口から発せられていることに感動しているようだった。

――気持ちはわかるぞ……。


「目覚めの気分はどうかね……。……只今より、君たちにはでしゅゲームを……」

――噛んだ……。


私は思わずプッと吹き出した。アンダーも微妙な顔をしていたと思う。

しかし水瀬はそのまま何事もなかったかのように、セリフを原稿通りに続けていった。

――アナウンサー養成学校では噛んでも続けろと習うのかな……。

と私は思った。


しかしよくよくみると、水瀬は泣きそうになっていた。

というか軽く泣いていた。


――デスゲーム・クリエイターも楽じゃないないんだよ……。

と私は思った。

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