お弟子、いい加減にしいや。
バレーボールトレーニングから帰り、自主トレしている球場で少しお弟子のバッティングを見てあげての翌日。
また俺達は体育館に来ていた。
しかし、昨日バレーボールをしていた体育館とはまた違うところ。
「ししょー、今日もバレーボールですか?」
「いや、今日はバドミントンだよ」
タクシーから降りて、目の前の体育館に入って行こうとすると、中の建物から1人の女性が現れた。
「新井さーん! お疲れ様でーす!」
その女性は、俺の姿を見つけると、少し遠くからにこやかに手を振る。
「いやー、おはようございます。今日は何とぞ1つよろしくお願いします」
俺はもう既にバドミントンのユニフォーム姿になっている彼女の御み足を少しでも近くから拝見しようと、もう土下座に近いくらいの体勢で丁寧に挨拶した。
お弟子も俺に習って地面に這いつくばる。
「お弟子。こちらの方はこの前のバドミントンの世界選手権の女子シングルスで金メダルを獲得した南選手だよ」
俺がそう紹介すると、お弟子は荷物を背負い直しながらまた深々と頭を下げる。
「は、はじめとして。鍋川です。ししょーの弟子をしています」
「お弟子さんなんてすごいですね!私も新井さんのお弟子になろうかな?」
「お弟子は私1人で十分です!ガルルルル……」
「南さん。この子は宇都宮とちおとめガールズという女子プロ野球チームに所属している一応プロ選手なんだ。まだまだ下手くそなんだけど、なかなか光るものがあるからお供してもらっています」
「そうなんだ。鍋川さん、よろしくね!」
「はい、よろしくお願いします!ガルルルル……」
「それじゃあ、練習場に案内しますね。靴はそこの靴箱に入れて、このスリッパを履いていって下さい」
今日訪れたところは敷地内に大小いくつもね体育館が連なっている施設のようで、南さんは1番大きな体育館に俺達2人を案内した。
向かっているのとは違う他のところからも複数人が出入りしていて、活気のある声が通路中に響いている。
「ししょー、バドミントンの世界チャンピオンの方と知り合いだったんですね!」
「ほら前に、俺が出演するはずだったバラエティ番組で南さんも来ていて、その時に連絡先を交換したんだよ。せっかくだから、時間があったらみんなでご飯いきましょーって」
「あ、あの、山のぼるさんが司会だった番組ですね。………でもよかったですね、山のぼるさん。手術が成功したらしくて。もしかしたら今年の年末こそ、またししょーが呼ばれるかもしれませんね」
「だといいねえ。その番組は結局代役の司会で収録は行われたけど、俺は呼ばれなかったからね」
「ディレクターの人やタレントさんを投げ飛ばしたりしたら、そりゃあ呼ばれませんよ」
「でしょうね」
「ところでししょー、南さんと連絡先を交換したことをみのりさんは知っているんですか?」
「お弟子。なぜ今みのりんの名前を出すんだい?」
昔から、テニスやバドミントンや卓球など、ラケットを使う競技があまり得意ではなかった俺。
どちらかと言えば、サッカーやバスケットボールやバレーボールみたいに、でかめのボールを使うスポーツが得意だった。
昨日もおよそ10年ぶりくらいのバレーボールで大学生プレイヤーをヒーヒー言わせましたしね。
高校時代は、サッカーで得点王でしたし。
そんなわけでほぼ手ぶらでやって来ましたんで、南さんにラケットとシャトルを借りて、体育館の端っこのネットを挟む。
これも高校の体育以来10年ぶりかそこらくらいにバドミントンなるものをお弟子とやっているのだが、なかなか上手くいかない。
「ししょー、どこに打っているんですか!? そんなんじゃ、全然ラリーが続きませんよ!」
「わりい、わりい。もう1回!」
「それー! ししょー、反応が悪いですよ! ほら、今度はこっちです!」
「ひぃひぃ。お弟子! もっと楽なやつを打ちなさい! とりあえず30回ラリーを続けるんじゃなかったの?」
「ししょーがそんな動きじゃ到底30回なんて無理なんで、私が鍛えてあげます! それっ! ほら! もっと足を動かして!!」
バドミントンになった途端、急に元気になりやがって。
少しはお師匠を労りなさいっての。
そんな中、始まって数分で俺の動きを見切って、生意気にしごき始めた通り、バドミントンにおけるお弟子の動きはなかなかのもの。
聞けば、中学時代の昼休みはよく学校の中庭でバドミントンをして遊んでいたらしいが、それにしても俺を軽くいなすくらいになかなかの腕前。
やはり、ステップワークがいい。
バレーボールの時はあまり発揮されなかったが、シャトルを追いかけるお弟子の足元は常に軽やかさのようなものがあり、下手っぴな俺が打ったシャトルがどの方向に飛ぼうとも、お弟子は簡単に追い付く。
上手く身に付けば、こうセカンドを守っていて、2塁ベース際の微妙な打球の処理の時に使うステップ。
そういう体の動かし方を身に付いてくれれば、連れてきた甲斐があるというもの。
まだレギュラーではないとはいえ、さすがは内野手として女子プロ野球選手になった子だとちょっと感心した。
「鍋川さん。なかなかやりますね。どうです? 私と1戦交えてみませんか?」
日本トップクラスのバドミントン選手も俺と同じ見方だったようで、ウォーミングアップを終えた南さんがウェアに着替え、やや太ももをムチムチとさせながら俺達のところへやってきた。
こうぎゅっと、顔を締め付けてもらいたいですわね!!
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