町民総出で歓迎するとか、垂れ幕あるとかそういう感じではなかった。

「各馬一団となりまして、いよいよ最終コーナーから直線に入ってまいります! 有馬記念の直線!! グランプリの栄光まであと310メートル!!




先頭は内ラチいっぱい、シネマズナイト! 逃げたシネマが先頭ですが、その外から白い帽子!! ロイヤルクレッグルが伸びてきた! ロイヤルクレッグルが先頭に立って坂を登る!



その後ろからはゴールドスナイパー! ゴールドスナイパーと後方からはアンズロッジ! 牝馬のアンズロッジが大外から追い込んで3番手に上がる!!残り200メートルを通過しまして3頭の争いか!?





坂を登って先頭はロイヤルクレッグル!! その2馬身後ろでは、ゴールドスナイパー、アンズロッジが激しい2番手争いだ! 他の人気どころは、まだ中団の6番手、7番手辺り! これは届きません!!




先頭はロイヤルだ! ロイヤルクレッグル!! ロイヤルクレッグルが1着でゴールイン!!





3歳馬、ロイヤルクレッグルが勝ちました! その後ろは接戦ですが、5番人気のゴールドスナイパーが僅かに凌いで2着を死守したか! 最後追い込んだ牝馬のアンズロッジは惜しくも3着となりました!!」






俺は先日小さくネットニュースになっていた契約更改の記事を確認する。





そこには、4割打者の有馬記念流し打ち予想!


ロイヤルクレッグル、ゴールドスナイパー、アンズロッジと間違いなくそう予想しており、その通りの馬券も買っていた。







その結果…………。







40万円ほど儲かってしまいました。












俺にとっては、人生の分かれ道というか大きな運命の分岐点となった1年がもう数日で終わろうとしている。



本当はみのりんとギャル美とのクリスマスパーリィの翌日に、部屋のお片付けが終わり次第、ちゃっちゃっと実家に帰ってぐーたらしようと思っていたのだが……。





「新井くん。まだクリスマスケーキの残りがあるよ」



とか。




「明日は何食べたい?鶏肉が安いから、またグリルチキンでもやろうかなって。それとも、チキン南蛮の方がいい?」





とか。




「明日はお鍋にしよっか。白菜買って………ネギはまだあるから。つくねとシメジと……シメはもちろんラーメンにして……」





とか。




その日を夕食を終える度に、みのりんの明日へ届け私の想い攻撃があったので、帰る日にちがズルズルと後退していった格好。



そりゃ俺だって実家に連れて帰れるものなら、そのラーメン眼鏡を連れて帰りたいですけれども。



なかなかそうはいかず。




29日の夜に、明日から那須塩原の実家に帰りますわとみのりんに伝えて、俺は30日の昼過ぎに、宇都宮駅から那須・黒磯方面に電車で40分ほど。



結構久しぶりに西那須野駅前に降り立った。




得意のコサックダンスで人の少ないホームを練り歩き、ヘッドスライディングで改札を抜けた先に俺の両親が待ち構えていた。




「お帰りんしゃい」




「お帰りだなも!」





そのくらいのインパクトのある挨拶をかまして欲しいものである。




せっかく息子がド地元の人間や駅員に冷たい視線を食らいながら、軽く膝を擦りむきながらやって来たのだから、そのくらいのおふざけテンションで俺を出迎えて欲しがったのだが、俺の両親。




幸昌と純子は、にっこりおかえりーと、至って普通だった。



俺の両親なわけだからさ、もっとこうちゃんとやってくれないと、帰省パートが結構グダってしまう恐れがあるんだから、掴みのひとネタを仕込んでくるくらいのことはして欲しいですわよ。





そんか中、会うのもちょうど1年ぶりだったからか、母親の純子はだいぶ涙ぐんでいたようだが。






というのも、シーズン中はなかなか実家に帰ることが出来なくて。




オールスター休みがあるから帰るわと言ったら、ヘッドスライディングしました腕を相手の一塁手にサヨナラスパイキングされたり。



シーズン終わったら1回帰るわと言ったら、日本代表に選ばれたりとか。




多分は何回かは2人でビクトリーズの試合を見に来たんだろうけれども、俺に気を使ったのか、こっそり来て、こっそり帰ったりしたみたいでなかなか顔が合わせられず。



車に乗り込み、親父の運転で実家に向かう間も、寒くないかとか、暑くないか? とか、荷物下ろしなとか。車酔いしたらすぐに言うんだぞとか。




なんだかわちゃわちゃと気を使われたりした。








「うわあ、なんだ! これぇ!」




車を降りて、ガチャリと玄関のドアを開けたらびっくり。



真っ正面の壁には俺の巨大ポスター。縦2メートル、横3メートルくらいのポスターの中で、アウトコース低めのボールを見事な流し打ち。




飛んだ打球の方向を見ながら1塁に向かって1歩走り出している躍動感溢れるポスターが玄関から見える壁いっぱいに貼られている。




「すごいだろう。写真館をやっている父さんの知り合いにわざわざ作ってもらったんだぞ」




背後で親父がこれ以上なくニンマリと微笑んでいる。



「時人。床も見て、床も」




と、母親の声。




玄関の床真緑色。しかし、なんだか踏み慣れた感触。



そう思いながらふと見た横の張り紙には……。




【ビクトリーズスタジアムと同じ人工芝を使用しております(*^▽^*)】




と書かれている。




最後のニッコリマークがなんだかムカつく。同じ人工芝だからなんやねん!来客はどう反応したらいいのだろうか。



気の毒に。そして、申し訳ない気持ちになってしまう。



しかし、直接手で触ってみて分かる感触。




材質も長さも色合いも、確かにビクトリーズスタジアムと全く同じものだ。




「すごいでしょう。スタジアムの事務所に電話して聞いてみたのよ。新井時人の母なんでけどって言って」




「恥ずかしいことをしないで下さい」






「そのくらいインパクトがある玄関じゃないとダメだと思って」





何言ってんだか。

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