ギャル美さん、お帰りなさって。

「ふー………それにしても、あんたはよく頑張ったわね。初めて会った頃なんかは、本当に野球が出来るのか怪しく見えたものだけど」





「ふー…………。いやー、自分でも驚いてるよ。まさか1軍でずっと試合に出れるなんて夢にも思っていなかったからね。ほんと2人には感謝さ。もちろん、さやかちゃんにもね」




「………本当にそう思ってる?」




「思ってるよ。山吹さんとさやかには本当に感謝してるよ」




「あたしが抜けてるじゃないの!」




ポコッ!




「いたっ!ムキになるなよ」




俺とギャル美はそんな風にして食後のお茶を啜りながら、シンクで簡単な洗い物に勤しむみのりんのお尻を見ていた。




みのりんが突然、狂ったように発情し、透明な汁を撒き散らしながらスカートを下ろしたお尻をぐりんぐりん回し始めるかもしれない。



そんな時に、迅速且つ的確な対応が出来るように見張っているなんていうのはもちろん冗談ではある。



がしかし、何かの雑誌に奥さんが洗い物など家事をしている時はなるべくその姿を見守っていると良いということを聞いたことがある。




人によっては、見ているだけなら手伝ってと思う人や、逆に仕事が増えるから余計なことをしないでと言う奥様もいることだろう。



みのりんはどちらかといえば後者であり、その理由は野球選手である俺がケガをしたりしてはいけないと第一に考えているからだ。






毎日のように料理をしているみのりんを見ているわけですから、俺もたまには、何か手伝おうかなあと考える時がある。


いくらギャル美に言われて、2人分以上の食費を毎月渡しているとはいえ、ただお尻を眺めているだけというのもなんだかなあと思いますから。




特に最初の頃なんかは俺なりに気を使っていた部分があり、こいつ何もせえへんなと、みのりんに思われてしまうんじゃないかとビクビクしたりしてましたから。



だから移動日で1日暇だったある日、いつもより少し早く彼女の部屋にお邪魔したら、夕食の準備の真っ最中だった。




ふとダイニングのテーブルを見ると、皮を剥いた玉ねぎとスライサーが置かれていたのでそれに手を伸ばそうとしたら………。





「ダメ!! 触らないで!」





と、強い口調で怒られてしまったのだ。





普段は物静かな眼鏡のかわい子ちゃんが急に豹変したように怒って下さったら興奮するじゃないですか。





それは冗談ではないにしろ、みのりんの中では俺にキッチンのものを勝手にベタベタ触って欲しくはないというよりは………。




「手をケガして野球が出来なくなったらどうするの? バッティングの感覚が狂って打てなくなったらどうするの?」




そんな考えのようなのだ。








だから俺はみのりん部屋に行って、まだご飯が出来ていなくても、軽々しく料理の手伝いをしようと考えるのはやめた。




彼女も知っているだろうが、俺も1人暮らし歴は7年ほどあるので、多少の料理の心得はあるし、包丁なんかでうっかり指を切ってしまうようなことも多分ない。




しかし、みのりんは包丁はおろか、スライサーや缶切りなんかも触らせてくれないし、ツナ缶の蓋を開けるのも、フチで指を切ったらどうするの?と、やらせてくれない。



狭い台所で、彼女のお尻の当たりに股関を擦るくらいなら全然怒らないのに、料理道具に手を伸ばそうもんならめちゃくちゃ睨まれるからね。



なんなら、熱の入っている鍋やフライパンに近付くのもアウトで、下手したら流し台の前に立つのもギリアウトなくらい。




干してある下着をくんくんしたり、お尻に手を伸ばすフリをするのはセーフなのに、その辺が全てアウトなのは、もうみのりんではなく、ガチ。そういう時はガチりんと呼ぶ事にする。




話が少し逸れたが、だからといって、飯が終わったらさっさとリビングに移動してテレビでも見よー。なんてのはナンセンス。




彼氏や旦那さんサイドは、あなたが一生懸命家事をしている姿をちゃんと見ていますよという雰囲気を作っておくのが、円満のコツなのだとかというそんな話です。




何かあった時に、そういう積み重ねが2人をギリ繋いだりしますから。




そんな俺の醸し出す空気感を察知したのか、ギャル美も俺に習うようにしてダイニングのテーブルに着いたまま、食後のお茶を啜っていた。



みのりんがキッチンにいる時は、彼女が所望しない限り、外野は余計なことはしない。



「………ふう。いっぱい食べたね。もうお腹いっぱい……」




洗い物を終えたみのりんもそう呟きながらテーブルに着いて、少し温くなってしまったであろう湯飲みを持ち、一息つく。




「…………ズズッ」




「…………ズズッ」





「……………ズズッ」





しばらくの間、俺達3人の間にお茶を啜る音だけが行き来する。





俺はこんな無言のゆったりした時間など、チャンスでしかないと思い、お茶を一口啜る度に、まるで毒を食らった般若のような顔になってみたり。



逆にこれ以上ない恵比寿顔になったりして2人を笑わせようと思ったのだが、どうやらツボではなかったみたいで、愛想笑いくらいしか引き出すことが出来なかった。





正直なところ。俺とみのりん的には旅館の時にみたいに、早くマイちゃんがフェードアウトしてくれないかとそんな思いだったのだが。




「ねえ。この後、どうする? どうする?」




などと言いながら俺とみのりんを問い詰めるようにして迫ってくる。





どうやら今日は調子がいいみたいだ。









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