競馬を語る新井さん

「他のバッターのように、ホームランが打てるわけじゃありませんからね。自分に出来るバッティングをしようと。それをコツコツを一途に続けられたことでしょうね。


変に背伸びをしたり、出来もしないことをやるのではなく、1打席毎の期待値をしっかりと着実に回収していくという。それが出来ていたということなのかもしれないですね。



自分に出来るバッティングの追求をし続けた結果が今シーズンはいい方向に進んだと思います。




まあ、100満点で言うと、そちらの記者さんが雑誌で僕を95点と評価してくれたのでそれに乗っかりましょうかね」





軽く大本さんにウインクすると、他のメディアマン達の視線を受けながら、彼女は恥ずかしそうに何もない壁に向かってそっぽを向いた。







1つ質問に答えて、ペットボトルの水を一口飲んで蓋を閉めると、また別の記者が手を挙げた。




「少し早いかも知れませんが、新井さんの来シーズンの目標は?」








「元気に野球をすることですね。2年目のジンクスとかよく言いますけど、プロ野球2年目というよりは、この世界に生まれて28年目なんで。


これからも変わらずにまずは元気に野球に取り組む。よく食べてよく寝て、よく練習する。よくアイスも食べる。たまにゲームもする。それを出来る体と心を維持していくということです」





「他に質問ある方はいらっしゃいます?今がチャンスですよ?」





また別の記者の質問を3つ4つ答えると、1人1回は手を挙げた形になり、雰囲気的に会見はお開きムードになった。





しかし俺はなんとなく不安になって訊ねる。





「俺の年俸が秘密だと皆さん困りますよね?せっかく新幹線に乗って来たのに」




「……まあ、そうですね」







「それじゃあ、時期も時期なんでお馬さんの予想を皆さんにお知らせしておきますね。北関東の安打製造機。新井時人の有馬記念の予想はこれだ!!」





俺は半分より少なくなったお水のペットボトルを倒す勢いで、スケッチブックをテーブルにババンと出した。




そこには、本命は①ロイヤルクレッグルとデカデカと書いておいた。





「ロイヤルクレッグルの前走は、3000メートルの菊花賞の2着だったんですけど、苦手の重馬場で終始外を回されていたんですよね。それでも最後は追い込んで勝ち馬とは1馬身半差ですから、見た目ほどの力差はないかなと。




父が中山競馬場特有のトリッキーなコースを得意にしていましたし、母もどちらかと言えばスタミナタイプの馬で、中山で準オープン勝ちがありますから、ロイヤルクレッグルも1番枠に入った今回は十分にチャンスがあるかと思います」











「本命は1番のロイヤルクレッグルですが、対抗はジャパンカップで2着に入った4番のゴールドスナイパーですね。


昨年の有馬記念では体調が万全でない中、直線をしぶとく伸びて3着に入っています。



そして年明け、有馬記念と同じ舞台の日経賞を勝っていますし、その頃と比べてみても、本格化してきて、精神面もどっしりしてきました。


さらには、どちらかと言えば寒い時期ほど走る馬なので今回もいい走りしてくれるかと。去年3着に入った時と比べても明らかに力がつきましたし、十分1着争いも出来るかと。




あと中穴から1頭選ぶとしたら、エリザベス女王杯を勝った2番アンズロッジですね。


この馬は父が引退レースで有馬記念を勝った名馬ですが、母は勝ち鞍が全て1200メートル以下というユニークな血統です。母のスピード才能を受け継ぎながら父譲りのスタミナ十分な走りが出来るところもあります。


右回りでの成績も非常にいいですし、リーディング1位の鞍上が2戦連続で乗ってくれるのもプラスになりますしね。



今年はまだ牝馬としか走っていないのがポイントになると思いますけど、内枠に入れたので経済コースをスムーズに走れたら十分に2着3着までならあると思います」









「買い目は、1番のロイヤルクレッグルから今挙げた4番2番に馬連、ワイドと、他2頭人気馬を絡めた3連複の5頭ボックスで勝負したいと思います」





スケッチブックを使いながら、明後日に行われる競馬の祭典を解説すると、目の前にいた記者達の表情が少し変わった。



こいつ、競馬もいけるんや。みたいな顔。



多くはスポーツ関係の新聞や雑誌の人間ですから、担当ではなくてもある程度競馬を心得ている記者もいることだろう。



そういった人間に新井時人は、野球以外もいけるんやと思わせることが今回の契約更改会見の狙いでもあった。どんなところでも手広くビジネスチャンスを広げていかないとね。





「なるほど。新井選手は、競馬もお好きなんですね………。それでは最後に球団フラッグの前に立って頂いて、写真を撮らせて下さい」





野球の話を全然しなくなったから、本当にいよいよお開きにするかー。みたいな感じになった。




本当なら、年俸がいくらいくら上がりました! やったぜ! みたいなガッツポーズをするんだろうけど、まだ2日内緒なので、さっきの競馬の予想。




有馬記念、1ー4ー2。ビクトリーズ、新井。



と書いたスケッチブックをプラカードのように持ってパシャパシャとお写真を撮り、俺の契約更改会見は終了した。






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